帝都学習館学園七不思議 音楽堂の鏡台 後日談 その3

 それから数日後。

 澪ちゃんが放課後、私の所にやってきた。

 頼んでいたものの進捗を報告する為だ。


「瑠奈お姉さま。

 父からの伝言ですが『ご依頼の品は近く成田空港に運ばれる予定です』だそうです。

 本当にそれでいいんですか?」


「いいも何も、他にどんな手があるって言うのよ?」


「それは……」


 澪ちゃんの納得していない顔を見て私は苦笑する。

 気持ち的にはまったく同じ気持ちだったからだ。


「ちなみに、他の手も考えたのよ。一応」

「どんな手なんです?」


 私のぼやき声に澪ちゃんが食いつく。

 私設トイレ隣の休憩室なので、私の他にメイドとして橘由香が控えていた。


「最初は鏡を割ってしまおうと。神奈水樹に真っ先に止められたんだけどね」


 やばい品だから割ってしまえ。

 歴史的遺品だろうが、無くなってしまえば害はない。

 橘由香を始めとする側近団からの意見である。

 それに対する神奈水樹の回答が、


「その考えは間違ってはいないわ。

 けど、鏡を割る事で『中にいる何か』を外に出してしまう可能性もあるけど?

 今のままならまだ対処はできる可能性が高いけど、割って何かが出た時のリスクは私でも読み切れない」


 で、モノがモノだけに影響を真っ先に受けるのは私である。

 という事でめでたく没になった。


「じゃあ、あの鏡を何処かに封印するのは?」


「それも出たんだけど……」


 メイドのエヴァから彼女の所属する政府機関が預かるという打診を受けていた。

 ここまではいいのだ。

 問題は、政府機関なだけにそのやばさを証明する必要性があった。

 つまり、彼らは少なくとも私の関わらない所で、その鏡の性能を調べる実験をしたいというのが条件だったりする。

 エヴァがその政府機関を罵倒して話を打ち切ったのは言うまでもない。


「こっちとしては、機密の札をつけて巨大な地下倉庫に放置してくれるならそれで良かったんだけど、私の周りで発生している不思議な事に向こうの機関の人が注目していてね。

 色々調べたがっている訳。

 藪をつついて蛇を出しかねないでしょ?」


「ああ。何というかお役所ですねぇ……」


 日本だろうが米国だろうが、お役所と言うのはそんなものである。

 この話だけは、米国諜報機関の国際政治部門ではなくオカルト部門が張り切っており、しかも私という被害実例というか被験者がいるのでそりゃもうハッスルしているという訳だ。


「で、あれですか?」

「で、あれなのよ」


 抱え込むならば、それ相応の封印はしておこうという訳で。

 澪ちゃんのお父さんに頼んで、神奈水樹のアドバイスでそれ系のアイテムを買いあさる事に。

 これが偽物と本物が混じるから、澪ちゃんのお父さんの目利き力と神奈水樹の力に頼るしかないというのがまた……


「けど、何でグリンシンの鏡カバーなんですか?」


 グリンシン。インドネシアのバリ島に伝わる魔除けの布である。

 これを利用して鏡カバーを作るというのが策その一である。


「神奈さんの受け売りだけど、これを作る村ってインドラを信仰していたそうよ。

 この神様、インドの神様だけど、日本にも入ってきてね。

 帝釈天になったの」


「!?」


 日本的オカルト対処その一。

 八百万の神々を調べてその事象に近い神様を探して当てはめる。

 今回お願いする事になった帝釈天は、厄除けのご利益がある仏様である。

 この鏡が何か悪さをするのを防ぐのに丁度よい。


「で、この帝釈天様を信仰していた山があるのよ。

 栃木県。日光に。

 名前もそのまま帝釈山。

 ここから帝釈天様に来ていただいて、この鏡を祀ってしまおうという訳。

 ちょうど近くに再開発にうってつけの土地もあるしね」


 日本的オカルト対処その二。

 神様だから、トラブった土地に祀ってしまえ。

 その土地の名前は鬼怒川温泉と言う。

 栃木県の地銀だった新田銀行救済でこの地の不良債権処理に関わる事になったのだが、特区法を利用してここの巨大旅館・ホテル群の権利関係を一本化して桂華グループ主導で立て直す動きがあったのだ。

 ちなみに、主な客層として急拡大した桂華グループのレジャー施設であり、従業員やコンパニオンなどを大量雇用するが、本命は方舟都市から成功した桂華グループ内部の樺太系住民の受け入れである。

 既に首都圏周辺の失敗ニュータウンあたりに入りつつあったが、地域住民との摩擦も発生しており、そういう摩擦を嫌う人たちにとってここ鬼怒川温泉は旅行客の体を装いながら定住する事が出来る逃避地として機能しつつあった。


「樺太の旅行客に人気の鬼怒川温泉にできた帝釈天様を祀るお寺。

 神様の祀り方としては、よくある形よね」


 とはいえ、樺太系住民でロシア系の人たちが信仰するのはロシア正教である。

 そんな彼らの信仰の場としても機能させたい訳で、お寺の中にロシア正教の教会を作る事に。

 ノリは隠れキリシタンの集会場である。

 封じられる部屋に置かれるのは、ちょうどロシアの怪僧と同時期の作家の西洋占星術のリトグラフ。

 おまけとばかりに、黄金、乳香、没薬を用意させて最悪オカルトの情報の書き換えまで意図するという徹底ぶり。

 ここまでしてやっとこの鏡を東洋と西洋のオカルトで封じる事ができるのだ。


「要するに、情報発信者の問題よ。

 魔法の鏡がしゃべったら問題だけど、占星術師が占ったら占いとして処理するでしょう?

 これだけ場の舞台を整えて、鏡の言葉を聞いた人は鏡の言葉でなく周りのアイテムから占星術師のお告げと解釈する訳」


 だから、時折神奈の占い師がここに出向いて占いをするらしい。

 ついでとばかりにコンパニオン側に神奈水樹も含めて登録しているのはどうかと思うのだが。


「なんか釈然としませんね」


「オカルトな事件ってそんなものよ。

 祟りって、蓋みたいなものでね。人知を超えるから見ないようにするだけで精一杯だって。

 神奈さんの言葉を借りればだけど」


 澪ちゃんを安心させるように私は微笑みつつ橘由香が入れてくれた紅茶を口にする。

 神奈水樹が私に漏らした言葉は澪ちゃんに告げる気はなかった。

 それは、預言ですらない断言だった。


「一番恐れているのは、メフィストフェレスの本体がこの鏡の中にいる事。

 いなければそれでよしだし、場合によってはこの鏡を使ってメフィストフェレスを追い詰められるわ。

 だから、次の七不思議まで、この二つを分けておきたいの。

 そう遠くない時期に、次の七不思議が桂華院さんの周囲を襲うわよ」




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機密の札をつけて巨大な地下倉庫に放置

 『レイダース/失われたアーク』のエンディング。

 あのラストは好きなんだよなー。オカルトのある意味正しい封じ方と思っている。


鏡についての論文

 宗教における鏡

 https://ci.nii.ac.jp/naid/110000557214


鬼怒川温泉

 廃墟で有名な所もこの時期ならば再建は可能だった。


コンパニオン

 神奈水樹が登録しているあたりピンクコンパニオンである。

 なお、バブル期は色々抜け穴があって……


リトグラフ

 アルフォンヌ・ミュシャ『黄道十二宮』。

 ミュシャの生きた時代が丁度ラスプーチンが暗躍する時代と絡むのは歴史の妙と確認してびっくりした覚えがある。

 なお、ミュシャが晩年手掛ける『スラヴ叙事詩』は今色々と考えると刺さるものが。が。

 調べていたら、こんなニュースもあったのでペタリ。


ミュシャの《スラヴ叙事詩》、恒久展示施設が建設決定。設計はヘザウィック・スタジオ

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23572


黄金、乳香、没薬

 東方の三賢者がイエスに与えた贈り物。

 占星術師とも言われている彼らの贈り物は、


黄金……王権の象徴、青年の姿の賢者

乳香……神性の象徴、壮年の姿の賢者

没薬……将来の受難である死の象徴、老人の姿の賢者


と言われている。

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