お嬢様がだべるだけ その3

 地方債務。

 またの名前を第三セクターというこの爆弾だが、もちろん最初から爆弾であった訳もなく、その最初は希望と未来に満ちていたものだった。

 地方だって繫栄したいし、その為に開発もする。

 時はバブルの絶頂期。

 地方リゾートブームに煽られて、多くの地方自治体が開発に乗り出し、そのツールとして利用されたのがこの第三セクターである。

 第三セクターというのは、第一セクターである国や自治体や第二セクターである企業と違うという事でつけられた法人の分け方で、国や地方自治体と企業が出資運営する企業の事を指し、国や自治体の資金を用いて企業が運営する事で自治体の非効率な開発を効率的に行う事を目的としている。

 と、ここまではいいことづくめに聞こえるが、裏返せば企業が逃げたらその負債は国や自治体が背負う羽目になるというデメリットがあり、これがバブル崩壊に伴うリゾート開発失敗で不良債権という負債をあちこちの地方自治体に残すことになった。

 なお、現在も進められている『平成の大合併』の真の目的として囁かれているのは、自治体を整理統合する過程でこの第三セクターの債務を再編した自治体に背負わせて希釈化する事だと言われているとか。


「第三セクターについての赤字はある程度は知識として仕入れています。

 それがどうして樺太で爆発する事になるのでしょうか?」


 大体のからくりは察した私が頭を抱えているのを見て、まだそこまで察していない栄一くんが説明を求めると、二木織莉子会計が説明の為に口を開く。


「それはね、帝亜君。

 樺太銀行の特殊事情があるの。

 旧北日本政府崩壊後、全ての金融機関は国立銀行だったこの樺太銀行に集約されて国営化されたわ。

 その過程で、樺太の運営の為に樺太銀行には特別債の発行が認められたわ」


 特別債。

 政府関係機関が特別法に基づき資金調達のために発行する債券で、こいつの最大のポイントは政府保証を付けた債券と付けていない債券があるという点。

 そして、その政府保証がついていない債権でも市場は実質的な政府保証がついていると認識して取引を行っていたのである。

 こうして発行された特別債だが、大体地方の実力によって利率が決まる。

 都心部は利率が低く、地方は利率が高くなるのだ。

 もちろん樺太特別債は地方利率でも引き受け手がいなかったから、その利率は高く設定された。

 それを買い込んだのがバブル崩壊で大量の不良債権処理を迫られた地方の金融機関と地方自治体で、直接買うとバランスシートが膨らむので不良債権化していた第三セクターに追加出資をしつつこの金融債を買わせて財務改善を企んだという訳だ。

 これが、爆弾の連鎖の正体である。


「問題なのは、樺太特別債という高い利率で借りた資金でリターンを出すためには、社会主義国から資本主義国に変わった樺太銀行のエリートたちには荷が重すぎた。

 バブルが崩壊していてたたき売られていた物を回復すると見込んでせっせと買いあさったのさ」


 やっと栄一くんの顔色が変わって、岩崎和弥会長が自虐の笑みを浮かべる。

 かくして、出来の悪い探偵小説で犯人を告げるかのような声でその買いあさった物を告げた。


「そう。この国の地方リゾート。つまり地方の第三セクターに出資したのさ。

 樺太銀行は」


 なんで被害者と犯人が入れ替わっているんだよと言いたい所だが、もうこれはバブルに踊った自業自得と言い切れない所にこの三文芝居の救いの無さがある。

 繰り返すが、地方だって発展したいのだ。

 枯れたりする不安がある井戸水を使わなくて済むなら水道を引きたいし、汲み取り式トイレから下水を整備して水洗トイレに変わるならもうトイレ中の蠅に悩まされることは無い。

 バスやトラックがすれ違えない一本道で一時間ほどかけてスーパーに出なくていいならば、町が発展して病院が学校ができたら子供がそこに通えるのだ。

 都会が、いや、東京が享受している生活を地方も求めるという事は決して贅沢ではない。

 何故ならば、人は平等なのだから。

 華族の公爵家令嬢をやっている私が思ってはいけない思考だが、言わなければばれない。うん。


「恋住政権が不良債権処理の過程と同じく桂華ルールを適用する形で樺太銀行の民営化を何度か計画したけど断念したのは、整理回収機構にこの第三セクターが送られるからなの。

 それは第三セクターの破綻と樺太特別債のデフォルトを意味するわ。

 けど、樺太銀行マネーロンダリング事件が全部を吹き飛ばした。

 日米露にまたがるマネーロンダリング事件と、それを不逮捕特権で逃れた樺太華族連中に政府はカンカン。樺太銀行を潰してでもこれを処理する腹を固めたという訳」


 淀屋橋紗良副会長の顔は見事に他人事なのでとても朗らかだ。

 当事者意識がある私と栄一くんは仲良く頭を抱えている。

 まだ、当事者でない薫さんが別口から切り込んだ。


「和弥お兄様。

 質問があります。

 どうしてこのような話を、お爺様は私はともかく瑠奈さんに伝えなかったのでしょうか?

 和弥お兄様がお話するよりも、お爺様が瑠奈さんや帝亜さんに伝えればすぐに動けると思ったのですが?」


「その通りだね。薫ちゃん。

 薫ちゃんのお爺様で、帝都岩崎銀行を率いる岩崎弥四郎頭取はこの現状を把握してあえて伏せた。

 つまり、帝都岩崎銀行、ひいては桂華院さんの桂華金融ホールディングスをこの爆弾に関わらせるつもりはないと暗に言っているのさ」


 桂華金融ホールディングスは株式上場してまだ日も浅く、帝亜グループ入りした穂波銀行は内部統制の支離滅裂さから分割売却論が出る始末、そして帝都岩崎銀行はつい先ごろ五和尾三銀行を救済合併したばかりである。

 助けて共倒れなんて避けるべきだという岩崎弥四郎頭取の判断はある意味ものすごく正しい。

 何か手はと考えようとした私に岩崎和弥会長がとどめをさしてくれた。


「正直、負債総額は政府の方でも把握できていない節がある。

 内々で調査した結果だが十兆円、いや十五兆円あったとしても不思議はないね」




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特別債の政府保証がついていないやつ。

 分かる人にしかわからないワードで言うとファニーメイとフレディマック。


第三セクターの負債について

 2020年のレポートだが、これより多かった事は想像に難くない。


全国の「第三セクター等」7,467法人 経営状況調査(総務省:2020年1月公表) : 東京商工リサーチ

https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20200806_05.html

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