藤野凛瞳-1 午後二時。街にある病院にて、藤野凛瞳の病室に清掃員のアルバイトをやっている摩耶が台車を押してやってきた。

 午後二時。街にある病院にて、藤野凛瞳の病室に清掃員のアルバイトをやっている摩耶が台車を押してやってきた。その台車には清掃道具が乗せられていて、摩耶は青っぽい作業着と帽子を被っている。


「失礼しまーす、こんちわー」


 いつも通りの軽い挨拶で病室に入って台車を置き、そこからいつも通り掃除道具を選んで取り出していく。


「こんにちは。今日もお疲れ様です」


 一般病室のベッドにいる藤野が礼儀正しく摩耶に挨拶する。摩耶は普段患者から挨拶される方なので「はいどうもでーす」と精錬された雑な返しをしながら真顔でパッパと作業に移る。


「挨拶しなくていいわよ。藤野ちゃんもそろそろこの人の無愛想っぷりが分かってきたでしょ?」と同じ部屋にいる患者のおばさんが言った。

 それに目もくれず作業する摩耶だが耳と口は反応した。

「効率が良いって言ってくださいよ。それがウリで働いてるんで」

「よく言うよ」とおばさんが呆れるように言うと、藤野が楽しそうに微笑んだ。


「清掃員さん、これ見てください。友達からもらったんです」


 摩耶が一旦掃除の手を止めて藤野の方を向いた。藤野の目線の先には紫色の花が入った花瓶があり、摩耶がひときわ目立つそれに興味を惹かれた。


「おお、綺麗ですね。自分も友達からそんな花貰ったら嬉しいっすよ」と言いながら摩耶が作業の方に戻った。

竜胆りんどうって言うんです。私の下の名前と同じなんですよ。」

「あら、そうなんですか。粋なことする友達ですね」と掃除の手を止めずに言う摩耶。


 普段から藤野はよくこうして摩耶に話しかけていた。蔑ろにしているようだが決してそうではなく、返事をしない事は無い摩耶に話しかけることによって、入院生活での人恋しさをある程度紛らわせていた。

 その後しばらくテキパキと清掃をする摩耶に本を読んでいた藤野が不意に話しかける。


「清掃員さん、私そろそろ退院なんですよ。今週の金曜日に……。こうして話せるのももうすぐで終わっちゃいますね」

「いいことじゃないすか。その花くれた友達と思いっきり外で遊べますよ」

「そうなんですけどちょっと寂しいなって思っちゃいます。こういう、入院生活の時だけの関係って」

「そうですかね? 俺はむしろ……。まあ、ここの看護師になったらまた会えるんじゃないすか? みんな疲れた顔してますけどね」と冗談めかして答える摩耶。

 それに対して藤野は微笑むのだが、その中には若干の寂しさが滲んでいた。


 摩耶が部屋の掃除を終えて台車を押して病室から出た後に、藤野は「北島さん」と同病室のおばさんに話しかけた。

 すると「なに?」とおばさんは藤野に対して摩耶に向けない優しい笑顔を向ける。


「あの清掃員さんの名前って知ってるんですか?」

「いや……そういえば聞いてないね。二十五歳なのは知ってるけど……変なこと聞くね」と怪訝な顔で聞き返す。

「あぁいえ。せっかくなので名前くらいは知りたかったなって」


 藤野はまだ寂しい気持ちはあったがそれ以上に退院した後が楽しみでもあった。竜胆の花を見つめながら藤野はクスッと微笑んだ。

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