苦手の流転
hisa
※短編です
『面会のお知らせ』
メガネ型コンソールの右上に通知が表示されているのに気づいたのは、昼前のことだった。私は手振りで通知を正面に移動させ、詳細を開く。
部下たちには、何もないところで踊っているように見えたらしい。同じコンソールをかけた部下たちが、クスクスと笑う。
私のようなスマホ世代はいまだに動作入力を使っているが、若者は脳波入力中心で、職場で踊ったりしない。
少し寂しい気持ちになりながら、会いにくる人物を確認した。
「え? 鈴原課長?」
通知内容に、思考が止まる。鈴原課長は若い頃に仕事を教えてもらった、師匠のような元上司だ。
「今はあなたが課長ですよ。畑中課長」
急に声をかけられて振り返ると、車椅子に乗った老人がいた。気配がなかったので、少し驚く。
「お久しぶりです。鈴原さん」
懐かしさと共に、苦い思い出が蘇ってくる。
『鈴原課長、早く稟議を通してください』
『畑中君。ここを直した方が良いと思うんだがね?』
『じゃあシステムの修正機能を使ってください。これ急いでいるんで』
鈴原課長はデジタルが苦手だった。最後の紙世代でもあったので、画面上での仕事が遅く、部下たちから軽んじられていた。
私は、困っている鈴原課長に気づいていたが、日々の業務に忙殺されて助けることはできなかった。
『実はね。今年度いっぱいで早期退職しようと思うんだ。時代についていけないしね』
そう告白された時のことは忘れられない。鈴原課長は優秀な人だ。ただ苦手分野があるだけで。
私はあの時、何も言えなかった。
「久しぶりだね。君のことが、少し気になったんだ」
部下たちがまたクスクスと笑う。ここは居心地が悪い。
「ちょっと外に出ましょうか」
椅子から立ち上がり、メガネ型コンソールを外したところで、鈴原課長がいなくなっていることに気づく。
「え?」
コンソールをかけ直してみても、やっぱり誰もいない。
ふと右上を見ると、先ほどの通知は『訃報のお知らせ』に変わっていた。
苦手の流転 hisa @project_hisa
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