帝都学習館学園七不思議 音楽堂の鏡台 後日談 その2

「魔鏡?」


 私の言葉に澪ちゃんのお父さんは説明を続ける。


「まぁ、魔法とか呪いとかがかかっている鏡という定義にここはしておきましょう。

 ちなみに、魔鏡はこっちの業界だと別の定義があってね。

 このあたりは神奈のお嬢さんの方が詳しいだろう」


 鏡に光を当てると文様が出る鏡があり、それの事を魔鏡と言う。

 神奈水樹に話を振ったという事は、これもそういうアイテムであるという事だ。


「オカルトには種も仕掛けもないオカルトと、タネも仕掛けもあるオカルトがあるのよ。

 こっちは種も仕掛けもあるやつだけど、それを信じた当時の人にとっては違いはないわ」


 神奈水樹の顔は真面目だった。

 つまり、そういう話なのだろう。


「魔鏡と区別する為に魔法の鏡としておきましょう。

 これ、どこかで聞いたことないかしら?」


 首をひねる私。

 たしかにオカルトに足を突っ込んでそこそこ不思議体験はしたがそんなものはあった覚えが……


「鏡よ鏡よ鏡さん。

 世界で一番美しいのはだあれ?」


「あ、あああああああああああああああっっっっっ!!!」


 叫ぶ私に澪ちゃんがポンと納得の手を叩く。

 聞けばたしかにあれ、そういう仕掛けだったわ。


「『白雪姫』!!!

 あれがこの鏡なの!?」


「という可能性の一つ。ね。

 物語って時代が経つとともに変わってゆく。

 足されたり消されたりしてね。

 おそらく、その原典の物語ですら、複数の記録の複合なのよ。

 だから、この鏡が、そういう力を持っていると仮定しましょう」


 神奈水樹の口調は変わらないのに、空気が重くなった。

 日常からオカルトに変わったかのような雰囲気の変化に澪ちゃんの体が震えるが、隣にいた澪ちゃんのお父さんは変わることなく澪ちゃんの手を握ってあげていた。


「するとね。あの音楽堂の事件おかしいのよ。

 この鏡が魔法の鏡なら、桂華院さんを殺すなんて事はできない。

 白雪姫を殺したのは、王妃だったでしょう?」


 神奈水樹の言葉に私は白雪姫の物語を思い出す。

 私の知っている白雪姫ならば、継母である魔女の王妃に毒リンゴを食べさせられて死ぬ。

 ……ん?


「栗森さんがこの場合、継母の魔女役として私を殺すのよね?」

「で、この鏡が魔法の鏡と仮定した場合、どうやって栗森さんが桂華院さんの殺害を決意する質問を言うと思う?」


 私は澪ちゃんと見合って首をかしげる事数十秒。

 言葉は二人同時に出た。


「無理じゃない?」

「無理じゃないですか?」


 神奈水樹はにっこりと微笑む。

 正解だったらしいが、よくわかっていない澪ちゃんのお父さんが確認の質問をした。


「つまり、どういう事なのかな?」


「推理小説的に言うならば、見立て殺人の勘違いですね。

 『オペラ座の怪人』を利用した『ファウスト』をモチーフにした見立て殺人のはずが、出てきたのは『白雪姫』。

 仕掛けの中核であるこの鏡にはそんな機能はないと仮定しましょう」


 ゆっくりと犯人を捜すように、神奈水樹は私たちに核心を告げた。

 それは、この場に犯人が居るとでも言いたいかのように。


「じゃあ、何処から栗森さんをたぶらかしたメフィストフェレスは来たのかしら?」


 栗森志津香さんに何が憑いたのか?

 少なくともこの鏡が元凶ではないと仮定したら、そのメフィストフェレスが今この場所にいるかもしれないという事実に気が重くなった。




「そういえば、魔法の鏡だが実はロシアにそのものがあったりする。

 バレエだがね。

 1903年。サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演が行われたはずだ」


 場の空気を和まそうとした澪ちゃんのお父さんの一言が私たちを更なる思考の迷宮に導く。

 そんな事を知らない澪ちゃんのお父さんは、自分の知識を披露した。


「もっとも、その公演は大失敗だったと伝えられているよ。

 白雪姫の物語をロシア風になおしただけだったからね。

 この鏡台もロシア風の造りではあるが、年代はそれほど経過していないように見えるし向こうのバレエの備品職人あたりが流用して……」


 澪ちゃんのお父さんの言葉が止まったのは、手で顔を覆って天井を見ながら嘆く神奈水樹の姿を見たからに他ならない。

 さすがに三人とも分かった。

 何かとんでもない地雷を踏んだという事を。


「1903年。1903年なんですね?」


 念を押して確認する神奈水樹に澪ちゃんのお父さんは気おされ気味に頷く。

 次に彼女が言ったのは、歴史の質問だった。


「ロシア革命って何年だったっけ?」


「どっちの?」


 困ったことにロシアは帝政から民主制を経て社会主義体制に変わった為に、複数の革命があったりする。

 まぁ、ソ連成立の十月革命だろうと続きを口にしようとしたら、神奈水樹に機先を制された。


「ロシア第一革命の方」


「第一革命?

 ……血の日曜日事件が発端の?」


「あ!日露戦争で学びました!!

 たしか1905年です!」


 私の代わりに澪ちゃんが答える。

 つまり、ロシア帝国、ロマノフ朝が健在だった頃という事だ。

 神奈水樹は笑った。

 あ。これやけくそな笑みだ。


「あの頃のロシアって神秘主義の全盛期でね。

 まぁ、話がそれるから省くけど、それに乗った形でロシア帝室に寵愛された怪僧が居たの」


 あれ、その名前、もしかしてとんでもないビッグネームじゃない?

 私も顔を手で覆い、聞きたくないのだが神奈水樹の口は止まらない。

 という訳で、その怪僧の名前を神奈水樹は告げた。


「グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン。

 どういう仕掛けか知らないけど、もしこれがあの時代のロシアの魔鏡ならば彼が絡まないなんて事はないでしょうね」




────────────────────────────────


何が怖いって、この話を行き当たりばったりで作っている今が怖い……


魔鏡

 感想の指摘で確認したので話に組み込む事にした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E9%8F%A1


白雪姫

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%9B%AA%E5%A7%AB


魔法の鏡

 なんと論文があったりする。


バレエ「魔法の鏡」と1900年代ロシア帝室劇場における変化

https://mylibrary.toho-u.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TD50041268&elmid=Body&fname=50041268_cover.pdf


ラスプーチン

 近年は多くの醜聞がデマであるという事は分かってきたが、1990年代は弓削道鏡と並ぶ怪僧で、ああなりたいものだと中二心の妄想が滾ったものである。

 ……末路まで真似したくはないのだが。

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