2章.探索者たち(2)

 王の号令には、相当な人が集まったと聞く。

 噂に名高い豪傑や、名も知らぬ猛者が、この遺構へと辿り着いている、かもしれないのだ。

 この先に出会うのは、俺に剣を構えさせない、雑魚ばかりとは限らん。

 奴等の呼ぶ、地の底に居た神と思しき娘を、何処の馬の骨と知れぬ輩に奪われ、地上におめおめと戻れば、無能者の誹りを受け、約束された報いも受け取れぬままに、放り出されるに違いない。

 ここまで来て、そんな事になってたまるか、と再び強く決意を宿し直したハザは、多数の敵と、対峙した時の事を想定し、考えた。

 自身を狙われたのならば、まだ何とかなる。

 だが、この女の場合はどうか。

 数を揃え、一斉に掛られれば、動きの遅いこの娘では、ひと溜りも無いだろう事は、想像に難くない。

 対峙した敵が、数合も打ち合わねばならぬ程の、強き者が独りでも居た場合、神と思しき娘を、恐らく守り切れないだろう。

 しかも、それらを避けようとしない、それも、全く。

 茫洋とした澄まし顔を、何ひとつ変える事無く、迫る敵を眺めていた事を思い出す。

 だが、避けよう助かろうと、動く意志が感じられないと、どう助けに向かおうとも、やりようがないのだ――これは如何なものか。

 短刀をひとつ預け、多少なら戦い方を教えても良いが、あまり動かぬ者が付け焼刃の体術で、戦を潜り抜けて来た者達に、どうにか出来るとも思えないのだ。

 先ずは避ける事、逃げる事を、きちんと教えた方が、良いのかもしれないが。


 頭の痛い悩みを抱えつつ、この先どのように戦い抜くかを考え、石段を登った先の、見覚えと印の無い二股の別れ道。

 曲がり角から首だけを出し、通路の先の様子を見ていると、先の壁が明るくなっている事に気付く。

 よくよく確かめると、先の通路は、何やら明かりが灯っているのが見える。

「すまん、また消してくれ」

 またか、と思い背中で語り掛けると、壁に映り込む光が、徐々に小さくなり、やがて見えなくなった。

 だが、その灯火は完全に消えた訳では無い。

 周囲は完全な闇へと没する事にはならず、ぼんやりと娘の茫洋とした澄まし顔が見え、その手元には、小さな小さな光源が未だに煌めく。

 娘がランタン角灯のつまみを絞ったのか――壊れているのに、良く動作している。

 弱い光ではあるが、視界は確保されたままであり、咄嗟の事には何とか応対できそうだ。

 これならば光は向こうまで、届かないだろう。

 向こうの光は動かない。

 安心したハザは、じっと耳を澄ませた。


 すると、壁に反し微かに響く、幾人かの声。

 ――先程と同じく、この先に屯する者達が居る。

 僅かに、幾重にも反響する声は、上手く聞き取る事は出来ない。

 降りて来た時は、これ程まで人と出会うなんて事は無かった筈――この短期間で、これだけ何者かに遭遇すると言う事に、彼はますます怪しく思った。

 後をつけられていたのは確実だろう――動きが組織立っているし、散らばり具合からして、展開が早過ぎる。

 何者かが印の意味を見破り、降りる道へ沢山の者を連れて来たに違いない。

 そうなると、彼独りで行っても、どんな対応をされるか怪しいが、今、この娘を連れてそこへ行けば、間違いなく争う事となるだろう。

 脳裏には、何時か見た教団の紋が浮かび上がっていた。

 のこのこと出て行けば、集団で襲い掛かり、この女を連れ出すという手柄を奪われる――、成程、気に入らんな。

「どうしたのですか?」

 先へと進まず、あれをどうやって攻め、切り崩すかを考え込む青年に、茫洋とした澄まし顔の娘が語り掛ける。

 暗がりの所為か、澄んだ声がより身近に感じられた。

 どうするもこうするも無い。

 先に屯する奴等との戦いを、優位に運びたいが、思い付かん――何とか回避できる道は無いものか。

「ん――」

 彼が、考えを口に登らせるより早く、娘が答える。

 それも、良い所を突いて。

 察しが良いのだろうか、透き通った声の返事は、とても速かった。

 発言のタイミング機会判断を失い、ハザは黙り込む。

「こちらに、通れる道がありますが。


 はい――。

 恐れ入ります」

 更に追加でひと言、淡々と語り、娘は壁を差して言う。

 それを黙って聞いていた青年は思わず、首を傾げた。

 この女は、何を言っている。

 差す所がおかしい、それに察しが早過ぎないか?

「そこは――」

 壁だろう、と向こうに聴こえて行かない様、小声で話そうとするハザ。

 すると突然、彼の返答よりも早く、彼女の指先にふわりと丸く、光が灯った様な気がした。

 そして、規則正しく並べられた、石造りの壁の一部に触れる――。

 指先を見ると、もう何も輝いてはいない。

 本当に、輝いていたのだろうか。

 胸中にそこはかとなく沸き起こる疑問から、意識を戻す。

 そして、目を向けると何時の間にか、娘が指差していた壁が消え失せており、そこにはぽっかりと黒い空洞が、姿を現している。

 不思議な事に、先程までそこにあった壁は、跡形も無くなっていた。

 ぐぅぅ、と押し殺した様な音が、喉元までせり上がり――彼は、驚愕を声と共に強引に飲み込む。

 そして訝しんだ青年は、何度も目を瞬かせ、擦り、壁のあった場所を触れて、確かめる。

 何度調べてもその空間には、消え失せた壁は見当たらなかった。


 どうにか声を抑えたハザは、漸く声を絞り出す。

「何をどうやったのかは知らんが。

 塞がれていた通路を開けた、――という事は。

 この先が何処に通じているのか、知っているんだな」

「いえ。

 我等も、此処が何処に繋がっているのか、までは存じません」

 予想だにせず、返事はすぐにあった。

 だが、期待するほど、有用な情報が含まれた返答は得られていない。

 彼女も知らないらしいが、この通路は果たして、何処へ繋がっているのか。

 仕掛けられた罠があるかもしれないが、この女が罠に嵌めて来る事は、まず無いだろう。

 元よりその心積りなら、もうやっている筈だからだ。

 俺もこの女も、お互いを騙す利点は皆無――。

 ならば、この先に居る奴等をどうするか。

 地上はまだ遠く、行く先は長いのだ、なるべくなら無傷で済ませたい。


 ハザ独りなら、対峙すると決めた相手が何者だろうと、何人居ようと恐れもせず、即座に剣を抜いて、駆け寄っていた事だろう。

 しかし今は、戦えぬ者を背後に引き連れている。

 その事が、この勝気な青年の判断を、いつも以上に鈍らせていた。

 敵地を駆け抜け、知っている通路を登る事と、恐らく見つからないであろう通路を通り、見知らぬ通りで、登り道を探しつつ地上を目指す事と、そのどちらがより有用なのか。

 彼はそんな戸惑いを――心の内で天秤にかける。

 だがしかし、先程も、後をつけて来る何者かと、交戦したばかりなのだ。

 もし警戒されているのならば、こっそり通り抜ける事も、奇襲も成功が覚束ない。

 矢張り正面突破が一番確実かつ、楽な方法なのだろうか。

 すると、まるで戦えないこの女が邪魔になる――。

 それならば、何処かに身を隠して貰った方が、良い結果が得られるだろう。

 問題は何処に身を隠させるか、の一言に尽きるのだが。


 考えている間にも、彼女は何も言わず、じっと待っていた。

 手持ち無沙汰なのか、両手で下げたランタン角灯が、所在無さげに揺れている。

 それをぼんやりと目にした青年は、突然声を上げた――ここでぼんやりと待っていても仕方がない、とばかりに。

「分かった、行こう」

 この通路の奥が何処に繋がっているのかを、確かめてからでも遅くは無い筈だ。

 ハザは細い通路の先を、自らの目で確かめる事にする。

 意を決し、通路へと踏み込むと、僅かに聞こえて来る、衣擦れの音が続く。

 彼と違い足音を響かせぬのは、また浮いたからに違いない。

 そして、消えた筈の明かりが再び灯る――気を利かせたのか、娘がランタン角灯の明かりを着けたのだろう。

 何も言わずとも、彼女が着いて来ている証を、目に耳に確かめつつ、青年は、新しく出来た暗がりの道へと、その身を滑り込ませ、何処へと繋がっているのか確かめる為に歩む。

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