お嬢様がだべるだけ その6

「父と兄が頭を抱えていたよ。二人の話を聞いて」


 私と栄一くんの話を裕次郎くん経由で泉川副総理に伝えたのだが、当然の反応に私と栄一くんも苦笑するしかない。

 放課後の学食で私と栄一くんと裕次郎くんが会話していると、話題につられて明日香ちゃんがやってくる。

 明日香ちゃんのこの政治臭を嗅ぎつける能力は本当にどうなっているのやら……


「何か面白い話しているじゃない?

 良かったら私も入れてよ」


「どうぞ」


 私が隣の椅子をすすめると明日香ちゃんがさも当然のように座る。

 テーブルにはグレープジュースにコーラ、ミルクティーにオレンジジュースが加わり、明日香ちゃんが当然の質問をする。


「あれ?カルテットの一人は何処にいるの?」

「光也は今日は委員会の方の仕事なんだ」

「後藤くんは式典委員会でね。

 秋の文化祭の顔合わせに行っているんだ」


 私と栄一くんがクラス委員、裕次郎くんが体育委員である。

 初等部と違い予算と権限が拡大した中等部文化祭と体育祭はそれ相応の準備が必要であり、二年生はこの祭りの主力となるように期待されていた。


「体育委員の泉川君は顔合わせに出なくていいの?」


「体育祭側はもう終わっているよ。

 体育部系はタテ社会だし、僕は初等部から剣道部だから」


 タテ社会のこういう所は便利というか。

 外れない限りは序列によって組織がほぼ円滑に機能するのだ。

 文科系はこのあたりがないというか緩いので、その顔合わせをわざと作らないとならないらしい。


「で、何の話をしていたの?」

「参議院選挙の後で恋住総理がやるって話」

「え?マジでするの??郵政民営化???」


 与党議員の娘である明日香ちゃんですらこの認識である。

 だから、それを片付けるために他の懸案事項を全部片づけるという事を聞いた明日香ちゃんも、私や栄一くんや裕次郎くんと同じく頭を抱えたのは言うまでもない。


「一応聞くけど、愛媛は波乱とか無いわよね?」

「大丈夫じゃない?

 現職引退の後少し揉めたけど、最終的には落ち着いたし」

「さすが保守王国」


 明日香ちゃんの地元の愛媛は現職引退の後、大物県議が出馬を表明し野党候補と戦う事になるのだが、野党側が分裂しているので多分通るという訳だ。

 明日香ちゃんがオレンジジュースを飲みながら力説する。


「後継が現職と同じ高校を出て、同じ県議会の重鎮で、野党が分裂している。

 これで負けたら『何やっていた?』って地元有権者から総ツッコミを受けるわよ」

 

 そんな事を言っている明日香ちゃんだが、一抹の不安を漏らす。

 地方でも顕著になっていた一区現象を象徴する無党派の波は愛媛を始めとした地方に波及しつあったのだ。


「ただ、県庁所在地の松山市の票が読めないのよね。

 八割勝っても県庁所在地でひっくり返されかねない怖さがあるのよ」


 そんな明日香ちゃんが生まれる前の89年の参議院選挙は未だトラウマらしく、消費税・スキャンダル・政界汚職の三点セットで野党側参議院議員が当選した時は、それは壮絶な責任の押し付け合い……ゲフンゲフン。

 明日香ちゃんはそれを子守歌のように叩き込まれた結果、こうなったというべきか、こうならないと生き残れないと進化したのか。


「わかるなー。

 県庁所在地の有権者人口の多さはうちも怯えているよ」


 裕次郎くんが乗っかるが、その顔に若干の青みがかっているのがやばさを浮き立たせる。

 こうなると私と栄一くんもさらに聞きたくなる訳で。


「そんなにやばいの?」


「うん。やばい」

「特に恋住総理が出てから更にやばくなった」


 私みたいな生まれながらについている華族としての身分や、栄一くんみたいに継承する事になる会社と違って、『落ちてしまえばただの人』である議員はこの空気に敏感にならざるを得ない。


「何が違うんだ?」


 栄一くんの質問に裕次郎くんと明日香ちゃんが首をひねる。

 これを知っている私からすればたしかにそうだよなぁと思う答えを同時に口にした。


「「……わかんない」」


「手の打ちようがないじゃないか」


 他人事のように栄一くんが突っ込むが、彼も会社を持つ身の上でしかも不動産デベロッパーだから政治と離れる事ができない訳で。

 さらっとお替りをコーラからコーヒーに変えているあたり、口調はともかく話は真剣になっているのだろう。


「まぁ、この参議院選挙は乗り切れる。

 これは間違いが無いわ」


 私は断言する。予言ではないあたりが救いがない。

 外れて欲しいが、外れるとろくでもないのも分かっているだけになお救いがない。


「乗り切った後の恋住総理がどう動くか誰も予測できない。

 これが本当に怖いのよ……」 


「瑠奈ちゃん。

 良かったらだけど、一度緑政会の与党側会合に顔を出さない?」


 明日香ちゃんは私と恋住総理の確執を知っている。

 その上でこうやって話を振るという事だから、この危機感を与党内で共有した方がいいと察したらしい。

 本当にこの政治的嗅覚の鋭さたるや。


「その時は僕も桂華院さんの傍につくよ」


 裕次郎くんも乗った事で私もため息をついて了承したのだった。

 それを見ていた栄一くんが茶化す。


「競道会の時みたいにドロドロの話じゃないといいんだがな」


「あら?私たちはそんな生まれが保証されている訳がないから、泥まみれ上等よ」


 明日香ちゃんが栄一くんに茶化し返す。

 この返事こそ、地方で与党が支持を重ねてきた強さであり、自負だった。


「手袋が白いままで当選できるなんてありえないもの」




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同じ高校

 これ地方では無視できない。昔取材した社長さんと私が同じ高校という事で態度がひっくり返った実体験があるだけに。

 なお、少子高齢化で高校の統廃合が発生して、その高校が無くなると途端にこの力が落ちるので、この時期の大合併に伴う高校の統廃合は地方サバイバルの主戦場でもあったのだ。


白い手袋

 この手袋が黒くなるまで握手しろと叩き込まれたのが田中軍団で、この時代の鈴木宗男氏だった。

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