お嬢様『の』ゲームセンター の裏側

「お疲れ様です。店長代理」


「お疲れ様」


 ケイカ・ゲームズが運営する『トライアド・アミューズメント』帝都学習館学園前店店長代理愛夜ソフィア。

 彼女はもちろんこの地位に就きたくて就いた訳ではない。

 彼女の雇い主である桂華院瑠奈の遊び場として作られたこの場所は、何よりも彼女への忠誠が求められる場所であり、色々あって彼女を裏切る事ができない愛夜ソフィアはネットカフェを経営していた事もあって抜擢されたという事になっている。

 それは表向きの話ではあるが、その実態はなかった事になっている新宿ジオフロントでのテロを防いだ彼女たちへの報酬の一環としてこの席が用意された事を知っているのは当の本人ばかりなり。

 かくして、彼女は雇い主である桂華院瑠奈がこの店に遊びに来る時だけ、二十代新婚女子高生からアミューズメント施設店長代理に姿を変える。


「今日十五時からお嬢様がこの店に遊びに来るから、お嬢様用のシフトに切り替えるわよ。

 警備シフトの変更、スタッフの入れ替え、ゲーム機のチェック、お客様の身元確認は今のうちにしておいて頂戴!」


 一般人を締め出したい警備側とそこまでして遊びたくないお嬢様との対立は、妥協点としてこの店の設置と相成ったのだが、それができるのもケーカによる身分証機能で個人データを確認できるのが大きい。

 もちろん、知らない人間が現金でも遊べるのだが、そんな人たちにもケーカで遊ぶ方がお得とロジックでカードを作らせて個人データを確認する。

 それでもケーカを作らない人は監視カメラと各フロアのメイドによる要監視対象となる。


「お疲れ様です。

 先輩の旦那からカラーギャングがらみの報告書が来てますよ。メールで」


 店長代理室という名前のお嬢様対策指令室で先に入っていた野月美咲が愛夜ソフィアに声をかける。

 ハッカーとしての才能は愛夜ソフィアより野月美咲の方が上なのだが、そのハッカーを束ねて何かするみたいな事は愛夜ソフィアの経験の方が勝っており、年の功からすんなりと彼女を先輩と呼ぶ一人である。

 野月美咲の声で机のパソコンを開いてメールを確認すると、カツアゲをしようとしたカラーギャングについての報告書が彼女の旦那である近藤俊作から送られていた。


「……東京・神奈川・埼玉あたりのカラーギャングの間でこの店舗は有名になりつつあり、ここを抑えた組織が関東の裏社会のトップに君臨できると言われている……ねぇ。

 誰が考えたか知らないけど、上のシナリオ通りに進んでいるじゃないの」


「なかった事だからこそ、つじつま合わせが大変なんですよ。これが」


 新宿ジオフロントで発生したテロ未遂事件はなかった事になっている。

 とはいえ、それに伴う警察内部の人事異動は確定しており、その人事異動――現幹部は花道づくりに、成田空港テロ未遂事件で飛ばされた現場幹部は復帰の功績欲しさに――の生贄として捧げられたのが彼らカラーギャングという訳だった。

 なお、完全敗北した振付師抹殺に燃える米国とロシアもこのカラーギャングに彼が潜んでいると踏んで協力しており、この店という誘蛾灯に誘われた哀れなカラーギャングたちは、背後のヤクザ共々警察の浄化作戦の犠牲となった。

 既に壊滅したカラーギャングは6、背後に居た暴力団4団体がガサ入れに入られ、逮捕者の数は11人、補導者の数は百人を超えようとしていた。


「店長代理居る?」

「居るわよ。何か問題が発生した?」


 愛夜ソフィアが受話器を取ると、下のフロアに居たイリーナ・ベロソヴァの声が聞こえる。

 彼女はお嬢様来店に向けて、武装メイドに混じって店内チェックをしていた。


「スカウトマンが来てる。

 メイドたちをナンパしている」


 風俗に女の子を紹介するスカウトマンが、極上の花がそろっているこの店の女の子をスカウトしに来るのは、万一でも引っかかったら返って来るリターンが莫大だからで、財閥や華族子女のスカウト成功は、その財閥や華族の弱みを握るある意味誘拐に匹敵する威力を発揮する。

 カツアゲについてはある程度の想定をしていたが、スカウトについては想定外だったが、彼らの背後にもヤクザが絡んでいるのでまとめて潰してしまおうというのが警察との協議で通達されたばかりである。


「あー。こいつですね。

 こりゃ、スカウトでも新米みたいですね。

 歌舞伎町のスカウト会社に所属しているデータベースにこいつの顔ないですもの」


 野月美咲が監視カメラを操作して入り口あたりのメイドに冷たくあしらわれているスカウトらしき人物を捕える。


「捕まえたら知らぬ存ぜぬとスカウト会社側は言い逃れるつもりね。

 そうはいくもんですか。

 イリーナ。それとなく、ナンパされて背後を洗ってくれない?

 グラーシャと武装メイドを一人バックアップにつけるから」


「了解」


 受話器を置くとまたすぐにベルが鳴り愛夜ソフィアは受話器を取り直す。

 今度は、ユーリヤ・モロトヴァからだった。


「ユーリアよ。

 ここから二キロ離れた自販機でカツアゲされたケーカの使用が確認されたわ。

 これで残高0だから、使った奴こっちに来るかもよ」


「その履歴データ、こっちでもチェック……これですね。

 監視カメラに顔がばっちり映っていますよ」


 ケーカの使える自販機には、防犯を理由に監視カメラがつけられていた。

 更に、帝西百貨店系列のコンビニのカメラもこちらから自由に見れる。

 今回は警察との協力もあり、町の防犯カメラにNシステムまで使えるという至れり尽くせり。

 それでも『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』とはよく言ったもので、近隣の馬鹿が捕まった結果、その空白地帯を狙って別の馬鹿が動き、という馬鹿の連鎖はまだ止まらない。


「こっちから仕掛けましょう。

 警備に連絡して馬鹿をこの店に近づける前に捕まえて頂戴」


「了解」


 そんなやり取りをしていたらドアが開いて劉鈴音と留高美羽と秋辺莉子が入って来る。

 三人ともメイド姿で、それとなく店内に立って警護する予定になっていた。


「お嬢様の来店は予定通り一時間後。

 橘由香、久春内七海、遠淵結菜がついている。

 遊ぶときは橘由香以外は御学友の傍から離れる予定です」


「じゃあ、みんなのシフトの再確認を……」


「遊びに来ました!

 ……あれ?」


 側近団・お嬢様・愛夜ソフィア共通の知り合いなのをいい事に、顔パスで遊びに来た神奈水樹を見た一同の視線はこれ以上なく冷たいものだった。




────────────────────────────────


スカウト

 なお、一躍有名になった『新宿スワン』(和久井健 ヤンマガKCスペシャル)は2005年から始まっている。


浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ

 石川五右衛門の辞世と伝えられる歌で初句まで入れるとこうなる。


石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ

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