第3話

 それから1週間ほどが経って、中西さんからメールが来た。

 作曲家が見つかったので紹介したいとのことで、できるだけ早めに会いたいとのこと。

 早速日程を調整して、明日の夜に例のカラオケ店で会うことになった。


 明くる日、仕事を終えてからいつものカラオケ店に行くと、既にその作曲家が待っていた。

「どうもどうもどうも、今回担当させていただく勿来衛なこそまもる言います」

 と自己紹介され、名刺を渡される。

 見た目、自分よりもかなり年上で、50代に見えるけど、若者向けの曲も作れるのかなと、正直不安になった。


 しかし、「僕、どんな曲でも作れますんで、どんな曲が好みか、何曲か唄ってみてもらえまっか?」

 と言われ、○ピッツを中心に○津玄師、○スチル、○フコース、○永英明、○ack Numberなど10曲程度を唄ってみた。

「いやー、お上手ですねぇ。澄んだ高音が素晴らしい!この声を活かしましょー」

「ありがとうございます」

 褒められるのは、ちょっと嬉しい。


「清水坂さんの好みは大体分かりました。作詞の方はどうされまっか?」

「え?作詞?」

「僕は作曲家なもんで、作詞の方は基本的にはやらないんですよ」

「はあ」

 作詞なんてしたことない。

「難しそうですね。分かりました。今回は作詞も僕の方でやってみます。いくつか案を作りますんで、そこから詰めていきましょか」

 よかった。

 作詞なんて、まともな詞が書ける気がしない。


「では、前金として10万円を入金いただけまっか?後はできてからっちゅうことで」

 ん?前金?ま、おかしな話ではないか。

「分かりました。コンビニで下ろしてくるのでちょっと待っててもらえますか?」

 と、カラオケ店の向かいにあるコンビニで10万円を下ろしてカラオケ店に戻った。

 正直10万はちょっと痛いけど、少しでも人生が変わるんなら高くはない、と思うんだけど。


「ありがとうございます。確かに。では早速作詞の作業に取り掛かります。いくつか候補を作りますんで、できたらまたご連絡します」

 と、遂にプロジェクトがスタートした。

 そう言えば、今日は中西さんはいなかったな。


 それからまた一週間が経ち、勿来氏から何パターンか詞ができたので確認して欲しいと連絡があり、カラオケ店でまた会うことになった。


 カラオケ店に着くと、勿来氏の隣に年配の女性が立っていた。

「あ、清水坂さん、これはうちの家内です」

「初めまして、勿来の家内です。私も作曲家をしております」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 勢いで挨拶しちゃったけど、どういうことだろう?

「久しぶりのお客様なもんで、家内もお会いしたいちゅうんで」

 久しぶりの客?

 どういうことだ?

 作曲家って、そんなに仕事しなくていいもんなのか?

 釈然としないまま、カラオケ店の一室に3人で入った。


『甘い香りに誘われて少し外に出てみれば...』

 できた詞を見せてもらうと、どれもちょっと古い言い回し、すべて日本語、曲が付けば今風になるのかな?と思わせられた。

 その中でも何とか行けそうな『沈丁花』という歌を選んだ。

「これがいいと思います」

「分かりました。では2番も作って曲付けしてみますんで、また少しお待ちください」

 と、その日はそれでお開きとなった。

 そう言えば、今日も中西さんはいなかった。


 それからまた2週間が経ち、曲ができたので確認してほしいと連絡が来た。

 例によってカラオケ店で待ち合わせ。

 そう言えば、カラオケ店の料金は経費だからと向こう持ちになってるけど、大丈夫なのかな?

 今日はデモテープができたということで、勿来氏が唄う『沈丁花』を聞かせてもらった。けど、これ、演歌なんじゃ...

 何度聴いても演歌チックな唄い回し。

 ○ピッツとか○スチルとか聴いてもらったのは何だったのか!?

「どうでっか?まだギターだけですけど、後でベースとドラムを入れますんで」

 いやいや、そういう問題じゃない気がするぞ。

 どうしよう、せっかく作ってもらったけど、これは厳しいだろ。

 しかし、小心者の僕はハッキリ言えずに、

「取り敢えず家に帰って聞き込んでみます」

 と、音源を受け取って家に帰った。


 何度聞いてみてもやっぱり演歌だし、ムリムリムリという思いしか出てこない。

 どうしよう...

 作り直してもらおうか...

 でもせっかく作ってくれたんだしなぁ。

 と言うか、2曲作ってもらう約束なんだよな。

 もう一曲も演歌だったらさすがに耐えられない!


 結局、作り直して欲しいとも言えずにいたけど、このままではもう一曲も作られてしまう!

 それだけは避けなければ!


 ブーッ!ブーッ!

 電話が、あ、勿来氏だ、どうしよう!?


「もしもし」

「あ、清水坂さん、今大丈夫でっか?」

「あ、はい、まあ」

「曲どうでっか?」

「え?あ、まあ、そうですね」

 どうしよう!

「あ、あの、ちょっと、実は僕も曲を作ってみたくなってしまって」

「そうなんでっか?」

「はい。それで、僕が作った曲に伴奏を付けていただくことって可能でしょうか?」

「それはできると思いますけど」

「よかった。じゃ、できたら連絡しますので!」


 プツ!


 よし、何とか演歌2曲は回避した!

 けど、もちろん曲なんか作ったことないし、どうしよう...

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