お嬢様がだべるだけ その9

 おやつを用意し、ジュースも用意し、そして大画面テレビで見るのは深夜アニメ。

 実にお嬢様である。


「あのー。お嬢様。気づいています?」

「ん?」


 一緒に見ていた野月美咲が声をかけてきたのだが、その先の言葉でやっと気づく。

 なお、野月美咲の顔が結構ドン引きなのだがどうしてなのだろう?


「手、動いています。

 アクションと一緒に」


「あら。やだ。失礼。

 おほほ……」


 いかんいかん。

 アニメに当てられてついつい動きを真似てしまったか。反省。

 ありがたい事にこのチートボディは未だ健在で、あれぐらいの動きはできるんじゃねという感覚がある。

 落ちぶれてもスタントマンで食えるかもしれないな。言うつもりはないが。


「そーいう事やっているから、未だテロリストに突っ込んでいくってみんな懸念しているんですよ。

 あれ、フィクションですからね。一応」


「分かっているわよ。それぐらい。

 ただ、できそうかなーという感覚はあるのよねー」


「できてもやらないでください。

 今度は本当に身内から詰め腹を切らされますよ。まじで」


 低い声でのガチ警告に私もしぶしぶ手をおろさざるを得ない。

 とはいえ、成田空港テロ未遂事件で責任を取った人たちの数を考えると、自重せざるを得ないのも事実である。


「大体お嬢様は支配者なんですから、前に出たら駄目です!」

「指揮官先頭って言葉、いい響きだと思わない?」

「それで大量に未来の将官たる尉官を失って軍の再建に多大な時間をかけた軍があるんですよ。

 知っています?」

「え?まじ?」


 そんな国あるのかと私が興味を持ったのを確認した野月美咲がタネバラシをする。

 言われてみるとたしかにそうかと納得する。


「ベトナム戦争時の米軍です。

 指揮官先頭で突っ込んでゆく小隊指揮官をベトコンのスナイパーが狙っていって、米軍士気崩壊の一因になっているんですよ。

 なお、アフガニスタンでソ連も似たようなことをやらかしまして、向こうはついにそのダメージが回復する事なく国が崩壊しましたけどね」


 旧東側の人間がそれをいうと実に説得力がある。

 けど、そんな事お構いなしに追加のお菓子を持ってきた一条絵梨花が突っ込んで場をかき乱す。


「ですが、大将が動かないと下がついて来ない事もありますよ。

 ほら。うちの選挙区の加東さんとか」


「あー。あれは大将が動かなくて失敗した奴よね」


 盤面がまったく違うのだが、大将が動くタイミングというもので話をするとこういうのも混じってしまう。とはいえ、いい思考ゲームなので野月美咲はそのまま話に乗るらしい。


「そりゃ、天下分け目の戦いに大将が出るのと出ないのでは違いますけど、テロリストの制圧はその天下分け目の戦いじゃないでしょうに」


「たしかにそうね」


 私が頷いたのを見て、野月美咲が畳みかける。


「私だって鬼じゃないですからやるなとは言いませんけど、せめてリスクとリターンは考えてくださいって言っているんですよ。

 悪人一人とお嬢様の命で天秤が釣り合うんですか?」


「え?命の価値に違いってあるんですか?」


 ある意味このご時世の平均的日本人的回答をしてくれた一条絵梨花を野月美咲が憮然とした顔で見るのは失礼ながら笑いたくて仕方ないが、ここは我慢。がまん。


「はい。今のは一条絵梨花の勝ち。

 このあたりの感覚って、本当に忘れてゆくのよねー」


 まだ前生よりも今生の方が短いから、前生の記憶や経験・体験の方が強い。

 とはいえ、このように籠の鳥というには違うが、蝶よ花よとお嬢様教育をしてゆく中で、いずれ私もお嬢様として一般市民の側から離れる事が確定している訳で。

 いつまで、この感覚を保っていられるのだろうか?

 正直、中等部に入ったあたりから権力者としての立ち位置が固定しつつあるので、このあたりの意識が薄れつつある自覚がある。

 

「人の命に優劣はないはずなのよ。本当はね」


 諭すように、自分に言い聞かせるように私はぼやく。

 深夜アニメの主人公がやっていた銃の構えをなんとなく真似てかっこつけてみるが、気づいたのは野月美咲だけだった。


「私は耐えられるのかしら?

 私を守る人たちの犠牲に」


「耐えられるかどうかの前に、お嬢様。

 時計を見ていただけると嬉しいのですが」


 こういう時大人というのはずるい。

 観念とか哲学を無視して現実を突きつけて私たち子供を負けさせるのだ。

 という訳で、深夜アニメからの雑談で午前三時になろうとしているので、メイド長たる斉藤佳子がやってきて強制的にお開きとなったのである。


「大丈夫ですよ。お嬢様」


 解散して寝室に行く途中でこっそりと佳子さんが囁く。

 こういうのも大人のずるさなのだろう。


「お嬢様は一人じゃないですから。

 お嬢様の重さなんて私たちで支えてみせますわ」


「ありがとう」


 という訳で寝室に入る前に、いつの間にかついてきた久春内七海が後ろの野月美咲に小言を言っていた。


「『鬼じゃないですからやるなとは言いません』じゃなくてやるなって言わないと……」

「そこで否定してお嬢様からはぶられたら私の立つ瀬ないでしょう?

 それは貴方が言いなさいよ……」


 ぱたんと扉を閉めてため息をついた。

 ああいうのも知らないふりして背負うのだろうという思いはそのまま横において、私は眠りについたのだった。




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そろそろ気づいている人もいると思うのでネタバラシ。

タイトルが思いつかないだけである。


深夜アニメ

『MADLAX』丁度序盤から中盤に入るあたり。

このアニメでビブリオ・ディテクティブという職業を知る。

これで何か話を書けないかなと『MADLAX』を見直して思い出したのでメモ。

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