天満橋流公私混同術 浪漫風味

 私ぐらいの企業経営者──中二でそんな言葉を吐きたくはないのだが──になると、下々の決裁なんて当然全部できる訳もなく。基本はそれぞれの企業の社長にお任せである。

 とはいえ、監査部門で問題があるやつについては、企業トップだけでなく私の方にも報告が来るようにしている。

 で、そんな監査部門からまた微妙な案件が持ち込まれたのである。


「北海道の救済牧場の隣に、桂華商会の天満橋副社長が個人経営名義で牧場を買った。

 彼の管理事業に競馬を扱う桂華競走馬があるので、利益相反になる可能性あり……?」


 橘と藤堂を呼んで確認をすると、ああみたいな顔をする。

 つまり、この二人でも扱いに困ってこっちに流したという訳だ。

 という訳で、天満橋のおっさんも呼んで事情を聴くと、してやったりな顔で頭を下げやがった。


「えろうすんません。

 桂華競走馬に関わっとったら、つい浪漫に火がついてまいましてな。

 桂華の名を汚さへんように別口で用意したんですわ」


「別口?浪漫?」


 首をひねる私。

 後から考えるとこの時点でおっさんの策にはまったんだろうなぁ。


「ほら。

 うちのケイカプレビュー。大逃げかました時がありまっしゃろ。

 ああいう馬がおったんですよ。昔」


 で、当然その馬のレースをビデオで見る訳で。

 93年七夕賞とオールカマーのレースを。


「すごい……」

「ああ。これですか」

「ダメだよ。副社長。これは。

 我々でもハマるのに抵抗がないお嬢様はまっちゃうじゃないか」


 橘と藤堂ですら苦笑する。

 知っていたらしく、その顔も懐かしさが浮かんでいる。

 オッサン世代に酒と煙草とギャンブルは過去と同義なのだ。

 というか、後から気づいたが橘と藤堂あんたらグルだな。


「で、懐かしさに調べてみたら、山形の上山競馬場に転厩してその後引退。

 種牡馬入りも98年に亡くなって、子らが数頭いましてな。

 血を残してやらんとなと思って、個人的に」


「だったら、これ見せて私のプロジェクトに入れちゃえばよかったじゃない?

 私、別に断らないわよ」


 納得できない私に天満橋のおっさんは楽しそうに苦笑する。

 というか私を見ておらず、先の競馬場を夢想していた。


「こいつは、大勝利か惨敗のどっちかしかせえへん馬なんですわ。

 嬢ちゃんの馬は樺太が絡んで『勝たねばならん』馬になりつつあります。

 ケイカプレビューみたいな馬でもまだきつい。

 そういう馬を今年から本格的に投入するんですわ」


 財閥や華族や地方の名士の社交場である馬主社会で手っ取り早く成り上がるには、金もそうだがそれ以上に勝利こそが求められる。

 金をつぎ込んでも勝てないのが競馬なのだ。

 ケイカプレビューはジャパンダートダービーを目指しているが、


「夏の放牧の後はマイルチャンピオンシップ南部杯かJBCスプリントあたり出せたら。

 ただ、勝ち目が薄そうなジャパンダートダービーを回避するのも選択肢の一つです」


 と言われている。

 ケイカプレビューの評判は『掲示板にはのる馬』という感じなので、なんというか……うん。

 いや、頑張っているのは分かっているんだけどね。

 桂華競走馬の本命は来年クラシックデビューの馬たちである。

 とまあ、ロマンからビジネスに変わりつつある競馬で浪漫を求めたおっさんは、別口を用意したという訳だ。


「ギャンブル、いや、ゲームに勝つ馬が必要なんですわ。

 けど、この馬は違います」


 なんでこういう所で殺し文句を言うのだろう。天満橋のおっさんよ。

 私も橘も藤堂も完全にその一言で負けた。


「こいつはね。嬢ちゃん。

 ドラマをつくるかもしれへん馬なんですわ。

 せやったら、嬢ちゃんの、ケイカの名前はつけられまへんやろ?」


 なお、公私混同というのも実にバランスのとれたギリギリセーフラインを押さえている。

 運搬や管理を桂華競走馬に委託する形にしていたり、種付けも桂華競走馬のついでみたいな形でスケジュールを組んだり、資金もこの馬の人気が高い事もあってそんな浪漫金主を束ねて運営する事にして最低限のラインは守っていた訳だ。

 だからこそ、おっさんの言葉にやられた私は決断する。


「水臭いわね。

 九十九の敗北も最後の勝利で飾ればいいのよ。

 そのプロジェクト、私も噛ませなさい。『ケイカ』の名前も許可します」


 ここでこういう言い回しで私が決定すると、三人はなんとも言えない顔になる。

 この言い回しの語源を彼らは知っているのだ。


「項羽と劉邦ですな。

 たしかに、ビジネスは最後に勝てばいいのですが……」

「華族は面子がありますから、劉邦よりは項羽を求められるんですよ」

「だから没落するんでっしゃろ……おっと失礼」


 藤堂・橘・天満橋の三人の言葉に私は苦笑して、天満橋の個人牧場はある意味計画通りに私の桂華競走馬に組み込まれた。

 なお、このおっさんのえぐい所はあの馬の孫を育てている事をさりげなくリークして話題作りを盛り上げた所だろう。

 何しろケイカプレビューという前例があるので、いつの間にか『桂華の大逃げ決戦兵器』なんてネットで取り上げられる事に。それは苦境の北海道競馬業界にとって支援の良い追い風となった。

 このあたりの公私混同でそれとなくプラスに持って行く手腕はやっぱりこのおっさんすげーわと脱帽するしかなかったのである。


「ちなみに、名前何にするの?」


 ある意味浪漫を取り上げた形になったので、命名権は天満橋のおっさんに譲る事にした。

 で、おっさんは少し考えてその名前を口にしたのである。


「ケイカツインロマン」



 ────────────────────────────────


あの魔の2005年クラシックに師匠の孫参戦!

がんばれ。サイコロは振ってやる。

という訳でウマ娘風で


スピード S  スタミナ B  パワー C  根性 A  賢さ C


芝 A  ダート C


短距離D  マイル A  中距離 A  長距離 C


逃げ S 先行 A  差し G  追込 G



……お前の親誰なん???

素でチャンミオープンに出せる能力だ。こいつ。

親はいつものように募集します。



九十九の敗北も最後の勝利で

 項羽と劉邦でよく聞くけど、元ネタがいまいちわからない。

 知っている人いたらよければ感想にて書いてくれると助かります。

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