【第二話 ういんな】



 夢幻が礼介に襲いかかるのを、阻止せんと私は闇雲に立ち向かった。礼介は無論私を助けるため足を止めたが、私の目を見て、再び彼は怪人のもとへ駆け出した。今しかないのだ。今こそあの怪人を捕まえる、絶好の機会なのだ。敵はすぐそこにいる。夢幻程度の些末な奴なぞに、関わっているべきではない。行け、名探偵。稀代の大犯罪者を捕らえることが出来るのは、目解礼介、唯一人なのだから。

 ……………………嗚呼しかし、私は思い違いをしていたのだ。親愛なる読者諸君。私は深い絶望と狂おしいほどの後悔を以て、ここに事実を記そう。名探偵の傍にいることで、多才と万能を日々目の当たりにしていたことで、私は自らも優秀だと自惚れていたのだ。誇大妄想も甚だしい。

 揉み合っているうち、私は自分がどんどん劣勢に追い込まれていることに気付いた。このままでは殺されかねんと、冷や汗をかいた。死んだらどうなる。この物語の結末は。礼介は。

 …………………………………あのとき、様々なことが頭をよぎった。死にたくない。死にたくない。死にたくない。今まで見てきた死体が頭をよぎった。死にたくない。気付けば立ち位置は逆転しており、崖っぷちに立たされているのは夢幻のほうだった。

 そしていきなり、私は力の行き場を失った。

 目の前で、落ちていく夢幻の姿があった。自ら足を滑らせた彼は、あっという間に地面に叩きつけられた。そして、そのままピクリとも動く気配はなかった。

 絶叫。

 はじめ、私は自分の気が違って叫んだのだと思った。しかし叫んだのは怪人であり、私は何故こちらへ礼介が死に物狂いで戻っていているのか、わからなかった。

 全ては一瞬であり、しかし、何もかも緩慢だった。

 私が故意に突き落としたと思ったのだろう。そう思われても仕方ない、私だって逆の立場なら……嗚呼、時間を巻き戻せたら……ともかくも、怪人は私にピストルをむけた。そうして、撃った。

 人には死に時があると聞く。私はあの日、死ぬべきだったのかもしれない。後に正当防衛であることは立証され、私は無罪放免となったが、しかし……………彼がどんなに悪人であっても…………………先程までここにあった熱が…………否、諸君。済まない。事実を記すと約束したのに、どうしても私には書けそうもない。

 …………………………………さて。続きはこうだ。怪人は私を撃とうとして、弾は私を庇った礼介の肩にあたった。もう一度私に狙いを定めた銃口がおろされたのは、お前の宿敵は僕だ、と礼介が叫んでからだった。怪人は闇の中へと消えていった。私は今すぐにでも狂ってしまいたかったが、礼介の傷口は手当を必要としていた。遅れてやってきた警察がすぐに救急の手配をしてくれ、すぐさま名探偵は病院へと運ばれた。



     角川 罫『サーカスの怪人』












「夜の運動会」

 思考を巡らす。あらゆる可能性。そのどれもに対応可能な回答を口にする。

「…………外には出ないよ」

「夜ならいいじゃん。お散歩しようよ」

「断る。……………だいたい君、夕方までには帰るんだろ」

「礼介くん」

 倫太郎は真剣な眼差しで僕を見る。誰かに似ている。誰かに似ていてほしいと、強く僕が望んでいる。だから無理矢理こじつけている。

「今日は夕方に雨が降るので珍しく夜は涼しくなるし、今夜だけ外出許可おりたし、つまり今日しかないの。アンダスタン?」

「………………わからない……」

「わかってるくせに」

「……………嫌だ」

「夜歩く」

「……………」

「江戸川散歩」

「……………」

「横溝行くし」

「…………」

「あれ、ウケない? 友達はゲラったんだけどな」

「…………………」

 ねーえー。出かけようよー。倫太郎が駄々をこねる。僕はまた抱きつかれている。そして反射的に彼の頭を撫でている。

「…………駄目だよ」

 記憶は簡単に僕を閉じ込める。どこへ出かけても、人が死んでいる。何回勇気を出しても、罫が傍に居てでさえ、この世は僕に不適合だった。

 誰か死ぬぐらいなら、独りでいたい。

「大丈夫だよ」

 倫太郎は何故か自信満々だ。この子は普通に生きているから、僕のことなんてちっともわからない。どうしたものかなと、心のなかで溜め息をついた。





*  *  *  *  *




 ………………本当に雨だ。

 夕方、風の音がやたら耳につくと思ったら、雨だった。滅多に外の景色すら見ないでいる。天気を気にするのも、なんだか酷く久しぶりな気がした。

「礼介くん」

「うん」

「カマドウマ食べたことある?」

「ない。………………………なに、もう一回言って?」

「カマドウマ」

「…………昆虫の?」

「そう。あれって美味しいのかなあ」

 寝転がって端末を弄っていた彼は、飽きたのかそれをしまって、身を起こした。

「どこからそんな話題が出てくる」

「口から」

「うん。そうじゃなくってね」

「つべで観ちゃった。グロ。ああいうのはすぐ削除されんのにエロは削除遅いよね」

「……………」

「あ、また理解してない。YouTubeだよYouTube。ようつべ」

「………………そうですか」

「理解してなーい。おっさん。おじん。時代遅れにも程がある。えっ? まさか、ニコ動のが良き? メンタリストなの?」

「………………」

「あっ、またわかってない」

「うん」

「そうですかそうですか。おれらも撮ろっか? ブログ動画的な。適当になんかチルいエモい音楽くっつけてさ。バズると思うけどな。ひきこもりのおっさんを高校生が連れ出す感動……感動の。あの。えーと。すぺぷ、スペクタクル。書籍化間違いなし。全米が大号泣」

「……………九割がた何言ってるのかわからないけど、もう世間に顔を晒したくないよ」

「あ、そうか。礼介くん有名人なんだった」

 夜更かしするんだから寝ようと乱雑に人を押し倒しては、またベタベタとひっついてくる。もはや彼を人間扱いしていいかどうかも怪しくなってきた。こういう生き物なのだと考えることにする。人間によく似た人懐こい動物。

「なんか子守唄とかないんですか」

 謎の生物は我が儘を言う。

「ないです」

「あれ」

「命令形」

「あれよ。じゃあ昔話でも可」

「か」

「蚊。なんかないの」

「…………むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」

「んふふふふ」

「なんだよ」

「本当にしてくれるとは思わなかった」

 子供は満足そうに僕を見つめる。

「…………おじいさんはみかんをX個持っていました」

「あれ?」

「おばあさんはおじいさんの五倍持っています」

「あれれ?」

「そこに鶴と亀が現れました」

「お、昔話要素」

「亀は鶴の三倍いますが脚の数は全部で合わせて二五です」

「あれれ?」

「鶴と亀は己の足一本ずつにみかんをくれと二人に言いました」

「お、おん」

「最終的におばあさんの手元には一個、おじいさんの手元にはみかんが三個残りました」

「ぎゃひ」

「さて亀は何匹」

「ねえ寝れないんだけど」

「おやすみおやすみ」

「めでたしみたいに言わないで。あと脚の数おかしくない? ていうかなんでおじいさんのが残って、え、これだけじゃ特定出来なくない? 答えは?」

「ごめん今すごく適当に喋った」

「寝れないんだけど!」







 寝れないんだけどと怒鳴った子供はあっさりと寝て、時計の針は夜の七時を過ぎる。

 案の定、外出を催促されて、僕は頑なに拒否した。

「なんでよいいじゃん大丈夫だっておれがいんだからアナ雪ごっこしてないでよ行こうよ今日めっちゃ涼しいよ?」

「行かない」

「扉開ーけーてー! 開いてるか。うーん。ねえ、おかしなこと言ってもいい?」

「……さっきからずっとそうだろ」

 何らかの台詞を言っている彼の可愛い顔を見る。両手を取られて、まるでそのまま回り出しそうだ。拒めばいいのに、何故僕は自分から振りほどけない。

 失ったもの。失った人。

 手のあたたかさ。

 僕に話しかけてくれるということ。

 時の重たさに負けて、現実は記憶よりも軽薄だから、ともすればまた心の内側に奥深く引きこもり勝ちになる僕を、彼の阿呆な声が瞬時に引き戻す。

「お前にサンが救えるか!」

「無理」

「ボクと同じじゃないか! あ、じゃあ庭うろつくぐらいはどう?」

「嫌だ」

「庭に死体は転がってねえよ大丈夫だってばもうネガティブだなあ」

「庭くらいなら大丈夫だろうと思って外に出たら血まみれの人が逃げてきて目の前で死んだ」

「『見えない殺人者』」

「ベランダぐらい出てもよかろうと出たら死体が部屋に飛びこんできた」

「『空飛ぶ死体』」

「賢明な読者で助かるよ」

「じゃ、行こっか」

「行かない」

「お菓子買ってあげるから」

「僕は子供じゃありません」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐこと小一時間、いつも温厚なシヅさんが怒り、うるさいと僕らを家から追い出した。

 僕らは家から追い出されたのだ。

 肌に感じる外気に、恐怖を感じた。体は震え、呼吸は浅くなり、今にも気を失いそうになる。倫太郎が咄嗟に僕の手を握ってくれていなかったら、きっとそのまま心不全で死んでいたに違いない。

「礼介くん。大丈夫だよ。おれがいるからさあ」

 こちらの意識が朦朧としているのをいいことに、彼は僕と手を繋いだまま、通りに出た。閑静な住宅街を進んでいく。外に出たくなかったのは、何も陰惨な事件に遭遇することを厭うただけではないのだと、その時初めてわかった。

 罫と幾度も歩いた道。

 彼らと散々走り回った街だ。

 嫌でもありありと光景が、あの頃の熱がよみがえる。曲がり角でぶつかった女性との出会いは仕組まれたものであった。当時流行した茶店の行列。百貨店のアドバルーン。霧の夜に現れる大型怪獣の影。夜に現れる幻の無音チンドン屋は、お堅い職業に就く人達の考えた人生唯一のおふざけだったこと。罫が傍にいた。いつも罫は隣にいた。笑って、怒って、僕と共に生きていた。

「あそこコンビニ出来たんだよ。知ってる?」

 幼い声が僕に語りかける。何故だろう当時でさえ、街の闇は消え、不便さや武骨さは無用のものとなり、ユビキタス社会は既に当たり前のものとなっていたのに、今目の前にある光景は、眩しいくせに軽薄で無感情で、それは僕が時代に追いついていないというよりは、誰か他の主人公のために、舞台の装置が作り替えられていくようだった。

 全ての演目を終えて、解体された大道具たち。









 ほら見てごらんと倫太郎がにこにこしながら僕に言う。夜景、綺麗ですね。いくら彼が変わった性格の持ち主といえ、さすがにこれはふざけてると分かるので、僕はその眩しい建物から目を背ける。

「宿泊、一五〇〇〇円~の夜景ですよ」

「やめなさい」

 住宅街に突如現れる、モーテル風のラブホテルは、大昔この辺りに駅があった名残だ。嫌がる僕の反応が楽しいのか、倫太郎はなかなか建物の前から動こうとしない。

「休憩だと八五〇〇円だって。あら安い」

「なんで知ってるんだ。高校生のくせに」

「いやめっちゃ看板に書いてあるし。いいなー。ステーキと温泉と映画とカラオケ。あ、ダーツもある。それは興味ないな。サウナ。マッサージチェア。なんか欲張りセットだね。おっさん御用達」

「…………行こうか」

「え、中に?」

「違うよ。先を急ごう……というかこの苦行の折り返し地点はどこなんだ。帰りたい」

「言ったじゃん。夜の運動会だって」

 ずっと握った手がそろそろ湿り気を帯びていて、彼は嫌じゃないんだろうかと思う。涼しいとはいえ、動けば熱くなる。正直僕の気分は良好とは言い難く、この手を離されてしまえば、そのまま精神の奈落へ落ちてしまう気がしている。と、いうことを考えて、他の思考を逃がしている自分がいることまでを理解している。

「礼介くんラブホ使ったことある?」

「ない」

「ふうん」

 まったく手をほどく素振りもなく、彼はまた歩き出した。

「……具体的にどこに行くんだよ」

「えっ、結構そんまんまだけど」

「場所で示せ」

「三文字」

「地名が?」

「いや、その……場所? 建ってる……んーと、駄目。これ以上はノーヒント」

「略語? 俗称?」

「ノーヒント。ノーヒントノーラン。ヒットエンドラーン!」

「はぐらかす意図はなんだ」

「ええ……ちょっと驚かせたい……から……?」

「………………………嫌がるのをわかってて連れていくのか、君は」

「ええ、嫌がるの? まあ普通ならね? そうかも。いやどうだろ。ワクワクする人も世の中にはいる。おれはワクワク側。多分礼介くんもワクワク側。涼しいし。ハッピーエンド」

「絶対違う」

「好きだと思うけどなあ。夜の運動会」

 どうあれ、その言葉を多用してほしくない。あまり宜しくない。そう思うのは自分が薄汚れた大人だからで、きっと彼は僕の頭に真っ先に浮かんだこととはまったく違うことを示唆していると解っている。なので僕は黙って歩く。彼は楽しそうに鼻唄なんぞ歌っている。





「ご到着です」

 着いた先は墓場で、そこでようやく、彼は僕の手を離した。

「すごくないここすごくない? 公園の横にいきなりお墓。マジ怖。ほん怖。イワコデジマイワコデジマ~言うてね」

 右手に公園、左手に墓場の、丁度中間にある場所で倫太郎は意味不明な呪文を唱える。

「涼しいな」

「やっぱおばけとかが出るから」

「……………出るから?」

「え、え、出るから、なので、あの、ひんやり」

「論理的に」

「えっ、えっ、おばけの出るとこは寒いのだ」

「具体例」

「えーと、えーと、なんかそんなんあんじゃん。霊気は冷気」

「つまり?」

「プラズマがさあ。プラズマのせいなんですよ」

「そうなんだ?」

「あれ? おれイジメられてる? よかった、元気だね」

 人の腕をぽんぽん叩いて、インスタ用に写真を撮るのだと、彼こそ元気に墓場と公園を行ったり来たりする。

「でもねえ、あれだよ。鍵垢。別垢。さすがに親に怒られる」

「怒るじゃなくて叱るって言うんだよ、それは」

「皆塾とかバイトとか遊びウェーイとかで夜、外出てるのに、おれは駄目なのつらたん」

「君に何かあったら困る」

「酸いも甘いも経験して人は成長していくのですよ」

「そうですね」

「そうですよ」

 夜は墓場で運動会、と歌い始めた彼に、いよいよ本気で脱力した。それかあ。またアニメでもやってるんだろうか。

 余計なことを考えててよかった。

 気が紛れる。

 死んだ人間たちの行く末を、散歩する。大団円はとうに終わり、役目を終えたのに、僕だけがまだ目解礼介役でいる。まるで亡霊だ。この世界のどこにも居場所がなくて当たり前で、使命はもう生まれない。

 罫の墓参りに何年も行ってない。思うだけでつらい。いないことを認めるのが悔しい。

「…………………どうした、倫太郎」

 急にまたペッタリとひっついてきた子供を見る。

「んん、なんか、……消えちゃいそうだったから。礼介くん」

「人間はそう簡単には消えないよ」

「必ずどこかに仕掛けがあるはずだ?」

「……なに? それ」

「『笑う透明人間』での台詞。自分で言ったの覚えてないの?」

「そんなこと言ってないよ。罫はだいぶ脚色して書くから……」

「そうなんだ? 本当はなんて言ったの?」

「そこまで覚えてない」

「そっかあ」

「うん。なんでだろうなあ、」

 言葉は思わず、口をついて出た。

「誰もいないんだな、もう」





 目の前に広がる、ただの石の細工物。

 生きているより、死んでいる人の方がよく知っている。もう誰もいない。もう誰も生きてはいない。捜査中に命を落とした警官の顔さえ、はっきり思い出せる。

 愛した女も、親友も、そばにいない。今は冷たい記憶の底に眠るばかり。

 なんで、いないんだっけ。









「おれがいますけども」

 強く手を握られて、生きているから痛みと熱を知る。泣くつもりはなかった。人前で恥を晒すことも、それを未熟な若者相手にするつもりも更々なかった。それでも涙は止まらなくて、名探偵でも天才でもない僕は、ただ声を出さずに泣いた。

 願わくば時代の終わりと共に、僕も死んでしまいたかったのだ。







 失礼、と彼を残して僕は、公園の、やたらファンシーなトイレに向かう。乱暴に顔を洗い、鏡をよく見る。外で未成年を一人にしておくのは危険だが、気持ちが落ち着かないまま、中途半端な状態で倫太郎のもとに戻っても、また彼が僕を心配するだけだ。

  ようやく深く呼吸も出来るようになって、彼の待っているはずの公園のベンチまで行くと、そこに姿はなかった。

「倫太郎」

 呼べばすぐ来た。うっすら汗をかいて、墓場のほうから走ってやってきた。

「何してたんだ」

「うん? 悪霊退散ダンス」

 当たり前にまた手を繋いで、帰宅した。

 一人では歩けない。





*  *  *  *  *





「祝! 死体のない散歩」

「……………」

「おれすごくない? おれ偉くない? 先にあんだけ死んだのいるとこに出掛けとけばさあ、それ以上死体出なくない? うわあすげえ名案。天才。大天才、おれ」

 さすがにもう彼は帰らねばならず、興奮している倫太郎と共に、縁側で月明かりに照らされる。シヅさんが彼の運転手を呼ぼうとしたところ、今運転手とは喧嘩中だからやだとのたまって、即座に自分でタクシーを呼んだ。なので、こうして待っているという次第だ。

 得体の知れない車に乗るなと危険性を説いたら、少年は腹を抱えて笑った。そんな名探偵みたいなこと、おれに起きるわけないじゃん。

「あれでしょ、いつもの運転手かと思ったら犯人でした、的な。そんでそのまま誘拐からのデスゲーム。しゅばばっ」

「立場を理解しなさい。そもそもなんで君に専属で運転手がいると思ってるんだ」

「目解家の次期当主。おれってそんなにそれ背負わなきゃ駄目かな」

「……………心配してしまうんだよ」

「礼介くん」

「うん」

「本当はおれが来るの、やだ?」

 叱られるのが嫌で、話題を変えたのかと思った。まっすぐにこちらを見つめる表情を見る限り、彼の中で筋は通っているらしい。また服は裏返されて、青いストライプ。おとなしくなった彼の髪を撫でる。

 考えてから、言葉を発した。

「…………………来ないでほしいとは思ってる」

 だよね、と彼は呟く。

「熱出させたり泣かせたり散々だもんね」

「君のせいじゃない」

「礼介くん、もう死体とか事件とか、やだから、お外出ないの? それとも色々思い出しちゃってつらいから、やなの?」

「……どっちもだよ」

「おれ、来ない方がいい?」

「来ないでって言ったら、もう来ない?」

「………いや、それは無理なんですけど」

「なんだよ」

「だって言いつけですもん。お役目ですもん。おれの意思じゃないし、端っから。やれって言われなきゃやらなかったことだもん」

「そう」

「……………………なんか言ってて悲しくなってきた」

「あのね、会いたくないなんて言ってないよ」

 ぶつかるように飛び込んできた身体を受け止める。わかりにくいよ、と怒る子供の髪を撫でる。

「今日の散歩は楽しかったよ」

「でも泣かせた」

「僕の弱さを君の責任にしないでほしい」

「あのさあ、礼介くん。人がいなくなるってのは、悲しいことなんだよ」

 子供はまっすぐに僕を見つめる。彼の目に僕はどう映っているのだろう。

「………知ってる」

「でもいつか、元気になんなくちゃ駄目だよ」

 そう言って倫太郎は僕の胸に顔を埋め、ぎゅっとしがみつく。この痛みから喪失から逃れるくらいなら、忘れるくらいなら、一生つらいままでいいと思えるのだが、僕は黙ってただその子を抱きしめてやった。



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