3章.死は再び巡る(1)

 長剣を引き抜き、石橋の上を駆ける。

 青年と広間の一団は程なくして、力と力で激突し合うのだろう。


「来た!

 俺達は、あの若造を抑えるぞッ!

 相手は独りだ、続け!」

「間抜けめェッ!

 この数を相手取れると思っているなら、おめでたい奴だ」

「今更怖気付いても遅ぇぞ?

 ここでくたばれ!」

 口々に言いながら、ハザの方へ詰め寄る者達。

 内容など何でもいい、こちらを少しでも、気押そうとして言っているのだ――その程度の事を、いちいち気にして悄気返っていては、戦いにならない。


 油断するのとはまた違うが、対峙する際は、相手を食って掛かるのも、良い方法のひとつだ。

 言葉尻を捕え、揚げ足を取って逆に熱くさせ、先に手を出させてしまっても良いが、それには相手を観察出来る冷静さ、すぐに言い返せる機転の早さが必要になる。

 侮蔑を含む、罵詈雑言に耐えられるならば、完全に無視してしまってもいいだろう。

 強烈な攻撃を先に浴びせ、不遜な態度を怯ませてしまえば、きっとすぐに、黙り込んでしまうに違いないのだから。

 だが、それ等は上手く行かねば、逆に相手に好機を与えてしまうだけだ。

 ムキになって挑み、無様に返されてしまえば、それだけで相対的に、相手に余裕が生まれる――墓穴を掘って自滅など以ての外。

 幾ら慣れていたとしても、勝つ、という事は、決して簡単な事では無い。

 以外と難しいものなのだ。

 戦いが巧みな者程、失敗や不利な点を隠すのが上手で、失態のリカバリー立ち直りも速い為、何時までもその点を見抜けない限り、アドバンテージ優位性を良い様に取られ続け、気が付けば負けている事が多くなるだろう。

 相手を油断させるにしても、多少は打たれて手を出し易くする等、それなりの犠牲は必要になって来る。

 上手く行きそうだからと言って、調子に乗って打たれ過ぎれば、結果反撃する力や機会を失った上、そこが致命傷となり、敗北を喫する事となっては元も子もない。

 どんな相手だとしても、どのような手を打つにせよ、コイツは手が出し難いぞ、と思わせた上で、牽制を繰り出す気力を削り、いざという時の一か八かの賭けに出る意志を、委縮させる必要がある。

 基本としては、出来得る限り早く相手の癖を掴み、対策を講じて出鼻を挫く――簡単に出来る話では無いが、これを続けてゆく事が最も、リスク危殆が少なく勝ち星を得やすい方法だろう。


 ハザが選んだのは、後者の方であった。

 数を前にしても、構えた長剣を前に臆せず進み、駆けながら振るうと、先頭の者から痛烈な苦悶の呻きが響く。

「がァッ」

 強烈な一打を額に受け、飛び掛かって来た者が、思わず武器を取り落とし、頭を押さえ蹲る。

 丈夫な兜に大きく傷口が開き、その内側から、大量の血が溢れ出す。

「小僧の様な顔立ちで、悪かったな」

 若造と呼んだ男を率先して狙い、打ち倒したハザは、さも機嫌が悪そうに言い放つ。

 そして、続けて向かい会う、対峙した者へと向き直った。

 直後、手にした長剣を、続けてもうひと振り。

 受けそこなった素早い斬撃は、反射的に構えた剣を軽く弾き、首元の鎧の隙間へと叩き込まれる。

 倒れ逝く者を尻目に、更に近づいて来た者へ、もうひと振りを加え、3人目を打ち倒した頃には、彼に向かってくる敵の脚は止まっていた。

 これ以上不用意に近づいても、被害が大きくなるだけだと、気付いたのだろう。

 いや、この場合は気が付かせた、と言っても過言ではないかもしれない。

 対峙した者達は、青年と立ち会う事に対して、慎重に事を構える方へと大きく舵を切る。

 足さえ止めてしまえば、多方面から攻撃される機会も減る筈だ。


 そこへ、新たに立ち塞がる者からの呼び声。

「やるな、若造――今度は俺が相手だ。

 かかってこい!」

 明らかな挑発――そちらの応対に手を焼けば、後ろから仲間が襲ってくる算段に違いない。

 目の前の男に呼応し、もう既に1人2人が、青年の後ろへと回り込むべく、走っている。

 だが、その言葉の何が、気に入らなかったのだろうか?

 言葉を耳にしたハザの目端と口端が、途端に吊り上がってゆく。

「……まだ、言うか?」

 まるで唸り声を上げ続ける獣の様に、歯を剥いた彼は囲まれるよりも速く、挑発を行った者へと向かい駆け出す。

 高い洞察力を活かした読みが当たったのか、それとも、相手を乗せる口車が巧みであった為か。

 その効果こそ予想外に高かったものの、ハザの神経を逆撫でした挑発を行った代償を、彼は直ちに自らの命で支払う事となった。

 両手で長剣を、これでもかと言わんばかりの勢いを付け、思い切り振り下ろす。

 対峙した者はそれを受ける事も、避ける事も出来ず、兜に叩き付けられた長剣からは、拉げ潰れる感触が伝わる。

 1度大きく屈み、そして跳ね上がる様に、宙をもんどり打って倒れた者は、その場で大きく痙攣しそして、動かなくなった。

 潰れた兜や首周りの隙間からは、命の源が赤い泉となって、こんこんと溢れ出し、冷たい石床の上に広がってゆく。

 やがて、遺された熱は徐々に奪われ冷めてゆき、その血温は辺りの石くれと等しくなるのだろう。


 しかし感傷に浸る間も無く、間髪入れずに長大な盾を持つ巨漢が、どすりどすりと足音激しく、ハザの前に立ち塞がり、身構える。

 互いに敵同士、最早語る事も無いと、その姿勢が物語っていた。

 背後で悲鳴が上がったが、気にしている余裕は無さそうだ――彼女も上手くやっている事を信じるしかない。




 ハザが巨漢と対峙する、ほんの少し前の事。

 手にしている壊れたランタン角灯をふわりと浮かせ、やや後ろで青年の背後を、警戒するように控えていたリム。

 物を宙に浮かせる、奇妙な技の披露に彼らは、初めこそ驚きの表情を隠せなかったが、それ以上は何も起きないのを見て、すぐに落ち着きを取り戻す。

 獲物を手にした物々しい連中は、構わず距離を縮めてゆき、そろそろ剣が届こうかという時、何を思ったのか、彼女はその場に屈み込む。

 多勢に無勢、観念したのかと思いきや、転がっているごく小さな小石を、摘まんだだけの様だ。

 石を摘まんで、一体どうしようと言うのか。

 例え力一杯投げた所で、この非力そうな女の細腕では、精々が兜や鎧を軽く鳴らす役にしか立たないだろう。

 右手と左手の親指と、人差し指の間に、僅かな欠片を挟むと、徐に彼女は立ち上がる。

 すると、摘まんだ小石如きで何が出来る、大した武器も持たぬ小娘など、我々に掛かればひと息だと、一斉に詰め寄る鬨の声が、忽ち恐慌の色に染め上げられた。

「うわあっ?」

「な、何だあッ!?」

 これは、何とした事だろうか?

 リムを取り囲んだ者達、ハザの背後に回ろうとした者共が、何やら見えぬものに吊り上げられ、竿に取り付けた旗を掲げた程の高さで、手足をばたつかせて浮いている。

 激しく手足をばたつかせても、抜け出す事の出来ない困惑と憤りが後に続く。

 取るに足らぬ、と思っていた小娘が、自分達に何をしたのか、見えざる手――とでも言うべきものに掴まれ、吊るされた者達は、未だに理解が及んでいない様であった。


 やがて手を内に向け、じっと欠片を見つめていた女が、その両腕を左右に広げる。

 すると、更に奇妙な現象が、彼等の身の上に降り注ぐ。

 ふわりと浮いた者達は、2手に分かれると床の無い橋の外側、そして闇がぽっかりと口を開ける奈落の上へと、宙を滑る様に運ばれてゆくのだ。

「ヒィィ!?」

「うあ、や、やめろ!

 お願いだ、止めてくれえーッ!」

「悪かった、俺が悪かった。

 たた、助けて、助けてェ!」

 彼等を掴む見えざる手は何がしたいのか、漸くその意志を察すると、浮いた者達は目に涙を浮かべ、畏怖で占められた声で必死に叫ぶ。

 或る者は、益も無く只々ひたすらに助けを請い。

 或る者は、金品を捧げると空約束を口に上らせ。

 或る者は、頼みもせぬのに突如忠義を誓い始め。

 或る者は、偉大な才を永劫に祀り上げると嘯く。


 だが、彼女の方は言葉を聞き入れ、宙吊りを止めてくれる気配は、全く伺えない。

 彼等は冷徹なその様子を見て恐れ戦き、今までの自らの行いを顧みず、命乞いを大仰に喚き散らし、より一層手足をばたつかせて、懸命に拘束から逃れようとするが、その手に掴めるものは何処にも無く、何にも乗らぬ足は、虚しく空を切るばかり。

 そしてリムは、益々立ち昇る狼狽の声にも、茫洋とした澄まし顔を崩さず、大きく広げた左右の手に、摘まんだ小石をひょい、と放った。

 手を離れた小さな小さな欠片は、軽く弧を描くと、かちり、ころころと音を立てて、石床へと転がり落ちる。

 するとどうだだろう――見えざる手に宙吊りにされ、身動きの取れない者達も、不思議とそれに倣う。

 それらはまるで、食べ終えた後に投げ捨てられる、果実の芯の如く――。


「うぁ、うわあ!

 わあああああ~~~~~~~ッ!」


 ……少しだけ、違う所があるとするならば、吊られた者達は小石では無く、その足元に床は、無い。

 思わず耳を塞ぎたくなる様な、痛ましい絶叫を残して、彼等は奈落の底の暗がりへと、その姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る