DMVとBRT

 できた物を見て私は首をかしげる。

 声に出たのだろう。

 私の声に橘や三木原和昭桂華鉄道社長は苦笑するしかなかった。


「……バスじゃん。これ」


 デュアル・モード・ビークル。

 DMVなんて略されるこいつは要するに鉄道と道路の両方を走れる奴で、赤字路線の切り札なんて言われていたりする。

 その試験車両完成式典に出席した私だが、まだまだ春の北海道は寒い。


「北海道は樺太の移民もあって人口は七百万人を超えていますが、長大路線も多くて赤字の鉄道も多いですからね。

 うちもこのプロジェクトには支援・協力していたんですよ」


 橘の説明に私も資料を確認しつつ確かめる。

 樺太からの移住者で急速に進む札幌の都市化に交通網は追いついておらず、稚内・旭川・留萌・小樽等の人口急増と交通網の脆弱さは北海道議会でも話題に上がっているぐらいだった。


「とはいえ、割に合わなくない?これ?」


 私がぶっちゃけると、三木原社長が苦笑する。


「事実割に合わないんですが、今、必要なんですよ。これが」


 鉄道に変わり高速道路網が伸びつつあるが広大な北海道はそれでも足りない。

 だが、廃線を含めた鉄道網は未だ存在していた。

 その廃線跡を活用するつもりらしい。


「バス・ラピッド・トランジット。

 BRTなんて呼ばれているんですが、廃線をバス専用道路にして鉄道網に繋げてこいつで鉄道に乗せると。

 恋住政権の特区構想に便乗して貨客混載を認めさせたので、道の補助込みでなんとかトントンかなと」


 恋住政権では地球環境をテーマにしている愛知万博の成功と、京都議定書の目標達成に躍起になっていた。

 岩沢都知事の排ガス規制が国を動かした事もあって、ディーゼルトラック絡みが大規模に変わろうとしている中、それに乗っかる形でこの計画を進めるつもりらしい。


「できるの?そんな事?」

「やっている国があるんですよ。スイスなんですが」


 欧州のど真ん中にあるこの山岳国だが、それゆえに物流が盛んで、そこを走るトラックが問題視されていた。

 で、国民投票の結果規制されて、長大鉄道トンネルにトラックを載せてという形に進もうとしていた。


「特区が認可されると同時に北海道議会側で、モーダルシフト促進の条例を制定する予定です。

 この計画が導入される事で、北海道の物流は変わるでしょうね」


 橘の説明に私は頷く。


「なるほど。

 経済的優位性を法規制で使えなくして、代替手段を促進させるって事ね」


 排ガス規制の全国展開に伴い、特区を利用してのモーダルシフト促進。

 更に廃線を利用する形でのDMVとBRTという代替手段の提供。


「んで、これは?」


 式典会場に置かれた模型を私が指さす。

 駅舎隣にガソリンスタンドが建ち、線路にはタンク貨車が停まっていた。

 三木原社長が説明してくれた。


「駅を利用した小型ガソリンスタンドですね。

 これも補助条件でしたので」

 

 でかい北海道ゆえに、ガソリンスタンドがないという事はとてもよくある。

 作ろうにも採算が合わないのもとてもよくあるので、だったら既にある鉄道というインフラに乗せてしまおうという訳だ。

 ……ん?よく見ると、駅舎にうちのコンビニが入っているぞ?

 私が見つけたのを見て、橘が苦笑しつつ説明してくれた。


「貨客混在列車を利用して、駅にコンビニを併設するんです。

 運営はガソリンスタンドと共に北海道帝国鉄道がする事になります」


 赤字路線の維持にあの手この手で取り組むという北海道帝国鉄道の執念が見えて来る。

 なお、コンビニATMや様々な支払いがコンビニでできるようになったので、コンビニが生活インフラとして認識されつつある今、空き駅舎を利用してというのは悪くないのだろう。

 改めてDMVの前に立つと橘が説明をしてくれた。

 

「試験走行は夕張線と銀河線で行っています。

 量産も始めており、道東の鉄道及び日高本線の多くはこれに置き換わるでしょう」


 変わるように三木原社長が続きを口にする。


「これの観光仕様も用意して、軽井沢と横川に走らせようと。

 線路維持が大変なんですよ。碓氷峠は」


 事実、最初は廃線予定だった碓氷峠区間は、私の趣味みたいなもので維持されているのだ。

 軽井沢から先は新幹線でいいよねという訳で、碓氷峠目的の観光利用と地元利用目的ならばDMVとBRT化で事足りると。

 世知辛い世の中である。


「けど、これだと北海道帝国鉄道の経営やばくない?」


「厳しいですね。

 民営化時に国から与えられた経営安定基金を切り崩してなんとかやっている状況で。

 うちと組んで稼ぎを作ろうと、こいつはその仕掛けの一つなんです」


「ふーん。で、その本命の稼ぎの仕掛けは?」


 私の確認に橘はあっさりとその種を言った。


「排出権取引。

 桂華グループの今の稼ぎは石油と天然ガスですからね。

 今、二酸化炭素を出す『権利』の売買が始まろうとしています。

 うちが出す二酸化炭素排出量を、北海道帝国鉄道が持つ二酸化炭素を吸収するものを買って相殺すると」


「何?その相殺するものって?」


「二酸化炭素は植物の育成に必要なものです。

 バブルのリゾート失敗の土地なんかを買い取って、森林にしてという訳でして。

 こっちは、桂華商会が中心になって市場に関与する事になるはずです」


 世の中上手くできているものである。

 



 無事に式典が終わり、試乗会となったのだが……


「バス傾いてない?」

「あれで正常なんですよ」


 DMVの定員は34人。

 座席を取り外して貨物スペースも確保できるという仕様に私はやっと気づく。


「もしかして、これを走らせる所って定員埋まらない……」


「朝夕は埋まる『かもしれません』」


 三木原社長の一言が全てを察していた。

 このDMVは桂華グループの支援もあって、一次生産車が30台ほど作られて赤字路線を走る事になる。

 とはいっても、その路線の赤字をなんとかできるようなものではなかったので、北海道帝国鉄道は頭を抱える事になる。

 また、全国でDMV導入が進み、法整備が推進されるのだが、それは後の話。




────────────────────────────────


DMV

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AB


BRT

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%88


排ガス規制

 石原知事の功績の一つ。

 これが巡り巡って欧州のディーゼルを殺す事になろうとは……


スイスのモーダルシフト

 https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/09/22015759018cf2d0.html


コンビニATM

 セブンイレブンのコンビニATMが開業したのが2001年。


銀河線

 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線。

 2006年廃線。


排出権取引

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%92%E5%87%BA%E6%A8%A9%E5%8F%96%E5%BC%95

 なお、これで大儲けしているのがあのテスラだったりする。

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