お嬢様がだべるだけ その5
「けど、ロジックはわかるけど期限切れの食券をヤクザの皆様はどうして集めていたのでしょう?」
薫さんの疑問に応じたのは岩崎和弥会長である。
なんとも言えない顔から察したが、その理由は想定外のものだった。
「それはね薫ちゃん。
この食券を賭札に使っていたらしんだ」
「かけふだ?」
薫さんが首を捻ったが、始まりは実に単純でかつわかりやすいものだった。
要するにギャンブルのチップの代用なのだが、期限切れの食券は金額が書かれ、偽物が作りにくく、価値がないという所に価値がある。
チップを買う事ができない素人連中が麻雀やトランプとかで賭け事をするときに手頃にあるものを使い、それに気づいたヤクザがシステムを組んだらしい。
「最初は些細なものだったんだろうね。
期限切れ食券と有効食券を賭けてとかだったんだろうが、この食券に信用という形をつけることにヤクザが成功した訳だ」
多分タコ部屋での住人の博打にヤクザが絡み、食券が兌換紙幣であると気づいた誰かが食事を出し続ける事で期限切れでも流通できる事を悪用した。
未使用期限切れの食券を買い漁る事は当然噂として広がる訳で、そんな連中に飯を出しながらヤクザは巧妙にタコ部屋にこいつらをいざなう訳だ。
「仕事もあるし、うちなら期限の切れた食券でもずっと使えるぞ!」
かくして彼らは哀れ囚われて、この使用済み食券経済圏から逃れられなくなる。
最低限の衣食住の保証を捨てて自由を選ぶというのが、旧社会主義国国民にとってどれだけ過酷な事かを、自由主義国家の私たちは本質的には理解できないだろう。
「ちなみに、この食券経済だが、北海道にも広がっていたりする。
違法採掘鉱山ではこれが通貨になっているからね」
岩崎和弥会長の出した新しい食券に書かれた文字を見て、私は未使用食券を手に取って嘆く。
たしかに、あそこは元岩崎の地盤だったわ。
「……夕張市……」
「本当にやばい金は処理したのだろうが、桂華一本鎗だと桂華が見捨てた後どうしようもなくなるからね。実際、岩崎が炭鉱を閉山した後そうなりかかった。
それを知っていたら、こういう限りなくグレーの自己資金調達手段に手を出さない訳がないだろう?」
桂華のゲーテッドコミュニティに近い夕張市だが、裏を返せば桂華が見捨てたら破綻するとも言える訳で。
既に市長及び市議会の半分が親桂華派になっている桂華の城下町になっていた。
だが、その前は岩崎の城下町だった訳で、その流れから岩崎の食券を持ってきたら食事をという流れになったのだろう。
「それは取り締ま……」
栄一くんの言葉が途中で止まったのは、察したからだろう。
その察した事を二木織莉子会計がきっちりと説明する。
「それをすると、北海道の違法住人問題が一気に吹き出るわよ」
「樺太から北海道に移住した人はおよそ二百万人。
その内、不法移住や北日本政府崩壊のどさくさでやってきた人間の比率は三割以上と言われており、そこから作り出された商品などは地下経済でかなりのウェイトを占めています。
地獄の釜が開きますよ」
淀屋橋紗良副会長の言葉には容赦がない。
樺太経済は旧東側に属し、旧東側では高性能製品を作り出していた。
北日本政府崩壊に伴い西側製品への切り替えが進められていたが、ロシアや共産中国を始めとした旧東側規格の需要は残っている。そこで、格安で使い潰せる不法移民を使って北海道の閉山した鉱山から資源を手に入れ、やはり格安でこき使える樺太住民に樺太の潰れた工場で物を生産させてロシアや大陸中国に輸出する。
このあたりがヤクザのシノギになっていた。
派遣法改正はこうした問題の解決を目指していたのだが、恋住政権は華族特権剥奪という特大の果実をもって参議院選挙に挑もうとしており、国会スケジュールの関係から派遣法改正は現状流れようとしていた。
私たち三人の沈黙を前に淀屋橋紗良副会長がとどめを刺した。
「既に樺太系の道議が複数出ている現状、北海道政界にも激震が走ることになります。
それはそのままこの夏の参議院選挙に直撃します」
北海道政界には泉川太一郎参議院議員がいるのだが、北海道議会側も2003年の統一地方選によって親桂華の議員が何名か誕生して居たりする。
泉川太一郎参議院議員の鞍替え問題は、この親桂華議員が力を持ちつつあることが原因の一つだったり。
事ここに至ってなんで私達を呼んだのかやっと理解した。
「瑠奈。これは即決はできないぞ」
「わかっているわよ。もうこれは政治の領分よ」
私をメッセンジャーとして、第三セクターの不良債権と樺太銀行の両方が破綻しかねない事、それを泉川副総理経由で恋住政権に伝える事が目的だったと。
「現在進められている大合併で、そのあたりを蓋をかぶせて見なかった事にする作業が進められている。
これは総務省案件だから、不良債権処理を管轄する財務省や金融庁と処理で揉めているのは想像に難くない。
で、総務省はこの蓋を本来は財政投融資で塞ぐ事を考えていた」
その一言で頭を抱える私。いや、知っていたけど、やっぱりここに繋がるのかよ。
なお、それが頓挫したのは2001年に法律が改正されたからである。
結果、蓋ができなくなり、爆発しかかっていると。
頭を抱える私を怪訝な目で見る栄一くんと薫さんを気にする事無く、岩崎和弥会長の〆の言葉でこの会見は終わる事になった。
「そう。郵便貯金だよ」
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感想でも書かれたが、某『修羅の国』で八郎が宿毛でやった証文と悪銭の仕手戦まんまである。
賭け札
『じゃりン子チエ』5巻 大阪カブの会
「ポリ公が来たら はい ビスコ!」
この巻は前に紹介した「ひもじい 寒い もう死にたい」とかも出るのでお勧めである。
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