第8話

 その後、待てど暮らせど、一向に勿来さんから連絡は来なかった。

 んー?

 どういうことだ?

 待ちきれずにこちらから電話をしてみると、

「お客様がお掛けになった電話番号は...」

 えー!携帯繋がらないじゃん。


 もしかして、詐欺に遭ったってこと?

 あ、そう言えば中西さんの連絡先があったはず、とメールを検索してみる。

 あった。

 えーと、CD作ったはいいけど、勿来さんと連絡が取れなくなってしまったのですが。

 という主旨のメールを出すと、すぐに

「畏まりました。すぐに確認いたします」

 という返事が届いた。

 よかった。詐欺ではなさそうだ。

「作曲します詐欺」かと思ったよ。

 ま、でも、既に曲はできてるから、別に詐欺という訳ではないのか。


 その後、中西さんから「メールでは何ですから、直接お会いしてご説明いたします」という内容のメールが来て、一週間後に会うことになった。


 地元のカラオケ店ではなく、会社の近くの喫茶店で待ち合わせ。

 中西さんは、いつものカラオケ店の制服ではなく、スーツ姿で先に来ていた。

 開口一番、「清水坂さま、大変申し訳ございませんでした」と始まり、ことの顛末を説明された。


 勿来氏は、奥さんに暴力をふるってしまい、恐怖を感じた奥さんはそのまま家出、現在保護シェルターに入っているらしい。

 元々資金繰りが厳しくて、アルバイトをして食い繋いできたものの、勤務先でパワハラに遭って精神を病んでいたらしい。

 起死回生を狙って今回の僕の仕事を請け負ったものの、ネット販売をした「沈丁花」は全く売れず、途方に暮れたというのだ。

 そりゃね、あの曲は売れないかなー。


「私、先日までカリフォルニアのスタジオにこもって、あるアーティストのCDマスタリングに関わっておりました。もしよろしければ、清水坂様が作曲された曲をアレンジしてリマスタリングさせていただけませんか?」

 あ、それで全然カラオケ店にいなかったのね。


「作曲された曲、メロディラインは面白いと思いました。拍を変えてaccompanimentを複雑にすればもっと面白くなると思います」

「アカンパニ?」

「あ、伴奏のことです。すみません、英語の会話が多かったもので...」

 仕事で海外に行くなんて、中西さんは優秀な人なのかな?

 でも、またお金が掛かるのはちょっとなぁ。

「お話は面白そうなんですけど、僕、もうお金があまりなくて...」

「いえいえ、お金は要りません。これは、お詫びとお礼と純粋な好奇心ですので」

 お礼と好奇心?

「あ、お礼というのは、いつもうちのカラオケ店をご利用いただけていることでして。あのお店は私の実家が経営しているんです」

 なるほど、いつもおうちの手伝いをしていた訳ね。


「好奇心というのは、単純にあの曲を私がアレンジして清水坂さまに唄っていただけたら、スゴいことができるのではないかと...」

 何かスゴく期待されちゃってる?

「僕、そんなに歌が上手いわけではないですよ」

「そんなことはございません。音域、声の伸び、音程感はほぼ完璧、あとはテクニックを身に付けていただければ、世界に通用するシンガーになれると存じます」

 いやいやいや、中西さん買い被りすぎだって!

「少しお時間をいただき、その間に清水坂様はボイストレーニングを行っていただけたらと思います」

 ボイストレーニング?

 歌の学校ってことかな?

「私の知り合いがやっているところがありますので、無料で受講できますし」

 へー、ボイストレーニングってどういうことやるんだろ?

 ちょっと興味が湧いてきた。

「分かりました。ちょっとがんばってみます」

「よかったです。では1ヶ月後にレコーディング実施することを目指して、アレンジとボイストレーニングを進めていきましょう」

 こうして、僕が作った曲は中西さんにアレンジされ、僕は歌のトレーニングをすることになった。


 早速次の日の夜、ボイストレーニングの学校に行った。

 場所は、会社と家の途中のターミナル駅の近くの雑居ビル。

 ドアを開けると、

「いらっしゃい!清水坂さんかな?妙から聞いてるよ!」

 と、妙にフレンドリーな女性が受け付けしてくれた。

「私はボイストレーニング講師をしている藤堂香苗。よろしくね」


 早速レッスンを始めるということで、まずは適当に唄ってみてと言われる。

 ヒトカラは好きだけど、いきなり人前で唄うのはちょっと抵抗があるなぁ。

 何を唄おう?

 自己紹介がてら、一番好きな○ピッツのかえ○を唄った。


 一応、失敗なく唱えたと思うけど...

「うーん、良くも悪くもフラットな唄い方ね」

 音程も声量も安定しているけど、抑揚やタメ、面白みに欠けるらしい。

 確かにヒトカラでは採点を気にして、真面目に唄い過ぎてたかもしれない。

「歌声の表現は無限にあるのよ。声量はウィスパーボイスからシャウトまで。音程もファルセットもビブラートも決まり事なんかないの」

 むー、それが自在に使えたら楽しいだろうけど。

「でも、唄える音域は大したもんだわ。最高音も全く声量が変わらなかったから」

 お、何か褒められた。嬉しい。

「じゃ、まずは準備運動から始めて行きましょう」

 準備運動?





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