黒島摩耶-6 いつも摩耶は病院の清掃のバイトを四時に終わらせ、それから六時に始まるスーパーのバイトを九時に終わらせてだいたい九時半くらいに家に帰ってくる。

 いつも摩耶は病院の清掃のバイトを四時に終わらせ、それから六時に始まるスーパーのバイトを九時に終わらせてだいたい九時半くらいに家に帰ってくる。

 狭いアパートの家の中は申し訳程度のキッチンとトイレと風呂と寝室、そして寝室にはベッドと低い机と一人分のソファとテレビがあった。

 普段家の電気は消してから出かけるのだが今日は違った。ベンシーがいるからだ。


「ただいま」


 摩耶の挨拶をソファに座っていたベンシーは一瞥いちべつするものの無視した。


「ただいまなんて言ったの何年ぶりだろうな」


 摩耶もそれに対して何か反応したりしない。すると「おい」とベンシーが話しかけた。


「どうした?」

「今更だけどお前の名前を聞いてなかった。このままじゃ呼びづらい」


 なんだそのことかと摩耶がホッとした。しかし摩耶が名乗るまでには数秒かかった。


「えっと……黒島くろしま摩耶まやっていうんだ。あんまり人に言いたくないんだけどな」

「なんでだ? たかが名前だろ」

「……だって女らしい名前だろ? 子供の頃から結構そう言われてきてさあ」

「そうか? 別にそんな印象はしないが」


 この世界の名前事情を知らないベンシーが首を傾げた。

 摩耶は仕事に行く時に使うリュックを片付けて部屋着に着替えてベッドに腰掛けた。そして仕事中にずっと考えていた重要な話を切り出す。


「それよりさ、お前いつまでいるつもりなの?」

「……分からん。今の俺に必要なのは、この世界から無事に脱出する方法と、それから向こうの世界に帰った後に俺が身をひそめられる場所だ。ある程度目星はついてるが……。逆にお前はいつまでかくまうつもりなんだ?」

「ん?そうだな、お前がスレルドとかいうのに見つかるまでかな」

「縁起でもねえな」


 摩耶の冗談めいた答えをベンシーがあしらうが摩耶は完全にふざけてる訳ではなかった。


「実際俺はすぐに見つかると思うんだよ。近くに住む人間って目安ついてるだろうし、街歩いてて偶然ばったりってあるかもしれない」

「だろうな。それに見つからないとしても俺はずっとこの世界にいたらヤバいんだ」

「へえ。なんで?」

「存在が消えちまう。昨日言ったろ、俺の存在は魔力で出来てるってな。この世界には魔力が無いから補給できなくていずれ存在が消えちまうんだ。だからずっとここにはいられない」

「大変だな。悪いけどお前のために引越しとか生活を変えたりするのは嫌だぞ」

「分かっている。そこまで俺は図々しくない。要するに早く行くとこ探せってことだな」とベンシーは応じた。

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