お嬢様がだべるだけ その7
緑政会の事務所はこの帝都学習館学園近くのいかにもな不良債権ビルの一階オフィスにあった。
聞けば、バブルの頃に高掴みして塩漬けになったもので、使わないと傷むからという事で貸してもらえたとかなんとか。
こんなビルも現在恋住政権が進めている都市再生特別措置法によって再開発が期待されているとかで、立ち退いた後をどうするかで頭を抱えていたりする。
いや、出してもいいのだがそれをすると桂華が買収したとみられるから厄介極まりない。
限りなく金が動く政治を司る連中が、身綺麗を気にしなければならなくなったのもこのあたりからである。
「それとなく寄付回すけど?」
「「助かる」」
私の小声に明日香ちゃんと裕次郎くんの二人の声がハモった。
緑政会の与党側会合は顔合わせのレベルを出ず、互いに腹の探り合いをして終わった。
現在は私の行きつけの喫茶店『アヴァンティー』での雑談である。
「うーん……何か、雲客会や競道会に比べるとキャラが薄かったなーと」
テーブルに置かれたショコラを堪能しつつ私が感想を言うと裕次郎くんが苦笑してその理由を告げた。
「そりゃあそうだよ。
僕たちは蝉みたいなものでね。
当選して成るから今はまだ個性なんて無い方がいいんだ」
「泉川くんはそんな連中とは一線を画していると思うんだけど?」
「まぁ、恒星の近くの惑星は目立つ訳で」
恒星ってのはきっと栄一くんや私の事なのだろう。
隣の明日香ちゃんのツッコミに裕次郎くんは実に政治家ちっくな言い回しで逃げる。
明日香ちゃんはうんうんと頷きながら、裕次郎くんの言い回しを褒めた。
「うんうん。
こういう所で粗が出ないのは高得点よね。
真面目にうちに婿に来ない?」
「ぶひゅううううう!」
なんか公爵令嬢にあるまじき紅茶吹き出し芸を披露してしまったが、飛び散った紅茶うんぬんより私は明日香ちゃんを睨んで一言。
「何それ聞いてない」
「そりゃあ言ってないし。
瑠奈ちゃんが取るなら私は引き下がるけど、つばぐらいはつけていいでしょう?」
真顔で堂々と言われると実に困るこの手の話。
私も完全に忘れていたが、私達は花も恥じらう中二の乙女なのである。
色恋の話で浮かれ騒ぐというのも青春……
「泉川くんならば、うちの地盤守れるからさ。
世襲ってのも大変なんだから」
……絶対に色恋の話で浮かれ騒ぐ青春という話ではなかった。
ついていたメイドが私の吹いた紅茶を片付けるのを横目で見つつ私も落ち着かざるを得ない。
「衆議院議員の被選挙権は25歳だっけ?」
「そう。
私達が立候補できるまでにはまだ干支が一回りするぐらいの時間があるけど、逆に言えばたったそれだけの時間しか与えられていないのよ」
明日香ちゃんの危機感は強い。
ある意味当然で、彼女は地盤の継承者なのだから。
上が居て地盤継承ではなく地盤維持の駒でしかない裕次郎くんとは危機感が違っていた。
「次ならばパパが勝つ。その次は最悪比例代表で引っかかれば。そうなったらひっくり返すのが難しいのよ。小選挙区は」
明日香ちゃんの呟きに混じる恐怖に、裕次郎くんがある程度納得しているのを私は見逃さなかった。
「地方の公共事業叩きがここまで広がるとは思わなかったなぁ……」
「しかも、立憲政友党の地方優遇政策をとっていた派閥が野党に行っちゃった上に、立憲政友党の残った連中も恋住総理に『抵抗勢力』扱いされているからね。
都市部無党派の地方への怒りはここに居るから少しは分かるけど、地方の都市部への絶望と怨恨も多分都市の人たちは理解できないんでしょうね……」
裕次郎くんと明日香ちゃんが二人仲良くため息をつく。
いや確かにお似合いに見えるから困る。うん。
「ちなみに、明日香ちゃん自身が立候補はしないの?」
「瑠奈ちゃん。
『春日乃さんちの娘さんが出るのか。旦那さんは?』がネガティブイメージになるのが田舎よ」
明日香ちゃんの真顔の断言が怖かった。
裕次郎くんが補足してくれる。
「とにかく今はテレビの力が強いんだ。
タレント候補者も与野党で引っ張りだこだし、アナウンサーやジャーナリストは喋りも上手いから即戦力として期待されている。
そういうのを地方に持ってこられて、県庁所在地に投げ込んで『新しい風を』なんてやると一気にひっくり返りかねないんだよ」
地方の衰退が加速度的に進む中、都市部の中で一気に無党派層が広がり、その彼らの空気を操っていたのがこの時代のテレビだった。
そして、そんなテレビドラマに憧れたのもこの時代だったのである。
「まぁ、真面目な話、私は瑠奈ちゃんが取るなら引くわよ。
実際どうなの?」
「それ、本人の目の前で言う?」
明日香ちゃんの意地悪そうな笑顔と裕次郎くんのぼやきに退路を断たれた私は紅茶を口に……吹き出したのでティーカップの中は空だった。
「瑠奈ちゃん動揺してる?」
「春日乃さん。そういうのは言うとまずいって」
聞こえているぞ。二人とも。
こぼんとわざとらしく咳をしてからのティーカップを置いて一言。
「ごめん。まだ私、恋愛とか考えられない」
「ですよねー」
「桂華院さんらしいよ」
そんな返事が返ってきたのだが、どうしてくれようか……
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ショコラ
この言葉が定着するのがこのあたりで、それまではチョコレートだった。
地方の公共事業叩き
その最たるものが2001年の『脱ダム宣言』で、その結果が容赦なく……
この頃のトレンディドラマ
まだドラマで20%以上とれていた時代である。
なお、この年の恋愛ドラマは『プライド』(フジテレビ 木村拓哉主演)、『彼女が死んじゃった。』(日本テレビ 長瀬智也主演)あたり。
確認してこの年だったのかは『白い巨塔』(フジテレビ 唐沢寿明主演)である。
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