お嬢様がだべるだけ その4 補足

「つまり、どういう事なんだ?」


 栄一くんの質問に私はため息をつきつつ説明する。

 多分、この場の中で一番この手の話に精通しているのは私だろうから。


「まず大前提。

 地方の第三セクターがバブル崩壊で破綻寸前。

 一発逆転を賭けて、第三セクターが手を出したのが樺太銀行の特別債だった。

 で、その特別債で得た資金を樺太銀行は第三セクターの地方リゾートに投資した。

 結果、樺太銀行も第三セクターも片方が破綻したらもう片方も破綻する関係になった。

 これはいいわね?」


 栄一くんと薫さんだけでなく、岩崎和弥会長及び淀屋橋紗良副会長と二木織莉子会計も頷く。

 みんな説明は聞いてたけど、本当は分かっていなかったんだろうな。


「本来の不良債権処理では、第三セクター側が破綻して、その金を回収できなくなった樺太銀行が破綻する流れなの。

 けど、樺太銀行は最初から国有化されているから、金を国がじゃぶじゃぶ注ぎ込めば第三セクターの破綻は起こらないはずなのよ」


 この話は不良債権処理によって銀行が破綻するという最悪のケースが起こらないからの悲劇である。

 まぁ、それもいつまで続けられたかというと、恋住政権下ではあまり長くは続けられなかっただろうが。


「で、樺太銀行マネーロンダリング事件が発生したわ。

 激怒した恋住政権は華族特権と共に樺太銀行を潰す事を決意。

 ここで問題になるのが、破綻処理を行った際に問題になる第三セクター側の不良債権って訳。

 もちろん、不良債権だから整理回収機構に送られる訳で、それは自動的に第三セクターの破綻を意味するわ。

 その負債金額は、十兆円から十五兆円」


 改めて聞くと凄い金額であるが、この数字にもからくりがあったりする。

 それは一条や橘たちと一緒に極東銀行や北海道開拓銀行救済をやったりしたから分かる。


「実はね、地方の第三セクターそのものの処理って案外簡単なのよ。

 金額が小さいから」


 百万円の土地が十倍になった所で一千万でしかない。

 山形の第二地銀だった極東銀行の不良債権処理もたった千数百億円だったのだ。

 千数百億円を『たった』と言える今の私のおかしさはひとまず置いておくとして。


「本当にやばいのは都市部の第三セクターなの。

 ここは平気で数千億円超えて来るから」


 これもいい例が、私が買った京勝高速鉄道や帝都湾岸鉄道りんかい線や埼玉縦貫地下鉄道や新常磐鉄道である。

 建設費用が莫大な負債になるのでこの三つの負債は軽く兆を超えていた。

 あぶく銭があったからと、鉄道が持つ信頼が欲しくてほぼ言い値で買ったが、これで東京都をはじめとした関東周辺の自治体がかなり助かっているのを私は知っていた。

 私の新宿新幹線やジオフロントあたりを自治体側が支援したりするのはこんな背景もあるのだ。


「で、そんな都市部の第三セクターだけど、負債総額は数千億規模で整理回収機構に送られたら破綻確定の上に処理で自治体そのものが死にかねない。

 樺太銀行がらみの金は貸したのも借りたのも身ぎれいにする必要があった。

 ここまでは大丈夫?」


「ああ。大丈夫だ。瑠奈」

「ええ。私もまだ理解できます」


 私の確認に栄一くんと薫さんが返事をする。

 私は用意されたグレープジュースで喉を潤しながら、続きを口にした。


「で、ここで食券が出て来るわ。

 こいつの役割がいくつかあるのが厄介なのよ。

 まず一つ目がこいつをコマーシャルペーパーとして利用するパターン。

 今回、規模が大きすぎて発覚した奴ね。

 運営が岩崎商事の子会社だけど、岩崎財閥の企業城下町だと開発過程で自治体が絡んで第三セクターに運営を委託しているって所かしら?

 食券の大規模発行の正体がこれよ」


 百人が使う食堂だから百枚の食券が必要だ。

 これを二百枚用意しても、百枚しか使われないので百枚はそのまま期限が切れる事になる。

 だが、この食券が別の所で使えるとなったら話は別だ。

 百枚刷ろうが二百枚刷ろうがその需要が賄える限り、信用は発生するのだ。

 かくして、この食券はローカルカレンシーとなった。


「多分誰かが気づいたのよ。

 『あれ?これ実質的なお金よね?だったら、これで借金返してしまえばよくね?』と」


「「!?」」


 栄一くんと薫さんが驚くのに対して、競道会のお三方はここあたりは理解しているらしい。

 バレない程度にやれば黙認されていたものを急いで金を作ろうとしたから墓穴を掘る。

 このあたりはある意味お役所仕事あるあるである。


「これ、その最後で食券を日本円に変える両替が必要なのよ。

 多分、帝都岩崎銀行に話を持って行って断られたんでしょうね」


 うまくやれば濡れ手に粟のぼろもうけだが、貸す方も借りる方もろくでもない事を知り抜いていた帝都岩崎銀行はこれを拒絶。

 かくしてこうしてばれる事になったという訳だ。


「で、二つ目が損を出すことを目的として刷られた。

 重要なのは、樺太銀行がらみの金でなければ、自治体側は損でも構わないのよ。究極的な所」


 断られた第三セクター側は次善の策として損失を作り出して、その樺太銀行がらみの金を損失として計上する事を思いつく。

 第三セクターというか地方開発はどうしても損を出す形になるから、ある程度の損は覚悟の上という側面があるのだ。

 ぶっちゃけ、作った第三セクターが破綻して、貸していた地方銀行が破綻し、第三セクターを推進した議員が選挙で落選しようが、その負債は税金として払い続けられるのだ。

 ここで重要なのは、理由である。


「瑠奈さん。

 普通お金は儲かるようになるのではありませんか?」


「薫さん。その認識は半分だけあってる。

 誰かが損をするって事は、誰かが得をするのよ」


 私はテーブルに置かれた食券を手に取る。

 思いついた設定を口に出して説明した。


「100人が使う食堂で食券を200枚刷って、100枚分の損失を出しました。

 それに合わせて用意した食材100枚分の損失を処理します。

 さて、余った100枚分の材料は何処に行くのかしら?

 そもそも、この材料を最初から用意していたのかしら?」


 兌換紙幣のポイントはその紐づけが兌換先にあると信用されている事だ。

 もちろん、最初から100人分しか用意していないから、この処理された100人分の食材費は丸々プールされ、裏金として処理される。

 この場合支払いは自治体の税金なんだろうが、第三セクターである。

 これぐらいの支払いは制度設計上許容範囲ならば問題がない。

 これで返せるならば、それで返してもらった方がこちらとしても後が色々楽なのだ。


「で、ここから第三者が出て来るのよ。

 マネーロンダリングをやりたい連中。

 現在、世界のマネロン資金は年間8000億ドルは越えているわ。

 これのかなりの部分をニューヨークのウォール街が洗濯していて、その大きな洗濯機の一つが樺太銀行だったって訳。

 で、樺太銀行の事件が発覚して、この血まみれの金が動脈硬化を起こしつつあるわ」


 当たり前だが、暴力・ドラッグ・セックスで稼ぐ人たちも家賃を払い、食事をして、服を買い娯楽を楽しむのだ。

 この動脈硬化はそんな人たちの収入が止まる事を意味しており、その報復で私や恋住総理が新宿ジオフロントで狙われた訳だったりするのだが、話がそれた。


「とにかく彼らは綺麗なお金が欲しい。

 この時の洗濯費用として、損の計上すらある程度なら許容範囲内なの」


 これがマネーロンダリング側のロジックである。

 これとは別に食券を食い物にする連中が居た。

 国内のヤクザである。


「さて、食券には期限があるわ。

 当然、期限が切れた食券は使えないんだけど、それを岩崎でない別の連中が使いだした。

 国内のヤクザたちね。

 不法就労とかを斡旋していた連中はこの食券に目をつけた。

 つまり、期限切れ食券でご飯を食べさせてあげたの。

 もちろん、岩崎の食堂より安いご飯をね」


「それ、ヤクザ側って損しかないじゃないのか?」


「違うのよ。栄一くん。

 ごはんを食べる為に、樺太からの不法就労者がヤクザに接触するのよ。

 それで終わる訳ないじゃない」


 タコ部屋と呼ばれる格安の強制労働の人手になるのだ。期限切れ食券が利用できる事から不法就労者が自ら望んで。

 かくして3K職場の労働者から搾取するヤクザという構図が成立する。

 

「で、このヤクザとマネロンが手を組んだ」


 ろくでもない奴がろくでもない奴と組むとこうなるという一例である。

 とても白々しい声で、私が演じて見せた。

 これ考えたやつ、多分この国の経済ヤクザかそれに繋がる金融屋だろう。


「あら大変。

 こんな所に、システム上損しか出さない食券がありますわよ?

 しかも、間違ってこんな買って使いきれませんでした。損失を計上しないと。

 ああ。こんな所に違法就労の樺太住人が仕事を求めているわ」


 こうして、悪い事は金融と第三セクターとヤクザが組むととても色々できる。


「大量に食券を買い取る事で、第三セクター側はとにかく金が確保できる。

 ヤクザ側はタコ部屋労働の労働者を期限切れ食券で集めて、賃金をピンハネできる。

 金融屋はマネーロンダリングとして新しい洗濯機を見つけてみんな幸せ」


「「「「「……」」」」」


 途中の思考が口から洩れていたが、私以外のみんなのドン引き顔で理解したと分かって私は満足げに一礼する。

 なお、ここからもう一段素敵な悪事が頭をよぎったが、それは言わないでおこう。

 私の頭の中のアンジェラが目を輝かせてこう言ったのだ。



(岩崎の信用があるように見えるジャンク債!

 しかもそれが千億ドル規模ですって!!!

 サブプライムローンの格好の餌じゃないですか!!!!!)


 絶対に関わらせないように一条と共に釘刺しておかないと……




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分かりにくかったので書き足し


書いててもっといい説明があった。

『カイジ』のペリカだ。これ。



マネロンのデータ

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/digital/dai1/siryou2-2.pdf


https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2020/2020honbun/i2220000.html#:~:text=%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%81%AEGDP%E3%81%AF,%2D2%2D1%E5%9B%B3%EF%BC%89%E3%80%82


2005年時40兆ドルを超えていたので、その2%の8000億ドルと計算。 

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