白崎監督の演技指導 それなり編
あれはたしかゲーム番組で、写真家の石川信光先生と映画監督の白崎孝二先生とADの四人で砂竜を狩っていた時だったと思う。
かなり真面目な演技の話になったのだ。
「『お嬢様。貴方は俳優にはなれない。だって視聴者が見たいのはお嬢様。貴方だからだ。
貴方は歌手にもなれない。貴方は時代そのものだからだ。
結局、貴方は芸人になるしかないんですよ』ですって」
「またその言い方はあの局長らしいな」
「それ、俺も聞いた事があるな」
石川先生が苦笑し、白崎監督が思い出すように視線をそらすが、私を含めた四人は砂竜相手に死闘中である。
「『芸人ってのは自分の人生を切り売りする。俳優ってのは人の人生を演じる。歌手ってのは時代を記憶する』とも言っていたわね」
私の言葉に全員が納得したような表情を浮かべる。
後で知ったが、この話は結構有名で、局長本人から聞いたという人も多いそうだ。
そしてこの局長から言われた人の多くは、テレビで大成しているんだとか。
つまり局長にとって私はそういう人間なのだろう。
「お嬢様はたしか、進路はオペラ歌手でしたっけ?」
砂竜相手に援護していたADが話を振ると、私は画面を見たまま口を開く。
戦いは佳境にさしかかっていた。
「まぁ、その道に進めるかどうかは別だけど、そこそこ趣味の程度のオペラ歌手ぐらいにはなれたらなぁと」
「趣味……ねぇ」
「それ、その道の人間かなり敵に回すから控えた方がいいぞ」
私と同じく画面を見たまま石川先生と白崎監督が忠告する。
声の質からガチの忠告と分かるが、これぐらいは愚痴を言ってもいいだろう。
「ぶっちゃけると、まだ才能だけでどうにでもできるけど、ここから先おそらく圧倒的に時間が足りなくなるのよ。
そうなると、努力した天才に私は勝てない」
才能だけでは越えられない壁がある。
だがそれは努力すればいいだけなのだが、それができない人間が世の中に多い事を、私は知っている。
「それで、お嬢様は何になりたいんですか?」
「そうねぇ。とりあえず、お嬢様として優雅な老後を送りつつ、たまにオペラでも歌って過ごしたいわね」
「それもう職業じゃなくてただの夢じゃないですか……」
「夢見る乙女はいつの時代も可愛いものよ?
それに、私ほど現実を見ている人間はいな……きゃーーーーー!!!」
呆れた顔で言うADを睨んで返事をした結果、砂竜に一撃をもらってダウンしてしまう。
悪い事に、私のダウンでミッション失敗となり、三人のジト目が実に痛かった。
「そうだな。今のお嬢様にそれなりの演技指導をしてみるか」
リベンジマッチ。白崎監督が画面を見たままそんな感じで口を開く。
たしか前に『お嬢様。君は何に成り果てるつもりだ?』なんて始まったアドバイスの続きは、私を見ずに雑談として始められた。
「前回、『多分君は、映画に出る出ないに関わらず、女優として生きてゆくのだろうな』なんて言われましたよ。覚えています?」
「いや、あれは言葉通りの意味だよ。お嬢様は女優になりたがっているわけでもないし、歌手を目指そうとしている訳でもないだろう。
お嬢様の人生はお嬢様のものであって、俺達が口を出せる領域ではない。
だが、あの局長の言葉を聞いて言わせてもらうが、お嬢様は自分が主役だと思っていないだろう?」
相変わらず鋭い指摘である。
その指摘に思わず手が止まりかけるが、慌てて砂竜の攻撃を回避する。
私は悪役令嬢であり、主人公ではないのだ。
「えぇ、全くそのとおりです」
「やはりな。さっきの話だが、お嬢様自身気づいているように、いずれ努力した天才に勝てなくなる。
だから、お嬢様自身の才能でその道の天才を演じてみろ」
その言葉がストンと腑に落ち、また手が止まった私のキャラが砂竜の攻撃でダウンした。
けど、今回は三人とも私を責めようとはしなかった。
そういう人間に心当たりがあったからだ。
「私が目指したい天才なら一人居るわね」
「誰です?」
私が漏らした言葉にADが食いつく。
私は冷静さを装いながら、クエストに戻った。
「サラ・ベルナール。
その道では超有名人よ」
ADは首をひねったが、石川先生と白崎監督は、ああと首を縦に振った。
さすがにこの二人なら知っているのだろう。
「またどでかい名前が出てきたな。
一つの文化的時代を築いた偉人でかつ、世界最初の国際スターか。
同じ時代だったら、監督としてありとあらゆる手を使って彼女を撮っていただろうな」
「まぁ、クラシックでは既にそういうあだ名がつけられていたから当然なのかもね。
さすがお嬢様。スケールが違うというか……」
なお、中等部卒業後の欧州へのお誘いは基本これである。
ウィーンにせよ、パリにせよ、モスクワにせよ、音楽留学のお誘いは断っているのに未だ絶えない。
「だったら、話は簡単だ。
お嬢様。今のうちに、サラ・ベルナールを演じてみな。
天才が天才でいる内に、天才を演じる。
天才が天才でなくなっても、天才を演じ続ける程度の女優である事は俺が保証してやるよ」
白崎監督の言葉に私は少し驚いた。
今まで、そんな事を言われた事が無かったから。
だが同時に納得も出来た。
私は悪役令嬢を演じていたのだから。
ならば、その才能と努力を稀代の天才を演ずることに使ってもいいだろう。
「はい。ありがとうございます」
その言葉に私は素直にお礼を言ったのにまた砂竜にダウンを食らってしまい、三人からは白い目で見られた。
そして三十分後。
「しゃああああ!砂竜討伐したぁぁぁぁ!!!」
「ああ。もったいない。折角の紐水着がまったく色っぽくないんだから……」
「石川先生うるさい!後で時間取るから悩殺紐水着で……素材素材……」
「白崎監督。これが先ほどサラ・ベルナールを演じようとしたお嬢様ですが……」
「局長の見立ての正しさを思い知るな。たしかに芸人だよ。お嬢様は」
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サラ・ベルナール
この人の凄さを今の人に例えるならば、『Fate』で英霊に成れるクラス。
クラスは間違いなく星5プリテンダー。
なお、この話は『地獄界曼荼羅平安京』のボス攻略中前に来てしまったオベロン・ヘファイスティオン・九紋竜エリザを見て作られた。
その先の『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』を攻略していないのでオベロンはお休みだが、二騎でほぼ赤ゲージまで持って行け、最後は水着マルタの鉄拳聖裁で空想樹が叩き折られるという今までで一番楽な結果に。
しかし、『アヴァロン・ル・フェ』を攻略した人は皆「悪辣」「ひどい」「人の心が無いんか?」「妖精はクソ」という感想を言っているのはどういう事なのだろう?
あ。女王モルガン様……当カルデアに来て頂いたのはありがたいのですがもう少しお待ちを……(汗)
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