裕次郎君の家庭の事情 その1

「そういえばさ、裕次郎君のお兄さんどうするの?」


 学校の休み時間なんとなしに裕次郎君に話を振ってみる。

 一部マスコミが騒いでいるのが私の耳に入ったともいう。


「その件は一度桂華院さんを招いて話をしたいんだよね。

 ほら。うちのスポンサーだからさ」


「何の話をしているんだ?裕次郎?」


 私たちの話に栄一くんが入って来る。

 授業前の雑談なので、簡単に私は説明した。


「裕次郎君のお兄さんの話。

 参議院選挙今年改選なのよ」


「よかったら栄一くんも桂華院さんと来ないかい?

 後藤くんも一緒にさ」


「それは構わないけど、何で俺たちもなんだ?」


「そりゃ、三人はお兄さんにとって身内だからね」


 結果が出る前に選挙事務所に入っているって本当に大きいんだなと他人事のように思った私であった。


 で、数日後。

 永田町の泉川事務所に三人でお邪魔すると、すっとマスコミが寄ってきたので護衛メイドがブロックして中に。

 ネタになるって事は、そこそこ揉めているらしい。


「よく来てくれた。

 事務所は父の物だけど、この部屋は私の部屋だから、ここだけはゆっくり寛いで構わないよ」


 泉川事務所は泉川副総理の部屋もあり、そっちが中心なのでお兄さんである太一郎議員の部屋は端に置かれている。

 そういう所からも衆議院と参議院の差みたいなものが見え隠れするのが面白い。

 部屋のソファーに座ると秘書が飲み物を持ってくる。

 栄一くん用のコーラと私のグレープジュースを把握しているのはさすがというか。


「そういえば、光也って飲み物にこだわりってないのか?」


「あまりないな。

 これもこういう所ならあるだろうってチョイスだし、なかったら日本茶を頼んでいたよ」


 秘書に頼んでホットコーヒーをお願いした光也くんは砂糖とミルクを入れながら話す。

 お茶請けのクッキーをパクリと口にしたあたりで太一郎議員は本題に入る。


「ちょっと、次の選挙で界隈を騒がせている。

 その解決のためにも、尽力してくれた君たちの話を聞きたいと思ってね」


「選挙に出るのではないのですか?」


「出るつもりなんだが、何処から出るかなんだよ」


 太一郎議員はテーブルにいくつかの記事を置く。

 彼の去就についての憶測が、そこそこの大きさで書かれていた。


「お嬢様の縁で知り合った北海道経済界は北海道選挙区からの立候補を望んでいる。

 だが、うちの調査だと二議席独占は難しいという結果が出ている。

 外務省スキャンダルで議員辞職に追い込まれた元議員が立候補を表明していて、分裂選挙が避けられないんだ」


 参議院北海道選挙区の定数は二。

 与党と野党の現職がそれぞれ一議席を持っており、与野党とも議席の独占を狙っていたのである。

 ここで太一郎議員が立候補すれば与党側は三になって、票が割れたら野党側に二議席を持っていかれかねない。


「で、比例代表だが、大雑把な計算で百万票で一議席と思ってくれるといい。

 その多くが政党名で、そこから個人名義票で当落が決まる。このラインが15万票だ。

 私が出た選挙がまぁ酷かったから、比例代表ならばそこまで悪くはないと思っている。

 もちろん、北海道経済界やお嬢様の支援あっての話だけどね」


 なるほど。

 多分通るというラインはキープしているらしい。

 だとしたら、私たちをここに呼ぶ訳もなく。


「で、ここからが本題だ。

 この選挙に出ないという選択肢がある」


「衆議院と地元への鞍替えなんだ」


 太一郎議員の言葉を彼の隣にいた裕次郎くんが補足する。

 世襲と批判は受けるだろうが、それで勝ってしまえるのならばその土地の有権者の選択なのだ。

 裕次郎くんがホワイトボードを用意して説明を続ける。


「参議院議員の任期は六年で半分ずつの改選。

 衆議院議員の任期は四年だけど解散があって、平均任期は大体二年半。

 去年選挙があったから、こんな感じになるんだ」


衆議院 2003年選挙    2005年選挙?  2007年選挙  2009年選挙?

参議院      2004年選挙       2007年選挙      2010年選挙


「嬉しい事に父はまだ元気に議員を続けたいみたいだ。

 という事は、父の引退は先だが前回の選挙の任期満了である2007年、さらにその先の2011年あたりまでは頑張るつもりなんだろう。

 問題はここからで、恥ずかしい事だが98年のお家事情は実は未だ変わっていない。

 というかもっと悪くなっている」


 裕次郎くんの説明を引き継いだ太一郎議員は苦笑する。

 要するに、お父さんである泉川副総理の引退後を見据えての地盤継承。

 その為にも地元で議員をというのが背景にある。


「私がここで参議院議員を継続した場合、2010年まで比例代表として働く事になる。

 その間、地元議員として働けない」


 この風潮は衆議院選挙が小選挙区制になった事でさらに強まった。

 『小選挙区当選が金メダル、比例代表が銀メダル』と公然と語られるぐらいである。

 今のままだと、地元議員としても北海道選出議員としても働けないのだ。

 それはそのまま議員キャリアに遅れが発生する事を意味する。


「国会議員というのは当選回数がそのまま序列を作る。

 私がこのまま議員を続けても父の派閥継承はできない。

 お嬢様。

 お嬢様の与党として、10年後、20年後を見据えた話として、このままだと私は総理総裁に座れない。

 それでも議員を続けていいのかな?」




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実際の選挙スケジュール


2004年参議院選挙 2005年郵政解散 2007年参議院選挙 2009年総選挙で政権交代



人事で『才能ある人間のみを選べよ』なんて言う物語はよく見る。

そんな人たちは是非『才能ある人間のみを選んだ結果』を見て欲しい。

ちょうどそんな話がテレビでやっているし。



『平家物語』と『鎌倉殿の13人』



 本当にこれはお勧めである。

 少なくとも私はこのあたりを知ってから『才能のみを』なんて言えなくなった。

 そうやって創業の功臣優遇政策をとったのが『修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない』である。

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