第5話

 私はとある日、限界が来た。義父母たちが部屋から出て行った後に剛士が帰る前にスマホと財布を持ったまま走って逃げた。



 気づいたら明かりが消えた高架下。幸いにホームレスとか不審者とか不良とかいなかったが野良犬がいて追いかけられていたら必死に同じく走って探し回っていた剛士が私を見つけてくれた。そしてどこを探していたかわからないけどドロドロのぐちゃぐちゃになった彼はわたしを思いっきり抱きしめた。


「すまん、すまん……」


 彼はようやくことの深刻さに気づいた。まぁ、疲れて家帰ったら洗濯物は片付いてないし、晩御飯できてないしそれに愕然として最初は怒り狂ってたと後に義母から聞かされたがわたしを探し出した剛士はわたしの話をしっかり聞いてくれて。それから義父母たちにわたしを見つけたことを話した。


 次の日も剛士は仕事だから家にいないから今日逃げたこと説教され続けるんだろう、その恐怖しかなかった。


「……今からホテルに行こう。明後日は僕仕事休みだしそれまでホテルにいろ。荷物は適当に詰め込んで車で運ぶ。ホテルから一歩も出るな。親父やお袋の電話には出るな。嫌なら電源切ってろ」

 ホテル……。

「いかがわしいホテルやないよ。場合によっては空いてなかったらそうなるやろうけど車で運転するからホテル手当たり次第電話しろ」

 わたしは頷いた。荷物もそんなに無い。服もそんなに贅沢言えないし、趣味も捨てたようなものだからキャリーケース一つで移動できるくらいだ。


 ホッとしたことにすぐ駅前のビジネスホテルが空いてたからそこに泊まることにした。シングル二部屋。

 剛士も帰らないの? と聞いたら

「僕も帰らん。ちょいと一人考えさせてや。お前も疲れたやろうから一人でいればいい」

 と返ってきたが、わたしは珍しく剛士に甘えたくなった。自分から剛士を抱きしめることはなかった。顔があの義父母たちに似ていたから。彼は少しため息をついた。疲れているのにごめん。

「やっぱダブル一部屋でお願いします」

 久しぶりに抱かれることにした。しばらくしてなかったからか、剛士は相当張り切っていた。


 それから次の日はわたしはホテルに滞在し、その間ももちろん鬼のようにメールと電話が鳴り続けていたが電源を切ることにした。剛史は半休をとったのか荷造りを大雑把にして戻ってきた。


「よし行くぞ」

「……うん、でも行くあては」

「上司に話して社員寮が空いてるらしいからそこに一時期入れてくれるって。運がいいな」

 本当に運がよかった。彼も1時間半電車とバスに揺られて朝早くに出勤して夜遅くに帰っていたから。


「本当はその社員寮かあの辺の近くに家建てようとしたのに親父が勝手に家建てるから……これからはゆっくり起きて早く帰って来られるー」

 と呑気に言っているが本心はよくわからない。


「さて、行きますか」

「……はい」

 私たちの逃避行。義父母たちの家から1時間半、バスと電車を乗り継ぐか車で高速を使って行くかの距離だけど。


 初めて剛士が男前だな、と心が揺らいだ。


 

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