お嬢様がだべるだけ その1
「いらっしゃい。歓迎するわ。瑠奈さん」
「お邪魔しますね。薫さん」
段々と社交の真似事をするのがこの時期の上流階級というもので。
私が金を出した雲客会館も、それ相応の佇まいとなっている。
今日は薫さんの招待という形でここにお呼ばれされていたり。
「つまらないものですがどうぞ」
「いつもありがとうございます」
帝西百貨店経由で取り寄せたお菓子の詰め合わせを皆様に配る。
全員にプレゼントという事でトラックを用意するのはどーよと思うが、これが華族というものらしく、ちゃんとお返しが桂華院家の方に行くのだとか。
実に面倒である。
こちらの参加者はメイドの橘由香に桂華院家分家筋の華月詩織さんの二人。
薫さん側は待宵早苗さんに蛍ちゃん。
私達も忘れていたが蛍ちゃんは奈良華族としてこの雲客会に席があるのだ。
薫さんいわく「いつも居ない」のだが、今回は私の訪問という事で来てもらった。
私が持ってきたお菓子に釣られた訳では……周囲に気づかれない事を良いことにもう食べだしているし。お皿も隠して、お願いだから。
まぁ、完全に身内のノリの集まりなので、話す話題もたいしたことでなくだべるだけである。
こういう形式が大事な訪問というのが世の中とても多い。
そして、そこから始まるビジネスというのもとても多いのだ。
「最近テレビでご活躍とか。あれ、いいんですの?」
「私もどうかと思ったのだけど、あれ合法らしいのよ」
世の中には子供を働かせるにはそれ相応の法律ってのがあるのだが、華族はそれが対象外になっていたのである。
ロジックは、華族特権の中核である家範にある。
『家のことはその家の当主が裁く』為に、この手の法律の対象外に置かれていたのだ。
そして、華族側も『特権があるならば相応の義務を』という事でそれを受け入れた。
すると何が待っていたかというと、その法の抜け穴を使ったビジネスである。
莫大な金でぶっ叩いて我が世を謳歌しているブラック業界の筆頭たるメディア産業は、この規制対象外に置かれた華族子女という商品をアイドルとして売り出していた。
時代はバブル崩壊で食えなくなった男爵家や子爵家の子女が多くおり、彼女たちは上流階級ゆえに顔貌が整っていた訳で。
メディアによって作り出されたアイドル戦国時代において、法律を無視できるこの華族系アイドルは一定需要があり、その華族系アイドルの流れの中に私がいる。
この華族系アイドルの使いやすさは抜群で、結婚引退で記事が、スキャンダルで記事が、落ちぶれて風俗堕ちで記事がという訳で最後の使い捨てが実に良い。
まぁ、華族頂点の公爵家子女がアイドルをやる事が異常で、ついでとばかりにテレビ局を買ったのも異常なのだが、見なかった方向で。
「英国のブックメーカーでは、賭けもあるしね。
『私がいつ引退するか?』って賭けが」
私の言葉にムッとする橘由香と詩織さん。
この二人は本当の賭けの内容を知っていたからだ。
内容は『私が何時風俗堕ちするか?』で、激怒した日米露の外交関係者が抗議した結果、その抗議文をメディアに掲載された上に『この賭けが成立するか?』というブリティッシュジョークの賭けが出て完敗した事実があったり。
『これ、私賭けれるわね?』という私のお嬢様ジョークを聞いた橘由香の視線は凄まじかった……うん。この話はやめよう。
「ただ、これも続けるのは難しくなりそうだけどね。
今の国会での華族特権の剥奪が通れば、当然このあたりは問題になるんでしょうけど、まぁメディアの事だから無視するんでしょうね」
私のなんとも言えない感慨に待宵早苗さんが首をかしげる。
なお、私のアイドル歌手デビューを期待しているのが彼女で『CD出たら買いますね』なんて私に言ってきたり。
「何か問題があるのですか?」
「今までは特権があったけど、なくなると私達も『ただの人』になる訳。
当然、ただの人の子供は深夜に働けないし、どうするのかしらね」
完全に他人事として私が言う。
薫さんが首をかしげて尋ねる。
「結局、特権の剥奪ってどういう形になるのかしら?」
「私が聞いた限りだと検察審査会を使うみたい」
華族特権の家範によって事件を処理される事が問題だが、そこで検察審査会を利用する事で家でなく裁判所側に持ってゆく形にするのが、この特権剥奪の核心部である。
起訴相当になると事件を扱う裁判所は、権益を持っている華族はその権益特区がある地方の裁判所へ。無い華族は東京がそれを受け持つことになる。
このあたりは、憲法の番人を名乗る枢密院側に抜け道などの配慮もあるが、少なくとも華族のもみ消しの大部分がこれで消え、かつ恣意的な判決が出ると特区取り消しという脅しがかけられる事でほぼ参議院選挙前に諸法案が可決し成立する事になっていた。
メディアは私達華族がただの人になる事をニュースでおもしろおかしく伝え、それにともなって恋住政権の支持率は回復基調に乗ったのである。
「……ぱくぱくぱく……」
「……」
「……」
幸せそうにお菓子を食べている蛍ちゃんは、まだここまで一言も話していない。
まぁ、幸せそうだからいいかと思ったが、薫さんが爆弾を投下した。
「そんなに食べて太ったりしませんの?」
「……!?」
蛍ちゃんの顔は『座敷童子になるから太らないも……あ!もう人間にしかなれないんだった!!』とやらかした顔で私を見ていたのだが、私はとってもいい笑顔で友人を見捨てることにした。
後日、ダイエットなるものに目覚めた蛍ちゃんが透明になりつつ深夜無言で走って、『新しい怪異!?』と一騒動が発生する前の話である。
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感想で「お嬢様の深夜労働どーなん?」と突っ込まれていたので、特権で処理しようとしたらすげーでかい闇が発生したという話。
華族系アイドル
多分テレビの一番ブラックな所ができるアイドル。
男爵子爵あたりの食えない人が一定数出ていたのだろうなと。
後で貴族系アイドルをゲームとかコミックとかで探してみよう。
よかったら情報プリーズ。
この時代のアイドル
小室ファミリーからハロプロに移り変わろうというあたり。
ちなみに2004年CDシングル売上ランキングはこちら。
http://amigo.lovepop.jp/yearly/ranking.cgi?year=2004
もう一位ですら100万枚切っているんだよねぇ……
コンプライアンスなにそれおいしいの?
バブル期は『しったこっちゃねえ!面白ければ勝ちだ!』だったのだがバブル崩壊後は『守っていたら食ねーんだよ!!』に変わったのを知っている。
貧すれば鈍するとはまさにこの事……
検察審査会
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%9C%E5%AF%9F%E5%AF%A9%E6%9F%BB%E4%BC%9A
こいつが使えると気づいた時、華族特権剥奪最後のピースがハマったと思ったのを覚えている。
ぱくぱく蛍ちゃん
何も言わずにリンクを貼っておく。
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%91%E3%82%AF%E3%81%A7%E3%81%99%E3%82%8F
https://dic.pixiv.net/a/%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8B%E5%90%9B%E3%81%8C%E5%A5%BD%E3%81%8D
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