裕次郎君の家庭の事情 その3

 泉川太一郎議員が参議院比例代表で立候補する事を表明した後、ちょっとした動きがあった。

 裕次郎君の地元で泉川副総理引退後を見据えた動きが出ているらしく、かつての太一郎議員みたいに参議院立候補の噂が聞こえたのだ。


「やるとしたら、市議の兄の方だね」


 放課後、そんな話を振ったら裕次郎くんは秘密にする事もなく真相を口にした。

 表情からみて、それほど大事でもないみたいだ。


「今のご時世、地盤の継承にも作法があってね。

 小選挙区は野党系候補との一騎打ちに勝たないといけないから、勝てる候補にならないといけないんだよ。

 小選挙区を継承する資格としては、参議院議員や県議、最低でも県庁所在地市長ぐらいの格は欲しいんだよね」


「ん?

 知事は駄目なのか?」


 聞いていた栄一くんが横から口を挟む。

 裕次郎くんは少し考えて返事をした。


「知事は格としてはかなり上なんだよ。

 それと、官僚上がりの人が座る事があるから難しいんだよね」


「なるほど。

 ポストが奪われて、出た省庁から恨まれかねないのか」


 裕次郎くんの隣に居た光也くんが納得する。

 なお、地元が天下りを気に入らないケースもあるが、ここでは話がそれるので口にしない事にする。

 光也くんの納得を見ながら裕次郎くんは続きを口にする。


「比例代表議員ってのは、ある意味国会議員の妥協と同時に命綱なんだよ。

 議員は落ちればただの人だから、とにかく勝たないと意味がない。

 けど、安全な所から勝てる人間が上に立って『従え』と言った所でという訳」


 多くの比例代表当選議員が何だかと理由をつけて補選などで地元に立候補するのはこれが理由である。

 特に総理を目指す者は己の選挙区に帰らなくても当選できる事が第一条件。

 その上で、多くの選挙区を遊説して味方議員を助けなければならない。


「だから、市議の兄が父の地盤を継ぐならば、県議が最低条件。

 太一郎兄さんみたいに参議院議員狙いもいいけど、比例代表に太一郎兄さんがいるんで選挙区狙いになるし、そこは与党と野党の現職に割り込む事になって勝てそうもないからこれも除外。

 知事を狙うなら現職、それも天下り系と戦うから色々と敵に回す。

 どうやって取りに行くのやら……」


 裕次郎君の苦笑に私はゲームの設定を思い返す。

 泉川副総理、ゲームでは蔵相で引退したのだが、その後の兄二人の骨肉の争いの結果地盤が崩壊して野党に持っていかれる事に。

 県議の兄が選挙で討ち死に、その後に市議の兄もまた選挙で討ち死にして、エンディングで裕次郎君が初当選するシーンが出るから、下手すると十数年泉川一族は国政に帰れないという事になる。

 それに比べたら、裕次郎くん個人はゲームよりはるかにましな未来になっているのだろう。多分。


「そういえばさ、神戸先生立候補するかもって言われているけど本当?」


 いつの間に来たのか明日香ちゃんが私の隣に来て話に加わる。

 なお、参議院だと任期は六年、二期で十二年、三期で十八年なので、本気で議員をすると裕次郎くんや明日香ちゃんあたりのデビューとかぶるのだ。

 こういう話だと絡んでくるのは自分の将来が政治家か政治家の妻だと決まっているからで、敵だろうが味方だろうが議員になるならば将来的な選択をという明日香ちゃんの動きは理解できなくもない。


「さすがに私もその話は掴んでいないから聞いてみましょうか?

 当人に」


 せっかくこの学園にまで時々やってきて私たちに講義をしてくれるのだ。

 来た時に質問ついでに話を振ってみたら、あっさりと野党側に誘われている事実を認めた。


「ええ。

 誘いは来ていますよ。

 お断りしましたけどね」


「どうしてなのですか?」


 下手な記者より鋭く明日香ちゃんがつっこみ、裕次郎くんも一言一句聞き漏らさないようにと視線を神戸教授から目をそらさない。

 神戸教授はあっさりとその理由を私たちに言う。


「一つはお金ですね。

 職を投げうって、落ちたら明日のご飯を心配しないといけません。

 リスクを考えると怖くてできませんよ」


 ここで非拘束名簿式という比例代表のシステムが出て来る。

 例えば野党側目玉候補として神戸教授が立候補しても、当選が約束される訳ではないのだ。

 各政党内の当選者は、立候補者が得た個人名票の順位によって決められる。

 個人票が少なかったら、野党勝利でも目玉候補落選というのがありえるのだ。


「先生だったら当選すると思いますけど?」


「まぁ春日乃くんの見立てはあながち間違いではないですね。

 この選挙なら、武永大臣と比較されて当選できるでしょう。

 その次の六年後はどうでしょうね?」


 明日香ちゃんと裕次郎くんは黙り込む。

 それが神戸教授の質問の答えだった。


「私が担ぎ出されたのも武永大臣対策で、それ以上は求められていません。

 恋住政権はさすがにそこまでは続いていないでしょうから、六年後の選挙で再選するならば自力で何とかするしかない。

 そして、テレビの知名度は出ないと加速度的に低下します」


 参議院比例代表候補は全国から票を集めるために有名人の登用が多いが、その有名人は議員になるとメディアへの露出が激減する。

 その為二期目を続けられる議員は思ったより少ないのだ。

 じゃあ、落選したからと言って元のメディアに戻ろうとしても六年のブランクが容赦なく襲ってくる。

 『議員は落ちてしまえばただの人』と揶揄されるが、ただの人にすらなれなくなるのが議員という職なのだ。

 結果、富裕層や世襲が蔓延する事になる。

 そんな事を考えているのを見透かしたのか、神戸教授は苦笑しながら肩をすくめたのである。


「この選挙、年金問題で野党党首と官房長官が相打ちした時点で勝負がついているんですよ。

 野党は態勢立て直しで選挙を戦わないといけない。

 与党の、総理の打倒じゃないんです。

 勝てない選挙に手を上げるほど私も馬鹿じゃありませんよ」




────────────────────────────────


比例代表による幹部選出

 一番わかりやすいのが共産党で、あの党はこれによって序列が決定的なまでに固定化している。

 長期体制を作れるのだが、そのデメリットについては現実を見ると察してくれると思う。


天下り系知事

 書いててふと納得したのが、野党系知事が無党派層をかき集めて知事を掻っ攫った場合、その時潰された与党候補者が天下りなので、ある意味この時点で既に野党側の官僚嫌いは構造的になっているという所。

 それに政治主導という言葉で装飾して官僚排除を進めたがいいが……真面目に小沢さん系列を取り込めたのは天祐だったし、それを活かせなかったのがあの悲劇に繋がる。


有名人候補者

 昔は文壇(山本有三さんや今東光さん、近くは石原慎太郎さんや田中康夫さん)からテレビの時代になりテレビタレント(立川談志さんや青島幸男さんや西川きよしさんや横山ノックさん)とかに変わってゆくのは、民意の動向として面白いと思ったり。

 あと、大阪の『お笑い百万票』あたりは今の維新の源流みたいな所になるので調べたいのだが圧倒的に時間がないんだよなぁ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る