お嬢様『の』ゲームセンター の外側

 夜の街というのは光よりも影の方が濃くなる。

 そういう所を好む連中も居るのは事実なのだ。


「昼間カードを巻き上げたやつ、マックス十万まで入れてやんの。うけるー」

「おかげで当分遊び放題だな!

 金を巻き上げるよりこれからはケーカだな。ケーカ!」

「このあたりを仕切っていた連中もパクられて消えたし、俺たちの時代到来って訳よ!」

「わはははははは……」


 酒とたばこの臭いが漂う高架橋下の資材置き場で勝手に焚かれた焚き火の傍ら、このあたりの不良が気勢を上げていた。

 彼らの前任者が何故消えたのか?その意味を理解できないからこそ、彼らは自ら生贄台に上ったのである。


「おーい。そこで粋がっている坊主ども」


 間の抜けた中年の声に彼らが振り向くと、黒のスーツにハットを浮かせたサングラスをかけた中年が一人。

 彼らの世代ではこれがコスプレだということにも気づかないだろう。


「何だオッサン。ヤるのか?」


「まさか。若人に勝てるような力はもうないよ。

 聞きたいんだが、ここを根城にしていたカラーギャングの連中知らないか?」


「あん?

 あいつら警察にパクられてよ!

 今や俺たちがここを根城にしているって訳。

 おっさんも、ケーカを俺たちにくれるのか?」


「そうか。

 情報通り、新しい馬鹿が根付いたって訳だ」


 不良たちが中年の声の意味に気づく前にコンと甲高い音がコンクリートに響く。

 中年の手から落とされたものが何か理解する前に、そのスタングレネードが炸裂し、彼らの目と耳が一時的に使い物にならなくなり、それに続く音が聞こえないし、自らに迫る網が見えない。


「うわっ!?

 何だこれ?動け……」


「見えない…聞こえない……助け……」


「探偵法に基づき、依頼者から盗まれたケーカの回収を行う。

 その後は警察で窃盗容疑で拘束だな。覚悟しておけ」


「畜生!やってられるかよ!!」


 運よく、もしくは運悪くネットランチャーから逃れた不良のボス格が、ポケットからバタフライナイフを取り出して構える。

 それをサングラス越しに見ていた中年は実に哀れな顔で見た。


「このままだと傷害もしくは殺人未遂の現行犯だな」


「うるせえ!

 俺はここからビッグになるんだよ!!

 こんな所で終わってたまるか……え?」


 バタフライナイフで中年めがけて突っ込もうとした不良のボス格は、中年の前に立ちふさがる鎧を着た何かに取り押さえられる。

 彼の自慢のバタフライナイフは、強化外骨格に傷をつけるだけで終わった。


「制圧完了。

 警察に報告を」


「容疑者は拘束して警察署に送るように」


 捕り物を主導している北樺警備保障の警備員たちが、素人とは思えない動きで不良たちを拘束して車両に載せてゆく。

 首都圏底辺校の不良たちに格好の獲物の情報を流して食いつかせて、一斉に拘束・補導する浄化作戦は順調に進んでおり、彼らのバックに居たヤクザ周りにもガサ入れが入るという大規模なものになりつつあった。

 樺太銀行マネーロンダリング事件でマフィアやヤクザの上が潰され、こうして下の末端構成員が浄化作戦で抑えられていく現状、彼らとしては事が終わるまでおとなしくするしか選択肢は残っていないのだが、それが分かる頭があるなら闇の住人になんてなっていない訳で。


「お疲れ様です。近藤さん」


 乗り込んだワゴン車の運転席にいた三田守が近藤俊作に声をかける。

 何であんな危ない事をしたかというと、探偵と警備会社の依頼の違いがあったりする。

 あくまで、探偵近藤俊作の仕事は依頼主が奪われたケーカの回収であり、ここの不良たちの拘束ではない。

 たとえ、そのケーカが意図的に上がばら撒いたものであっても、不良の拘束には彼らが先制して襲ってくるというロジックが必要で、強化外骨格の装甲兵の警備員は近藤俊作が雇った護衛という形になっている。

 なお、この警備員雇用費用は経費で落ちる。


「めんどくさいな。この仕事。

 一介のタクシー運転手に戻りたいよ」


「そんな事言ってその恰好ノリノリじゃないですか」


 近藤俊作のコスプレ衣装だが、その下には防弾チョッキや防刃ジャケット等のガチ装備がしっかりつけられている。

 彼の愛車である軽のワゴン車も、防弾仕様の窓ガラスとドアに取り換えられていた。


「こんなコスプレでもしないとやってられんの。

 ゲオルギーのやつが羨ましく思えるよ」


「あっさり帰っちゃいましたからね。あの人」


 多分この展開を読んでいたのだろうこの二人の知り合いであるゲオルギー・リジコフは、新宿ジオフロント工事の契約終了に伴って樺太に帰ってしまっていた。

 この三人と愛夜ソフィアで防いだ新宿ジオフロントのテロ未遂の報酬として、彼らはこの手の依頼が提案という形で強制され、自動的に口座に報酬が振り込まれており、そろそろその口座の金額は億に届こうとしていた。


「小野副署長。出世するそうですよ。

 この間ネットカフェの方に来てぼやいていました」


「ざまぁみろ」


 新宿ジオフロントテロ未遂事件に関わった近藤俊作たちですらこれである。

 表に出て英雄となった小野健一副署長も出世させられた。

 木更津方舟偽札事件担当管理官として麴町警察署副署長の椅子を離れたが、お嬢様係である事は変わらず。

 捜査本部は半年後を目途に解散される予定で、その後は秋の人事に合わせて麴町警察署署長の椅子が彼を待っている事になる。

 なお、大規模警察署である麴町警察署署長の階級は警視正であり、ノンキャリアの小野警視がそこまで出世する事自体が、成田空港と新宿ジオフロントでの大粛清を物語っており、官僚組織人事の正常化には数年かかるだろうと言われていたりするのだが、この二人が知る訳もなく。

 だから二人の話はそのまま次に移った。


「そういえば、水樹ちゃんに聞いたけど、最初桂華が俺たちに払おうとした報酬って小切手だったらしいですよ」


「へー。桂華グループの。

 それでよかったんじゃないか?

 こんな道化みたいなことして報酬もらうぐらいならば」


 やさぐれた近藤俊作の愚痴に、三田守は目をそらしながらその先を口にした。

 最初神奈水樹にそれを聞かされて見せられた時に、彼はそれが理解できなかった。


「桂華院瑠奈名義の白紙小切手。

 一兆円までなら好きな金額を書いてもらって構わないって奴だそうで」


「……は?」


「水樹ちゃんに見せてもらいましたよ。それ。

 彼女も、桂華との仕事でもらったそうなので」


「それ『絶対逃がさない』って言っているの分かっているのか?」


「……ああ。あれ、そういう意味だったのか」


 なお『書いてみる?』なんて神奈水樹に小切手とボールペンを渡された三田守は丁重にお断りしてよかったと心から思ったが、そんな事を言うつもりもなく。

 口から出たのは別の言葉だった。


「じゃあ、俺たちの報酬に桂華はいくら払うつもりなんでしょうね?」

「聞かない方が幸せって事だ。

 帰るぞ」


 そう近藤俊作に促されて、三田守が軽ワゴン車を動かして夜の街に消えていった。




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バタフライナイフ

 ドラマ『ギフト』の影響で実際の事件が発生し規制される事になった。

 

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