第7話

 勿来さんによると、

「CDがプレスできたら、販売に回しますよって」

 とのこと。

 CDのプレスなんてやったことないよ。

 パソコンからCD-Rにデータを書き込むことはやったことあるけど、プレスっていうのは原盤を基にしてプレス機で量産するってことらしい。

 それって、たくさんお金が掛かるんじゃ?


 色々調べてみると、台湾の業者であれば、プレスと一枚ペラのジャケット表裏、薄型ケース、シュリンク(ビニール包装)を100枚3万円で請け負ってもらえるらしい。

 3万円なら何とか出せそうだ。


 でも、ジャケットはどうしよう?

 表は写真、裏は歌詞ってのが一般的だよな。

 これ、自分で作るの?

 プレスの業者には、曲のwav形式のデータとジャケットのphotoshop形式のデータを送るらしい。

 photoshopとはadobeというメーカーの世界標準的な写真編集(フォトレタッチ)ソフトだ。

 取り敢えずジャケットの写真を考えよう。

 やっぱり、自分の写真だよねぇ。でも、そのままはこっぱずかしいなぁ。


 そうだ、女装してみようかな。

 昔、会社の先輩の結婚式の二次会の司会を頼まれて、もう一人は牛の着ぐるみを着ることにしたんだけど、自分は女装をすることにした。

 かなり痩せてて、背は高い方だったから、カッコいい女性を目指して、高校の時の友達に協力してもらった。

 黒いワンピースを借りて、カツラを借りて、1か月前から顔に化粧水をはたいて、カラーコンタクトを買って、脛毛を除毛クリームで抜いて、胸パッドを入れて、腰にタオルを巻いて、当日の朝からメイクをしてもらって、黒いレースの帽子を被った。

 しかし、カッコいい女性を目指したはずが、自分の姿は黒ずくめの怪しいニューハーフとなっていた...


 おまけに、新宿のガード下までクルマで送ってもらい、そこから歩きで二次会会場に向かうことになり、皆好奇の目で見てくるだろうと思ったら、全く目線を感じない。

 このくらいの格好は新宿なら不思議はないのか。

 と思いながら会場に向かうと、

「お帽子落ちましたわよ」

 と後ろから声を掛けられた。

 レースの帽子を落としてしまったらしい。

 カツラの上から被っていたため、感覚が薄く、落としたことに気づけなかった。

 どうしよう、この格好で他人と接することになるとは思ってなかった。

 仕方なく振り返り、

「ありがとうございます」

 と男の声でお礼を言うと、親切なおばあさんは凍りついていた。

 そそくさと帽子を受け取り、会場に向かったけど、僕はおばあさんの寿命を少し縮めてしまったかもしれない...

 今回はあんなことにならないようにナチュラルな女性を目指そう。


 ということで、安ーいカツラ(ちょっと長めのボブ)をネットで購入し、自撮りをしてみた。

 うーん、いまいちだなぁ。

 何かもう一つインパクトが欲しい。

 昔掛けてた黒淵のメガネを掛けてみる。

 うーん、正面からだと微妙だな。

 ちょっと斜めから、上向きかげんで、目を瞑ってみた。

 お、これならちょっといいかも。

 でも、髭剃り跡が目立つなぁ。


 photoshopは年賀状を描くときに使っていたから、使い勝手は解っていた。

 ちょっと加工して、髭剃り跡を目立たなくしてみよう。と、色々弄くっている内に写真とは全然違う感じになった。

 これはこれで、何とかなるかな。


 さて、裏面の歌詞も単に文字だけではつまらないから、背景を写真にしてみよう。

 昔撮った写真を物色していると、昔行った式根島で撮った夕焼けの写真に目が止まった。

 夕焼けのオレンジと空の紫がかった色合い、そして、真っ黒な小高い丘。きれいな景色だ。

 よし、これを背景にして、歌詞を乗せてみよう。


 こうして、何とかジャケットの方も用意ができて、プレス業者にデータを送ることができた。

 クレジットカードでお金を払って、待つこと3週間、一箱のダンボール箱が届いた。

 開けてみると、CDがぎっしり入っていた。


 早速勿来さんにCDのプレスができたことを知らせると、ちゃんと購入するので2枚送って欲しいとのこと。

 そんなに売ることは考えてなかったけど、一応1枚1,000円としたので、取り敢えず2,000円の売り上げだ。

 勿来さんは、取り敢えず自分で作った「沈丁花」をネットの音楽配信サイトで売りに出したいと言い出した。

 それは別に構わないけど、なぜ「沈丁花」のみ?


 さて、これからどうなるのかな。地方FMで紹介してくれるようなことも言ってたから、ラジオに出られたりするのかな。


 そんな期待を持ちながら、また毎日の仕事に戻っていた。


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