黒島摩耶-2 住宅街の中にある、人が三人横並びに通れるかも怪しい幅の薄暗い細道

 住宅街の中にある、人が三人横並びに通れるかも怪しい幅の薄暗い細道、そこに逃げ込んだ摩耶は後ろを振り返った。


「追っかけて来てないな。ふぅ〜〜〜」


 摩耶が腹に溜まっていたものを出すかのように息を吐き、すぐ近くの家の塀に寄りかかった。

 そして先程潰れたリュックを背中から下ろして中の具合を軽く確認するとベンシーに話しかけた。


「そんでさ。ベンシーって呼ばれてたけどお前なんなの?」


 質問されたベンシーは答えずに訝しげかつ困惑した表情で摩耶を見る。ここでようやく摩耶が気付いたのだが、その小さな人間は物体を透過するようで、浮かびながら摩耶の肩をすり抜けることもあった。


「いやなんでお前がそんな顔してんだよ。こっちのがびっくりすることばっかなのに」


 ベンシーは返事をしない。そんな姿を摩耶が見つめていると、ベンシーの姿がすうっと消えていった。

 同時にまとわりついていた黒い模様が摩耶の皮膚から吸い取られるように霧になって出ていくと、その黒い霧が集まって次第にかたちどられて、徐々に段々と顔や四肢が形成され、しばらくすると人間と遜色ない大きさと姿になった。

 立っていたのは二十五歳の摩耶とおよそ同い年か少し上だろう。ただ普通の男より髪が長く背丈が大きかった。


 摩耶はそれを見て驚きはするものの謎に冷静になっており、今更声を出してリアクションするようなことはしなかった。

 ベンシーは左手首に巻き付けてあるミサンガのようなものを口に近づけ、摩耶に聞こえないくらいのボリュームで何かを囁いた。それが終わってベンシーが手を下ろすと摩耶の方を睨む。


「礼は言わないぞ」とベンシーが言った。

「え?なんでだよ。言ってくれても良くね?一応お前のために逃げたんだし」

「助けろなんて頼んだ覚えは無い」


 断固として言ったベンシーに対して摩耶は特に表情を崩すことはなかった。


「……まあいいんだけどさぁ」

「そんなことより、お前が俺の名前を知って何になる? どうせもう会うことも無い」とベンシーが話を変える。

「つっても気になるだろ? あんなもの見たんじゃあ……」


 摩耶はベンシーによって身体を操られる直前にとある場面に遭遇していた。それは二人の少女と化け物が戦っている所だった。


「アレか? 俺はあの女共と戦ってた」

 ぶっきらぼうに答えるベンシー。

「それじゃ分かんないだろ。それにお前、バケモンから飛び出して黒い煙になって俺に絡みついたよな。あれはなんだよ」


 摩耶が目撃した時、二人と化け物の戦いは既に終わり際のようだった。両者ともボロボロだったがどうやら化け物が負けそうになっていた。

 すると摩耶を見たベンシーが先程摩耶から抜けたように霧となって化け物から離れ、その異形の姿は人間の姿になった、というよりは戻っていった。

 そして抜け出た霧が摩耶に絡まると、摩耶の身体に黒い模様が浮かんでベンシーに操られだしたのだ。

 そこから摩耶は住宅街を飛び跳ねる羽目になった。


「大丈夫なのか? 俺の身体、変になってないよな」と聞く摩耶。

「絡みついたとか言うな。取り憑いてるんだ。俺が取り憑いたからお前は俺に操られた。といってもお前を完全に掌握出来なかったが……。安心しろ。お前の危惧してることにはなってない」


 そのベンシーの情報では安心出来そうに無いが、摩耶はさらに何かを聞いたりはしなかった。

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