4章.休息―rest4―(2)

「はい。

 仰る通りです」

 相変わらず察しが良いのか、考えようとするその合間を、見事に選び抜いているかの様であった。

 落ち着き払って答える彼女の返答に、ハザの声が重なる。

「リム、俺をからかっているんだろう?

 流石にそんな、馬鹿な話があるか。

 俺にはお前の言っている事が、どうにも理解出来ん」

「信じて下さい――。

 ハザは我等に触れて、それを確かめた筈。

 我等は、この身に起きた影響を受けるのです」

 妙な技を振るい、変わった物言いをする性格を持つ以外、どう見ても、外観は只の娘。

 その性格も、知恵者ならば、変わり者が多いと聞くし、彼が旅先で出会って来た知恵者は、どれも一筋縄ではいかぬ、普通とは言い難い妙な者が、多かった様に思う。

 自身も偏屈な方だとは思うが、きっと、生来の変わり者なのだ、と彼は考える事とする――リムもきっとその類なのだ、と。


 そしてまた、彼の胸中を察したのか彼女は言う。

「変わり者ですか――。

 我等は人ではありませんから。

 人から見れば確かにそう、なのかも知れません。

 しかし、この大地で変わっているのは、何も我等だけでは無いのです」

「……何が、変わっているんだ」

 彼女が変わっていると云う、その存在とは――。

 その存在にハザは興味を惹かれ、続きを促す。

 話を聞いても、理解出来るとは到底思えないが、青年はその続きを促すと、リムは形の良い口を小さく開き、続きを話し始める。

 澄んだ声は、緩やかに吹く風に混ざる事無く、聞き手である彼へと届けられた。

「そうですね――。

 変わっているのですよ、変えられた、と云うべきでしょうか。

 我等が世を訪れ調べていると、この大地には何もなかったと思しき点を、有していたのです。

 ある時期を境に、突然何かしらの変化が起きた跡が、幾つも見付かりました。


 それは多くの時間を掛けなければ、起きないと思われる変化です。

 突然の変化が、徐々に広がっていく所までは、調べていたのですが。

 その変化が起き始めた場所には、似たような形の遺構が、必ずあるのですよ。

 まるで――」

 何だ、何の事を話しているんだ、こいつは?

 唐突に始まった、予想通り理解出来そうもない話を、更に続けようとするリムに対し、ハザは片手を挙げて制し、その様子に気付いた彼女は、すぐに話を止め、彼の方を窺う。

 静かになると、渋い顔を崩さない青年は、自身の考えを口に上らせる。

「まるで雲を掴むような話だ。

 知恵者でない俺には、さっぱり分からん。

 ああ、そうだな――もういい、要約して話してくれ」

「つまり、この世に何者かが手を加え、生きた者が棲める大地に、なったのではないかと。

 状況を鑑みて、我等はその様に、考えております」

 彼が言い終えるや否や、間髪入れずに話し出すリム。

 その様子はまるで、ハザの話を引き継ぐかの如きそして、言いたい事を分かっているかの様な、絶妙のタイミング機会判断だった。


 しかし、それを聞いても彼は、あまり関心が無さそうに答える。

「……そうか。

 世の中には、妙な出来事もあるんだな」

「あまり驚かなくなりましたね」

 続く声に、ハザは思わず唸り、考え込む。

 もしかして、俺が驚くのを期待していたのか?

 あそこでお前に会ってから、どれだけ経ったと思っている。

 俺が知らんだけで、お前が識っている事だって、数多くあるだろうからな。

 そろそろ慣れもするさ。

 しかし、リム、お前は本当に突拍子も無い話をする。

 年寄りが知る様な、言い伝えにも残っていない様な事は、流石に分からん。

 そいつ等が訪れる前は、どんな大地だったと言うんだ。

「それは――。

 分かりません。

 我等が魔の力を探し、この大地を見付けた時、既に生きた者が居ましたので。

 彼の者達は、この大地に満たされた魔の力までは、気付かなかったようですが」

 リムの言うそいつ等が、大地で何をしていたかは知らんが、お前に理解出来んのなら、俺にも出来ん。

 そもそも、なぜそこまで分かる。

 分かるなら、代わりが出来るんじゃあないのか。

「……代わりなど、到底務まりませんよ。


 跡地には沢山の、小さな石がありました――。

 その石は、細かな紋様が入った石です。

 ……大変に目の細かな紋様を、小さく薄い石に縫い付け、幾重にも幾重にも織り重ね、ひとつに束ねて。

 驚くべき事に、その紋様ひと筋ひと筋が、何かの通り道なのです、まるで水が流れる川の様に。

 彼の者達は、恐るべき技術を用いて、その不思議な小石を幾つも造り、巧みに使い、大地を変えていった様なのです。


 残念乍ら――。

 何の為に、そんな事をしたのか、までは分からないままですね。

 我等の手では、その小石を造れず、その方法も試す事が出来ませんでした。

 それは、大地に変化を与えた者と我等は、まるで扱う術が違う、という事に他なりません。

 ですから、我等は決して、その代わりを務める事が出来ないのですよ」

 これまた珍しく、声のトーン調子を落とす美しい娘。

 だが、聞いている彼の側からすれば、実によく分からない、遠い遠い国の事を語られている、その様に感じる話でしかなかった。

 しかもリムの話している事は、知る者も恐らく居ないであろう、遥か遠い昔の話の事である。

 古の地と呼ばれる土地に、棲み処が残っているだけで、伝承にも残っていない古の民。

 それが栄えたよりも、時代をもっと遡る、という事を言っているとしたならば。

 一体どれ程昔の事を言っているのか、彼には見当もつかない。


 これこそ本当に、何処かの国の御伽噺ではないか。

 また頭の痛い話をする。

 ハザは自然とこめかみに手を当てると、リム――表情に乏しい彼女は、おくびもせずに答えた。

「すみません。

 薬は手持ちがありませんので、頭が痛い事は、今の我等には、どうしようもありません」

 正直な所を言うと、薬の問題では無いと思うが、もしそれがあれば、どうにかなるのだろうか。

 それから、1つ確信出来る事がある――さっきから俺は一言も話してない。

「リム、お前やっぱり、心が読めてるな」

「……心など読めませんよ。

 もし、本当に読めているなら、我等が此処に幽閉される筈が、ありませんから」

 しかし珍しい事に、僅かに表情を曇らせつつ、彼女は言った。

 心を読んだ事を否定する回答の内容は、以前とほぼ変わりが無い――が、先程言っていた内容を鑑みるに、彼女の言う此処とは、ややこしいが、リムのその体の事を指すのだろう。

 その様子を窺った彼は、如何ともし難い面持ちを浮かべ、ひと言口に上らせる。

「……独り言だ、気にするな。

 少し休む」

「はい。

 どうぞごゆっくり、お休みください」

 気持ちを切り替えたのか、元の顔付きに戻った彼女が言い終えると同時に、壊れて火が着かなくなったランタン、に灯る不思議な輝きが、見る見るうちに萎み、薄らと消えてゆく。

 そして辺りは、物音ひとつしない、静かな空間を取り戻す。

 闇の中、吹き抜ける風を感じつつも、ハザは横になり、眠りに就いた。




 呼んでいる――。

 呼んでいる――。

 呼んでいる――。

 誰だ?

 俺を呼ぶのは。

 ここは、何処だ――?


 意識が闇に飲まれ、どの位の時間が経ったのだろう。

 暫くすると、暗がりの奥から、何かが聴こえて来る。

 それは、大きな流れの中を揺蕩う、小枝の心を奏で。

 それは、自らの群れを離れ彷徨う、野獣の心を奏で。

 それは、遥か遠く続く道を流離う、旅人の心を奏で。


 色とりどりの調べが、辺り一面に満たされているのが視えた。

 これは何だ――?

 音――果てしなく、向こうまで伸びてゆく、音の、繋がり――。

 今までは楽曲になぞ、まるで関心は無かったが、それらが此処まで美しいとは、知らなかった。

 人々が、小鳥達が、囀る様に歌い合う理由、やっと分かった気がする。

 もっと、聴いていたい。

 もっと、触れていたい。

 もっと、感じていたい。

 誰だ? 誰だ? 誰だ? お前は――誰なんだ?

 俺にもっと、その美しい歌声を聴かせてくれ――。




 敵です

 ハザ 起きて下さい


 呼んでいる――。

 呼んでいる――呼んでいる――呼んでいる――彼女が。

 どうした? 聴かせてくれないのか?

 もっと、歌を――。

 続く呼びかけに、答えようとしたつもりだったが、喉を通る掠れた声は、言葉にならなかった。

 それでも、暗がりから彼女は言葉を紡ぐ。


 ハザ ハザ

 起きて下さい 起きて下さい 起きて下さい


 短いが、心が澄み渡ってゆく様な、美しい旋律が聴こえる。

 言葉ではない韻律が、耳朶の奥へと染み渡ると共に、それらの意味を解する、実に不思議な感覚。

 起きなければ――そうだ、起きなければ。

 ハザはすぐに微睡の中から、引き上げられてゆくのを感じ、瞼を開く。

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