神戸教授のおとなの社会学 『御恩と奉公論』
「皆さんの多くは人を率いるか、そういう人の側につくかという人生を歩まれると思います。
という訳で、今回は人間組織における関係について話してみたいと思います」
神戸教授は今日も絶好調である。
今やっている大河ドラマが幕末という事もあって、その歴史の変化というよりもどうして江戸幕府が倒れたのかについて話が進みつつあった。
「桜田門外の変は江戸幕府の三本柱である親藩――ここに御三家を入れます――と、譜代に致命的なダメージを与えました。
そして、意外に忘れているのですが、きっかけとなった黒船が幕府のある江戸に直接やってきて開国を迫った事が、残っていた外様に野心の火をつけました。
簡単に言えば、幕府・親藩・譜代の全てが舐められた。
『尊王攘夷』とよくひとまとめになりますが、『攘夷』はこの時点の武士の価値観では絶対なものでした。
舐められたままだと、他の人間にも舐められるんです。
で、この国の武士たちは攘夷を外国に仕掛けて、見事なまでに惨敗した。
下関戦争や薩英戦争はそういう見方では、武士たちの完敗でした」
歴史の評価というのはあいまいなもので、このころはまだ攘夷の失敗とそこから討幕への変化はこんな感じだったなぁという顔で私は聞く。
調べれば調べるほど、色々な資料が出て来るのはこのころからである。
「で、外様の雄藩である薩摩藩島津家と長州藩毛利家の二家が手を組んで、坂本龍馬の活躍と暗殺は皆さんでも聞いているでしょう。話がそれましたね。
改めて、この二藩が手を組んで討幕となるのですが、彼らはどうして討幕を決意したのかについて。歴史における討幕成功はこれを入れて三つ。江戸の次に有名なのは後醍醐天皇が起こした鎌倉幕府討幕で、もう一つは戦国時代に起こった室町幕府の崩壊ですが、何処で幕府が崩壊したかの線引きについては諸説あるのでここでは省く事にしましょう。
鎌倉幕府討幕と江戸幕府討幕。
この二つの共通点は何だと思いますか?」
神戸教授の質問に首を捻る一同。
しばらくして手をあげたのは、その武士の末裔である裕次郎くんだった。
「はい。泉川くん」
「『御恩』がなくなったからだと思います」
「よい答えですね」
神戸教授はホワイトボードに『御恩と奉公』と書き、軽くホワイトボードを叩いた。
一番主張したい所らしい。
「今日の講義は全部忘れても、この言葉だけは覚えて帰ってください。
特に、この文字の並びを!」
ん?そこ力説する所なのか?
首をかしげる私たちに神戸教授の語意はヒートアップする。
「『奉公と御恩』じゃないんですよ!
まず、『御恩』があるからこそ『奉公』が発生しているんです!!
この言葉は世界にも見られます。
新約聖書の『与えよ、さらば与えられん』などもこれに入れていいでしょう」
「なぁ。瑠奈。
これ、与えて持ち逃げって言う話だとどうなるんだろうな?」
栄一くんが私に小声でつぶやいたのを聞いたわけではないだろうが、神戸教授はとてもいい笑顔で栄一くんの指摘した質問を口にする。
「もちろん、持ち逃げという悪い考えが出る事もありますし、それを警戒して先に奉公を求めて与えるという形態もあります。
今の雇用契約はこちらの形ですね。
という訳で、今度はこの漫画を読んでもらいたいと思います」
という訳で、プリントされた漫画を神戸教授は配る。
それは漫画週刊誌の連載作品のスピンオフで、能力者の漫画家さんがイタリアで体験したホラーな話であった。
そして、私たち一同の頭に『?』が浮かぶのを確認した神戸教授は続きを口にした。
「この漫画を見せた理由は、先に与える事と後に与える事の対比を見せたかったからです。
懺悔者は最初与えなかったが、後半は与えたからこそ身代わりを用意できた。
この差はただ一つ、その人の経済力です」
言い切りやがったよ。おい。
そんな顔の私たちを見ながら神戸教授の話は続く。
「誰だって自分がお腹が空いている時に、自分の食べ物を分け与えるような聖人ではないでしょう?
だが裕福になったら、『だました』と書かれてはいますが、それでも整形なりなんなりで与えた事で懺悔者は助かった。
その選択が取れた事が大事なのです」
で、なんとも言えない顔の私たちを後目に最初の話に戻る。
そう。この話の最初は幕末からの御恩と奉公で、漫画の話があってという雑談ともいえる筋のそれっぷりだが、それでも私を含めてみんな真剣に聞いていた。
「話を幕末の薩長に戻しましょう。
薩摩と長州は諸外国との戦争に踏み切りました。
この時、彼らは幕府が自分たちの側について戦う事を期待していました。
しかし、幕府は後始末に奔走しましたが、結果的に薩長を見捨てる形になりました。
隣国で起こったアヘン戦争の顛末は既にこの国に入っていたのでベターな選択ではありましたが、その選択で見捨てられる側の感情を幕府側は理解していなかった。
幕府が見捨てた。だから私たちも幕府を見限る。
凄く分かりやすいでしょう?」
「……神戸教授忘れていると思うが、幕末はともかくとして、後醍醐天皇の討幕は何で成功したんだ?」
「それこそ御恩だよ。
後醍醐天皇の錦の御旗の下で、日本の半分を領国化していた北条家の領地を切り取り放題。
で、討幕後に武士じゃなくて側近の公家を優遇した結果、足利尊氏を旗印にして爆発して南北朝に。
明治維新も上は薩長幕府という気があったんだろうが、維新の元勲たちが藩の上層部を切り捨てた。
明治維新は幕府に対するクーデターと新政府内でのクーデターがほぼ同時期に発生しているんだ」
「……そのあたりは、西南戦争への流れになりますね。
補足ありがとう。
ただ、ひそひそ話はもう少し小声でお願いします」
栄一くんの疑問に光也くんが説明していたのだが、声が大きかったらしく神戸教授に補足されて赤くなる二人。
かわいいなぁと思っていたら、また白昼夢を見る。
(大丈夫です。サブプライムローンは破綻しません。
クレジット・デフォルト・スワップもかけているのでお金はちゃんと返ってきますから……)
携帯電話相手に、腰を低くしている私が居た。
なるほど。
こうやって、私は最後の最後で与える事ができずに裏切られたのか。
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発想のネタが全部NHKな件
これも昔から居るメフィラス星人のせい。
あの宇宙人、これの発生と崩壊の一部始終を見ているんだぜ。
だから、映画であれを求めたのは、ウルトラマンに邪魔されなければ本当に神の一手だと思う。
大河好きならメフィラス星人を見るだけでもお釣りがくるシン・ウルトラマンはいいぞ!
https://www.youtube.com/watch?v=MXSEWBZypt8
2004年の大河『新選組!』
お嬢様時間だと丁度京に上がって粛正と殺戮の宴が幕が開くあたり。
今回の話の年表
1840年 アヘン戦争
1853年 黒船来航
1860年 桜田門外の変
1863年 薩英戦争
1863-4年 下関戦争
1866年 薩長同盟
1868年 戊辰戦争
黒船が来てからの時代のダイナミックぶりよ……
漫画週刊誌のスピンオフ
『岸部露伴は動かない』からの『懺悔室』(荒木飛呂彦 ジャンプコミックス)
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