4章.休息―rest3―(2)
「古の地は遺構、遺跡だらけで、住んでる者は誰も居ない。
王の令が広く伝えられ、人が差し向けられたのも、ごく最近の話になる。
だから、古の民とやらの事は知らん」
青年は知る限りの事を話すが、それ位しか分かる事が無く、返答に困る。
そもそも、古の民が居たという事も、リムに出会ってから初めて聞く。
遺跡がある位だから、確かに人は居たのだろうが、その者達が何をしていたのか、という話となると、どれ程人を訪ね歩いても、誰も何も知らず、語りもしない。
旅立つ前に立ち寄った、昔の事に詳しい知恵者ですら、古の地でどんな者達が住んでいたのかを、どんな暮らしをしていたのかを、まるで知らなかったのだ。
黙したハザの様子を窺い、手助けする為だろうか、彼女は静かにひと言を口に上らせる。
「地表の事は判りませんが。
彼の者達は我等を幽閉した後、何かの折に、あの場所まで訪れていました」
語られたリムの言葉に、左程の驚きは無い。
成程、予想した通り、遺構の住人は幾度も出入りしていたようだ。
しかし、何の為に――疑問は尽きず、そう考えている間にも、彼女の話は続く。
「最初の内は――。
我等もきちんと、話を聞いていたのですが。
しかし、訪れる者達は、我等の幽閉を解かず、要求ばかりを繰り返しますので。
何時の日か我等も相手を見て、返事を返す様になりました。
彼の者達があの場所を訪れても、黙っていれば、いずれ諦めて帰ってくれますから」
どうやら嫌気が差して、古の民を避けるようになった、と言っているのだろう。
話を聞く限りでは、古の民達は、彼女に纏わる御伽噺を創り上げ、利用していたらしい。
彼女の言う事を、真剣に考えていた青年はやがて、じっと彼の顔を眺めている娘に、ゆっくりと新たな疑問を口に上らせた。
「俺が、古の民とやらでないと、何故思った?」
「それは――。
試練を潜り抜けたのだから、伝承の通り願いを叶えろ、と。
降りて来る彼の者達で、特に多かったのは、その様な用件を云いに来る事。
ハザは試練を越えた者に、願いを叶えろと等と、仰いませんでしたから」
古の地の伝承とやらを知らなかったから、あの時リムは声を出し、姿を現したと言っているのだろう。
暗がりで戦った、骨となっても動く者共も、試練の末に、あのような姿となったのだろうか。
あの時、微かに歌声も聞こえていた気がしたが、それはハザを呼んでいたのか、それとも――。
「もし俺が、願いを口にしたら、どうなった?」
「特に何も。
我等から話し掛けずに、貴方が飽きて帰るまで、そっとしておきましたよ」
更に浮かび上がった疑念を訪ねたが、その答えは非常に簡素な内容であった。
過去、そして今、古の地に旅立った他の者は、この伝承とやらを知っていたのだろうか。
それは、単に運が良かったのか、それとも単なる偶然であったのか、今となってはもう、知る由も無い。
リムの言葉を聞いたハザは、思わず笑みを浮かべつつ、言った。
「――ッ、――、ッフフ。
面白い奴だな……、お前は。
いいぞ、そんな奴は初めてだ、リム。
……確か、地上の事が、訊きたいんだったな?
世の中は広い、俺が知っている事など、たかが知れているが。
それでも良いなら、少し長くなるが、話してやろう」
そして、彼は更に話し始めた――今の地上がどんなものかを。
先ずは役儀の事で良いな?
俺が説明できるのは、3つ程になるか。
ひとつは、さっき言った知恵者、次に、商う者――そして、戦う者だ。
他にもあるにはあるが、大方その3つ程識ってさえいれば、世の中を渡って行くのに困る事は無い。
どの者も、王や執政者等にも、顔が効く様になれば、話は別だが。
そうなると、面倒だが覚えなければならん事も、数多くなるだろう、な。
始めに、知恵者とはな、知恵が回る者の事だ。
よく考える事が出来、文字を書く事が出来、そしてよく話す事が出来る。
その3つ――どれかひとつだけでも、なれなくはないが、2つ程は才が無ければ、身を立てるのは難しいだろうな。
とりあえず、学の無い俺にはなれん。
次は――商う者は、食い物、物や道具を売り歩く者達の事。
商う者達が、金や銀等の欠片と引き換えに、訪れた者の欲しい物と交換する、それ以上の事を俺は知らん。
話が出来る事と、物と金や銀の価値を勘案する事が出来れば、独り身なら何とかやっていける筈だ。
それと、お前がさっき食った欠片だがな、他のは良いが、金はもうやらんぞ。
あれを手に入れるのに、俺が、どれだけの戦いをこなしたと思っている。
この女が無欲だと思い、やってしまったものは仕方が無いが、少しは注意して渡すべきだった。
うんざりした面持ちを浮かべ、ハザは後悔と共に大きな溜息を吐く。
そして彼は、岸壁に立てかけている長剣を、手元に引き寄せて、続きを話し始める。
最後に――、戦う者。
俺は、特に仕える国を持たん、流浪の民の、戦う者だ。
仕えると面倒事が増えるからな、俺はそうしているが、勿論、国仕えの戦う者の方が、性に合う者と言うも、当然だが居るだろう。
狩れない者、守れぬ者、戦えん者、殺せない者達の代わりに、武器を手にして振るう者達の事になる。
頼まれた仕事が終われば、対価として銀や銅、鉄などの欠片を貰う。
労に報わぬ者は殺して良い決まりだ、相手を倒せるものならばな。
当然だが、死ねばそれまで――報いも受けられんし、負った怪我と、全く割に合わん時もある。
だが、俺からすれば、気楽で好い役儀だ。
話せなくとも、知恵が回らずとも、武器さえ上手く扱えれば、それで成り立つ。
そこまで話すと、再び茶の入った器に手を伸ばすハザ。
長い話に付き合わされ、すっかり冷めきってしまった茶を、ひと息で飲み干す。
こんなに長く喋った事はあっただろうか、それを思い出せない程久方ぶりに長く話し、火照った体を落ち着かせる様に、冷たい茶が心地良く喉を通り抜ける。
美味い茶だった、茶葉は乾かせばまだ出るだろう。
ここで捨てていくには惜しい――。
濡れた葉を2、3度振り、水気を払うと小袋に戻し、器と共に鞄へと入れた。
2人共暫く黙っていたが、やがてハザの方から声を掛ける。
「さあ、これで大体どんな世の中かは、理解できた筈だ。
俺の話はもう良いか?
お前の事は――そうだな、また機会があれば聞く。
温まっただろう。
そろそろ支度をして、出発するぞ」
話は終わりだとばかりに、ハザが立ち上がったが、リムはそのまま、ぱたりと俯せとなり、そして、ぐでりと潰れた様に寝転がったまま、娘は澄んだ声で、やや面倒そうな声色を放ち、ひと息に言う。
「我等はもう少しここで休んでいきます。
すぐに追い着きますので、先へ行ってください」
「何を言っているんだ。
おい、起きろ」
この期に及んで、何を言っている、と眉間に皺を寄せた彼は、厳しい声を掛ける。
静かにしていれば、確かに安全だろうが、肝心の目的が達成できない。
ハザは、彼女を地の底の遺構より連れ出し、リムは、地の底の遺構より脱出するという――その目的が。
「我等は疲れました。
交代したいのです」
再び、リムは摩訶不思議な話を、口に上らせる。
一瞬この娘の休憩に付き合うべきか、と考えたが、交代と言う言葉が、脳裏を過ぎった。
独りでは無いと言っていたが、その事と関係があるのかもしれない。
とは言え、その様な事が、どんなものであるのか、全く想像する事が出来ないのだが。
「そう言や、少し前もそんな訳の分からん事を、言っていたな。
何で今、交代しないんだ」
出来るなら今すぐにでも、代われば済む話じゃないか、と彼は思う。
ハザの言葉に、珍しく目を細めた娘は、僅かに唇を尖らせながら言った。
「理由ですか――。
交代する所を人が目にしたら、大変に驚くのです。
これは、我等から、貴方に対する、気遣いの様なもの、ですから」
最後はひと言ひと言、区切る様に言い伝えるリム。
要は、交代する様子とやらを、他人に見られたくない、という事らしいが。
背取ってでも運ぼうか、と考えていたハザは、それを聞いて、すんなりと諦める事にする。
経験上この様な状況となれば、彼がこの摩訶不思議な娘に、してやれた事は何もない。
思い起こせば今まで何度か、不本意ながらも置き去りにして来たが、どのような手段を用いたのか、彼女は幾度も追い着いて来ているのだ。
手早く旅支度を終えると、被らせていた毛布を、岩肌に寝転がるリムの上に掛け直し、彼は言う。
「正直な所、かなり不安だが、先に行く。
その毛布は後で持って来てくれ」
返事のつもりか、娘はちらりと青年の方を一瞥する。
そして、静かに目を閉じたリム。
眠ったのだろうか、彼女は身動ぎひとつしない。
岩の裂け目から、風の吹き荒ぶ通路へと出る直前、1度だけハザは振り返ると、その場を後にした。
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