ただ馬が走るのを見たかったのに競馬場だけでなく主催にまで絡んでしまったお嬢様の話
「樺太競馬復興議連?」
岡崎から出たなかなか胡散臭そうな名前に私は胡散臭そうな声で返事をする。
まず議連というのだが議員連盟の略で、要するに何かの目的の為に集まった議員の集まりであり、当然議員が集まったのだから法案に絡める訳で、利権団体の陳情窓口の一つとなっていた場所である。
当然この議連には樺太出身議員が集まっている訳なのだが、その集まった理由が分かりやすい。
議連の名前になっているからだ。
「というか、樺太で競馬できるの?」
「なんと戦前には競馬場もあったんですよ。あそこ」
もちろん冬にできる訳もないが、豊原地下都市再開発事業の一つとしてカジノを作ろうという動きがあり、それに合わせて競馬を復興させようという話らしい。
樺太特区法もできたので、法律がらみではかなり楽に進めるはずなのだがと思ったら、その理由を岡崎があっさりとぶっちゃけた。
「お金がないんです」
知ってた。
樺太銀行マネーロンダリング事件で樺太銀行は今もなお脳死状態にある。
銀行の脳死はその地元経済の動脈硬化を招き、現在樺太では急激に景気が悪化しつつあったのだ。
「けど、うちに接触してくる必要ないじゃない?」
私の発言に岡崎が『何言ってんのこの人』という顔になる。
首をかしげる私に岡崎は呆れ顔でその答えを言った。
「『ネッ馬』。あれに入りたいんですよ。奴らは」
「うわぁ」
北海道や北関東や山形の地方競馬救済の切り札として用意された『ネッ馬』だが、当然のように他の地方競馬場も『うちも入れてくれ』という声が殺到。
さらにネットで『ネットで競馬買えるなら他のギャンブルもよくね?』とばかりに競輪やボートレースやオートレースも色めき立ち、監督官庁が『ちょっと落ち着け』と説教すれば地方自治体が『赤字がシャレにならん責任どうとるんで』と恫喝するという愉快……ゲフンゲフン。地獄の釜の蓋が開いた状態になっている。
そんな素敵な場所に新しい仲間が加わって……どうするんだろう?これ?
「他人事のように言いますけどお嬢様。
『ネッ馬』はつまるところ、お嬢様のさじ加減一つの事業なんですからなんとかしてくださいよ」
「そういう事はお役所にぶん投げたいのに……」
「縦割り行政のセクショナリズムと地方の面子の潰しあいと永田町の政争になるからこっちにぶん投げてきているの分かっているじゃないですか」
恋住政権下に行われた諸改革の本質は『財源なしの権限移動』である。
『金は出さんがケツは持つんで好きにやれ』という訳で、この時期の改革の成功事例の多くは自前の財源を確保した所が多かったりする。
その最たるものの一つがこの『ネッ馬』だろう。
「それに悪い話じゃないんですよ。これ。
地方競馬救済で、色々お役所とやりあったじゃないですか。
法律の前例と前からの慣習に散々煮え湯を飲まされましたからね。
少なくとも、ここはそれがないんですよ。
お嬢様の、お嬢様によるレース場で行われる、お嬢様のGI」
なお、競馬に触れて知ったのだが、日本のダートレースは芝重視の傾向もあって、ある意味で穴場だ。
金を出してGIの格を用意できるのならば、樺太の地にてドバイワールドカップクラスを開く事も夢ではない。
「呆れた。
勝つ為にそこまでするの?」
「違いますよ。お嬢様」
私の苦笑に岡崎はめずらしく真顔で言いきる。
彼の生き方から来る言葉に私は襟を正さざるを得なかった。
「普通はそこまでしないと勝てないんですよ」
「この話、もう少しだけ裏があるのですよ」
帝都学習館学園に隣接する神社、いつの間にか誰が呼んだか『桂華稲荷』なんて呼ばれている社務所にて敷香リディア先輩が微笑む。
先ごろ父が亡くなったという事で葬儀に顔を出したのだが、その席でこの話を振った所こうやって密談にお呼ばれされた訳で。
なお、先輩のお父さんである敷香元侯爵が別人として今の先輩の家で暮らしているのは公然の秘密となっている。
「どんな裏なの?」
当たり前のようにいる神奈水樹が話を仕切る。
ガチでやばい話は側近団にも聞かせられないのだが、この時の密談は当たり前のように側近団が離れてくれている。
故意かそれとも天然か分からないが、いいことしたでしょ系の笑顔を隣で見せている蛍ちゃんに私が文句を言える訳もなく。
「二級市民問題」
国が一つになったので樺太の人たちは同じ日本人なのだが、本土と樺太の経済格差は大きく、敷香リディア先輩は樺太道作成の機密書類を私に手渡す。
どうしてそれを中学生が持って読んでいるのかを問うのはやめよう。うん。
「現在の樺太の産業構造では二千万人の住民の生活を支えられないの。
彼らはいずれ本土に移り住む事になるけど、その時に発生する社会問題は甚大なものになるわ。
樺太で食えるだけの何かが必要なの」
「で、この博覧会を行って、その跡地にカジノって……」
私が苦笑する。
東京の湾岸でやっている事と同じだからだ。
だが、バブル前の地方で良く行われていたし、今でも地方の起爆剤として無視はできないのも事実である。
「タイトル未定なのはまだ分かるけど、テーマが『酒と女と博打』ってストレート過ぎない?」
神奈水樹が苦笑する。
要するに博覧会名目の再開発で、樺太地下都市の歓楽街を再編するつもりなのだ。
競馬場うんぬんはそれに付随する話として出てきた訳で。
「酒と博打を麻薬と暴力にしないだけましでしょう?
欧州やアラブの友人たちにも協力を仰いでいますのよ」
敷香リディア先輩の言葉はにべもない。
つまり、マネーロンダリング事件から脱却……は無理とはいえ、外道からは足を洗うという決意らしい。
こうなると国際規模のプロジェクトになるから、私も止められないだろう。
「いいわ。
私も一口乗るわよ」
そう言って話を打ち切った。
帰り道にて首をひねる。
(あれ?先輩、友人を米国とロシアでなく欧州とアラブって言ったな……何でこの二つが絡んでくるの?)
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調べて思った以上に省庁と自治体のあれこれがめんどい……あ!都合のいい場所があったやん!?
樺太競馬
wikiペタリ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%BA%E5%A4%AA%E3%81%AE%E7%AB%B6%E9%A6%AC
ドバイワールドカップ
wikiぺたり。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97
ドバイでできるならうちでもやったらぁ!の精神。
マジで競馬話がここまで大きくなるとは思わなかった。
酒と女と博打博
中野豪『大江戸裏ワールド』
富くじですら財政赤字を埋められない大名の起死回生のアイデア。
この方のイラストは『コンプティーク』でよく見ていたからと確認したら、2006年にお亡くなりになっていた事を知る。
青春時代の味のあるイラストは大好きでした。
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