第2話

 今日もいつも通り、仕事帰りに家と最寄り駅の途中にあるカラオケ店に寄った。

 いつものルーティンを終え、生ビールが来るのを待っていると、いつぞやの【なかにし】さんが生ビールを持ってきてくれた。

 今日も1分半、さすがだ。


【なかにし】さんは、生ビールをテーブルに置くと、「あの、お帰りの際にちょっとお時間をいただけませんか?お話ししたいことがありますので」

「え?あ、はい、え?あ、分かりました」

 突然のことにしどろもどろになってしまった。


「ありがとうございます。では、後ほど」

 と、そそくさに立ち去る【なかにし】さん。


 な、何だろう?

 まさか、僕を好きになってしまったとか?

 いやいやいや、たまに見かけるだけだし、そんなことは。

 でも、人を好きになるのに理由はないしな。

 いやいや、そんな浮かれた考えだと、違ったときのダメージが半端ない。女の子にモテたことなんか一度もないだろ。

 でも、もしかしたら...


 色々な推測が頭の中を駆け巡り、ちっとも歌に集中できなかった。

 そして、終了時間の10分前に電話が鳴った。

「お時間10分前となりますが、ご延長は?」

 男性の声。【なかにし】さんではない。

「終了でお願いします」

「承知いたしました」


 この10分前コールシステムはどうにかならないものか?

 採点中に電話が掛かってきてしまうと確実に点数が下がってしまう。

 例えば、10分前になったらリモコンに延長するかどうかの確認画面を表示して、延長するか終了するかを選択できるようにするとか。

 うお、職業病だ。

 すぐにシステムの改善案を考えてしまう!

 って、今日はそんなことを考えてる場合じゃないんだ。

 この後、【なかにし】さんと何やらお話ししなければならない。


 受付に伝票を持っていくと、果たして【なかにし】さんが待っていた。

 ちゃんと見たことはなかったけど、背はあまり高くはなく、ショートボブで少し茶髪、顔はまあ、かわいい方かも。

 取り敢えず今回の料金を支払うと、

「清水坂さま、では少しお話を」

 と、空いているカラオケルームに連れていかれた。

 何で名前を知ってるのか?

 あ、顧客データか。


 暗い部屋に入り、席に着くとすぐに照明を明るくされた。

 んー、やっぱ恋バナではなさそうだな。

「突然、こんなことをしてすみません。清水坂さまにご提案したいことがございまして」

「提案...」

「はい。清水坂さまは、かなりカラオケが好きでいらっしゃるとお見受けしました」

「はい。カラオケは大好きです」

「そこで、もしよかったら、CDを出してみないかと思いまして」

「は?」

 何の話だ?

 CDって、音楽の入っている円盤だよな。

 でも今時CDって、ネット配信が主流の時代に?

「私、実はこういう仕事もしていまして」

 と【なかにし】さんが名刺を出してきた。


 ー日本作曲家協会 特別理事 中西 たえ


 日本作曲家協会?

「私どもの協会に所属する作曲家から、清水坂さまのご希望する楽曲を提供し、CDを制作いたします」

 CD...

「ご興味ございますか?」

 うーん、まあ、自分の歌を作ってもらえるというのは面白そうではあるけど...

「CDリリース後は私たちの方でも地方ラジオなどで紹介することができると思います」

 お、プロデュースもしてもらえるということ?

 歌手デビューできるってことかな。

 これは意外な展開だな。

 ところで、

「ちなみにお金はどのくらい掛かるんですか?」

「2曲作曲して、レコーディングまでで30万円となります」

 む。相場がどのくらいか分からないからなんとも言えないけど、べらぼうに高い訳ではないな。

 普通に歌手をデビューさせようとしたら、一千万円オーダーのお金が掛かりそうだし。


「すぐにお決めいただかなくても結構ですので、ご検討なさってください」

「分かりました。ぜひお願いします」

「え?よろしいのですか?」

「はい。面白そうだと思ってしまったので」

 今のつまらない人生が何か変わるかもしれないと思えば、悪い話じゃない。お金はちょっと痛いけど...

「畏まりました。ではすぐに作曲家をご紹介させていただきます。ご連絡先を教えていただけますか?」

 と、その場で携帯電話番号とメールアドレスを教え、家に帰った。


 やっぱり恋バナではなかったけど、これは意外な展開だ。

 オリジナル曲を作ってもらえるというのは、ちょっと嬉しいかも。

 日本作曲家協会とやらがどんなものか分からないけど、さすがに素人ではないだろうから、それなりの曲を作ってくれるのではないかと期待してしまう。○ピッツとか○スチル的な曲を作ってくれたら最高なんだけど。と、その日は珍しく期待に胸を膨らませながら眠りにつくことになった。

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