裕次郎君の家庭の事情 その2
「大丈夫です。
どうかそのまま参議院議員をお続けください」
私の即答に泉川太一郎議員は面白そうに笑う。
裕次郎くんだけでなく栄一くんや光也くんも私の方を見て驚く。
迷うことなくまさか即答するとは思わなかったのだろう。
「スポンサーの意向とはいえ、理由は聞いてもいいのかな?」
「簡単な事です。
十年後の総理の椅子より、来年の参議院の方が問題なんですよ。今は」
私は淡々と断言する。
来年の国会は、この国を劇的に変えるからだ。
「恋住総理はやる気です」
栄一くんが首をひねる。
ある意味、一般人の反応だろう。
「ん?華族特権の解体も目途がついているのに何をするんだ?」
「郵政民営化法案」
恋住総理のえげつない所は、一般人にあまり理解できない郵政民営化法案を一丁目一番地から最後まで外していない所にある。
つまり、彼は郵政民営化の旗印の下に他の重要法案と妥協できるのだ。
不良債権処理や樺太特区法、流れた派遣法改正や現在進んでいる華族特権解体に道路公団民営化あたりは、郵政民営化の為に『妥協する』というロジックで処理したのだ。
だからこそ、郵政民営化だけは妥協できず、その郵政民営化法を巡る暗闘は立憲政友党内部で激化しつつあった。
もっとも、一般大衆の反応は今の栄一くんと同じで、あの法案がどうして重要なのか分かっていないのだが。
「なに他人事のように首をひねっているのよ。栄一くん。
あの法案は不良債権処理と民間でできるものは民間での最終的解決を目指しているんだから」
「ああ。樺太銀行がらみか。
という事は、桂華金融ホールディングスもその流れに乗っていたのか?」
光也くんの納得に私は苦笑する。
そういう未来もありえた風な顔で私は桂華金融ホールディングス上場の裏事情を暴露する。
「世界と戦えるメガバンクを旗印に金融ビックバンが起こったけど、あれの目玉が郵政民営化なのよ。
莫大な郵便貯金を原資に政府系金融機関を民営化して、不良債権処理を解決する。
樺太銀行マネーロンダリング事件と、桂華金融ホールディングスが想定以上に不良債権処理を進めたからこの構想が頓挫したんだけどね」
「ああ。だから大臣が立候補する話になったのか」
私の話に太一郎議員がポンと手を叩く。
七月に行われる参議院選挙にて、武永信為経済財政担当大臣が立候補を表明。与党側の目玉候補としてニュースを騒がせていた。
この背景は『選挙で選ばれていない民間人のいう事が聞けるか!』という議員や官僚たちの抵抗に業を煮やした恋住内閣側の逆襲だと言われていた。
なお、それに対抗できる学者候補としてマスコミを騒がせているのが神戸総司教授で、野党側が比例代表にと接触しているとか。
栄一くんがボソッと呟いた。
「穂波銀行。グループに入れたはいいが、内部統制のひどさに解体して売り払う意見がグループ内部から出ている」
さもありなんという顔を私がしたのを知ってかしらずか、栄一くんは続きを口にした。
「うちはカーローン絡みと損保があればいいんで、丸抱えする必要もない。
これで中がまともならばまだ良かったんだが、システムトラブルの詳細を見てさじを投げた。
穂波コーポレート銀行と穂波損保を残して売り払うという意見が日増しに強くなっている」
「元はとれるのか?」
光也くんの確認に栄一くんはわざと笑顔を作った。
主導したのが栄一くんなだけに色々あるのだろう。
「売ると言っても瑠奈の所と同じで、上場した際に保有株を売り払うという奴だ。
中はあれだが、昨今の景気回復で保有株が上がっているから不良債権処理は終わらせて上場までは問題ないと踏んでいる。
俺自身については帝西鉄道を得たから、傷はつかないという判断もあるんだろうな」
たしかに、穂波銀行の不良債権だった帝西鉄道を救済して湾岸再開発に絡めたのだから、栄一くん個人としては大成功と言えなくもない。
後は、図体がでかすぎて処理が面倒な穂波銀行を押し付ければめでたしめでたしという訳だ。
「なるほど。絵図面が見えてきた。
メガバンクの不良債権処理は桂華金融ホールディングス上場で終わったが、政府系金融機関というか樺太銀行の不良債権処理が最後まで残っている訳で、こいつを郵貯マネーで処理する腹なのか」
光也くんの独白に誰も異を唱えない。
誰が言ったか国内で生き残れるだろうメガバンクは四つ。
一つは郵貯が座り、規模で行ったら次は財閥系の帝都岩崎銀行。
その次が二木淀屋橋銀行で穂波銀行はその次、桂華金融ホールディングスは最後というのが今の所の序列だ。
その穂波銀行がこんな状態ならば、サバイバルとなったメガバンクが食べない理由がない。
「栄一くん。それ、私に食べないかと誘っているの?」
「中を知っているから、あまりお勧めしない。
だが、規模を取りに二木淀屋橋銀行がうちに接触してきている。
穂波銀行が食われたなら、規模が劣る桂華金融ホールディングスはその後に確実に話題になるぞ」
郵政民営化法案は、メガバンクの最後の椅子取りゲームとして認識されるだろう。
太一郎議員が私に再度確認をする。
「今の話の上でだ。
参議院議員として私は何をすればいいのかな?」
「参議院で親しい人を作って集めておいてください。
郵政民営化法案は確実に揉めます。
万一廃案なんかに追い込まれたら、あの総理の事です。
どんな逆襲に出るかわかりませんよ」
私の怯えすら含んだ声に、聴いていた四人も何も言わなかった。
翌日、泉川太一郎議員は参議院比例代表で立候補する事を記者会見にて表明する事になる。
────────────────────────────────
道路公団民営化
これもごたごたしたのだが2004年閣議決定。法案成立の後に2005年民営化する。
武永大臣立候補
本当にこの人評価していないけど、この時の立候補と当選は評価せざるをえない。
参議院の比例代表とはいえ、非拘束名簿式(各候補者の個人名での得票数で当落が決まる)に変わって落ちる可能性があったのに72万票を集めて当選する。
あの時、これでこの人に表向き文句を言える人は居なくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます