お嬢様がだべるだけ その2
帝都学習館学内派閥の一つである競道会は帝都学習館学園の近くにあったビルを拠点にしている。
バブル期に建てられたこのビルは、雲客会に比べると金を持っているなぁというのが最初の感想である。
「この面子でここに来る事があるとはねー」
「まぁ、お呼ばれですから気楽に行きましょう」
「……き、気楽?」
最初の言葉が私、次の言葉が薫さん、最後の発言が栄一くんである。
今日は薫さん経由での、競道会からの招待である。
その為か、財閥系の側近団や護衛がずらずらと。
こっちも側近団を連れてきているが、明らかに立ち振る舞いが違っていた。
「何かあったら、岩崎が守りますのでご安心を」
岩崎一族でもある薫さんが笑顔で保証するが『その岩崎が一番信用できねーんだよ』という訳にもいかずに私は作り笑顔で前を歩き、察した栄一くんは無言を選ぶことにした。
「やあ。よく来たね。薫ちゃん」
「お久しぶりです。和弥お兄様」
呼んだ競道会館の入り口から出てきた男性が薫さんに挨拶し、その後に私たちに挨拶をする。
「何回かパーティーの席では挨拶したと思うけど、改めて。
ようこそ。競道会館へ。
僕はここの会長を務めさせてもらっている、高等部三年の岩崎和弥だ」
「たしか、仲麻呂お兄様の結婚式の時にいらっしゃっていましたよね。
あの時はお越しいただいてありがとうございます」
そんな挨拶の後、彼の後ろに二人の女性が挨拶をした。
「高等部三年で副会長を務めています淀屋橋紗良と申します。
薫さん。久しぶりね」
「お久しぶりです。紗良さん。
雲客会の催し物に支援をしていただいてありがとうございます」
ふむ。
岩崎和弥会長と薫さんは岩崎一族という縁があり、淀屋橋財閥の淀屋橋紗良副会長は薫さんとは知り合いというかスポンサーというか。
淀屋橋家はたしか、華族が婿養子に入った過去があるからそのあたりからの関係なのかもしれん。
私がそんな事を考えていたら最後の一人が挨拶と同時に栄一くんに声をかける。
「同じく高等部三年で会計の二木織莉子よ。よろしく。
帝亜くんは久しぶりね。会社経営がんばっている?」
「ありがたい事に父がつけてくれたスタッフが頑張ってくれています。
そこの瑠奈みたいなワンマンはまだできません」
「あ?私、ワンマンなんてしてませんけどー?」
私の実にわざとらしい不機嫌声で皆が笑うまでがお約束。
バブル崩壊で二木財閥から独立せざるを得なかった帝亜グループは、それでも二木財閥との繋がりは維持し続けている。
栄一くんと二木織莉子会計の縁はそんな事情を醸していた。
つまり、この訪問の目的は私という訳だ。
地位が高かろうが金を持っていようが、こういう場所は年功序列でというのは日本社会あるあるである。
かくして挨拶の後、ビルの応接室の中に入る。
バブルが崩壊したとはいえ不良債権処理は峠を超え、中の豪華さは維持されていた。
若干古臭いのは、維持はするが更新のお金まではまだ用意できていないというあたりか。
競道会は財閥一族が基本トップを務める事が慣例となっており、その財閥内にも序列というものがある。
会長は岩崎財閥で、副会長と会計は淀屋橋財閥と二木財閥からという訳だ。
「改めて自己紹介を。
中等部二年の桂華院瑠奈と申します」
「同じく、朝霧薫です」
「同じく帝亜栄一です」
という訳で応接室にて歓談が始まる。
「つまらないものですがどうぞ」
「ありがとう」
雲客会よりはるかに多い人数に手土産のお菓子を配るのは結構な数と額になるが、そこは私成金ですので。
まあ、当たり障りのない会話が適当に進んだ後、岩崎和弥会長が本題に入る。
「今日来てもらったのは、顔合わせと交流が目的だ。
色々と事情はあるのだが、それは一旦置いておいて三人には気楽にここに来てくれるようになってくれたら嬉しい」
「この時期にですか?」
「この時期だからなのよ。帝亜くん。
少し、生臭い話になるけどいいかしら?」
栄一くんの質問に二木織莉子会計は笑顔で雰囲気を変える。
まぁ、この手の空気変えは私は慣れたが、栄一くんも揺らいでいるように見えないあたり成長したなぁ。
彼も今や帝西鉄道や穂波銀行のトップとして君臨しているから、地位が人を作ったか、元の素材が地位で磨かれたか。
「会社経営より生臭い話があるのでしたら」
「困ったことにあるのよ。政治って奴が」
淀屋橋紗良副会長も笑顔を崩さない。
このあたり、私や栄一くんが経営者として来たのに対して、競道会の三人はあくまで財閥一族のメッセンジャーとして接しているからなのだろう。
「政府が進めている不良債権処理と金融ビッグバンだが、その最終段階で問題になるのが樺太銀行でね。これを誰が食べるかで揉めている。
で、その候補である桂華金融ホールディングスと穂波銀行に影響力がある二人に現状説明と意向を聞こうという訳だ」
やっぱりという顔をする私と栄一くん。
それが分からない薫さんが質問をする。
「何故、それを競道会の皆様が?
直接企業のトップが確認すればよろしいのでは?」
「薫ちゃん。言っただろう。顔合わせって。
桂華院さんと帝亜君の二人はあまりにも早く経営者としてデビューしてしまい、同年代との繋がりが無いんだよ。
今はいいとして、十年後、二十年後にそのあたりが問題になるからね」
普通経営者ともなれば、ベンチャー企業の社長でなければ早くて40代。一流企業だと一族序列でも50代という所まで修行するものである。
10代で東証一部企業を差配するなんて事は本来起こらないし、起こってはいけないのである。周囲の為にも。本人の為にも。
「それは分かりました。
ですが、樺太銀行がらみの話をどうしてここで聞く事になるのでしょうか?」
栄一くんの質問口調に若干の棘が混じるのは、警戒と不信感からなのだろう。
このあたり、経営者としての感性が育っているんだなぁと私は平然と腕を組んで感心したり。
「それはね。帝亜くん。
政府筋に話せない話って奴で内々にという訳」
私も露骨に顔を変えた。
もちろん警戒と不信感をしっかり出している。
二人の空気を察した薫さんが語気を強める。
「和弥お兄様。
空気が悪いようなので、私たちお暇してよろしいでしょうか?」
「悪かった。薫ちゃん。
二人が警戒するのは分かるし、俺たちはこの件については何もできないが、桂華院さんと帝亜君の二人は直接何かできる人だから内々に声を届けたかったんだ」
すっと岩崎和弥会長が頭を下げて謝罪する。
私は少しだけ警戒を解いた。
「まぁ、こういう席ですからお話だけは聞かせていただきましょう」
「ありがとう桂華院さん」
岩崎和弥会長は私の声に安堵の息を吐きながら、爆弾を炸裂させた。
栄一くんはピンとこなかったが、私は綺麗に忘れていたと顔を真っ青にするその一言を。
「最後の不良債権。地方債務が樺太で爆発しかかっているんだ。
多分全国に波及するし、そうなるとその直撃を最初に受けるのは北海道だよ」
地方債務。
これの別名を第三セクターとも言い、未だ多くが処理されずに全国に地雷のように眠っていた。
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まだ財閥周りの設定は意図的に決めないつもり。
何しろ何処の家とかどこの企業とか決めてないからである。
岩崎の信用のなさ
書籍書下ろし用に意図的に書いていなかった。
ここで設定を作って、フィードバックする予定。
地方債務
最後の不良債権
この話も長くなるんだよなぁ……
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