虚塔の宴 宴の始末 その4

 挨拶は大事である。

 特にビジネスにおいては。

 ましてや、買収した企業先ともなればである。

 桂華商会とフェブエッジとガーファ・コーポレーションとアヴァロン・アトランティックが富嶽放送株の買取と業務提携の手続きを終えた後、四社そろってのはじめての富嶽放送訪問である。

 たまたまというか偶然というべきか、必然というべきか運命というべきか。

 富嶽放送は本社ビルの建て替え工事をしており、お台場の富嶽テレビの方に本社機能を移していた。

 つまり、敵本丸強襲である。


「お嬢様!今のご感想を!」

「すいません!目線こっちにもください!!」

「今回の買収において桂華グループはどこまで関与……」


 実務は天満橋のおっさんに任せて、私はワイドショーのネタとしてこうして富嶽放送前でテレビカメラとレポーターのマイクを前に笑顔を披露する事に。

 ここから、実務側は水面下で激しい交渉があるのだろうが、私はこの件については完全に蚊帳の外である。


「あー疲れた」


 ワイドショー向けの当たり障りのない撮影とインタビューを終えて控室へ。

 バチバチにやっている交渉の結果を聞いて帰るかというあたりで、メイドのエヴァが苦々しい顔で私のところにやってくる。


「お嬢様。

 お嬢様に会わせろという不埒者がおりまして」


「大体任せて追い返しているじゃない?

 という事は、私の耳に届けないとまずいクラスの人間?」


「『鈴鹿の借りを返しに来た』こう言えば分かると」


「あー」


 エヴァの言葉に私は座ったまま天井を見上げる。

 あいつかと察して、彼を控室に呼んだ第一声がこれである。


「な。言ったとおりだろう?

 お嬢様は俺を呼ぶって」


「その傲慢、米国諜報機関にはあまり効かないから大概にしなさいよ。

 ともかく、出世おめでとう。

 プロデューサー改めスポーツ局長さん」


「その時は、三大ネットワークにタレこみますよ」


 富嶽テレビのスポーツ局の局長ともなれば、その権力はかなり高い。

 めでたく、イベント屋で終わることなくこうして私にアポ無しで会えるぐらいの権力は確保したらしい。

 エヴァの笑顔がすごく怖いのですが。

 アニーシャにいたっては『これやっちゃっていい?』と目で私に訴えかけているのですが。

 東側特有の情報統制はNOとアイコンタクトで退けたのだが、さてこの御仁理解しているのか……


「というわけで、借りを返しに来ました。

 お嬢様。富嶽テレビのスポーツ局はお嬢様に賭けさせていただきます」


 すっと頭を下げるスポーツ局長さん。

 こういう所があるから突き放せないのである。


「ちなみに、どんな形で借りを返すのよ?」


「報道の連中は知らないが、うちはお嬢様の没落に手を貸さない」


 気づけよ。控えているメイド二人の空気氷点下になっているんだが。

 その空手形と傲慢さに知性とウィットを絡ませたスポーツ局長は次の言葉で空気を吹き飛ばした。


「だって、お嬢様。芸人だから」


「「ぷっ!」」


 おい。メイド二人。吹きやがったなと睨むとメイド二人が目をそらしやがった。

 私はけっこう本気のオコ顔で訂正を求める。


「私、これでも助演女優賞持ちでオペラ歌手なんですけど!!!」


「まぁ聞いてください。お嬢様。

 俺はこのテレビという四角い箱の中で多くの人間を見てきたが、大体『歌手』と『役者』と『芸人』の三者に分かれるんですよ。

 その俺の分類だと、お嬢様は間違いなく『芸人』です」


「……その理由は?」


 私のジト目に、スポーツ局長はとてもいい顔で核心を突いた。

 こういう事があるからこそ、その道のプロは侮れない。


「だってお嬢様。自分の人生を売っているじゃないですか」


 見事なまでに何も言えない私に、彼は指を三つほど出して折ってゆく。

 傲慢ではあるが目は真剣だった。


「『芸人』ってのは自分の人生を切り売りする。

 『俳優』ってのは人の人生を演じる。

 『歌手』ってのは時代を記憶するんですよ。

 お嬢様。貴方は俳優にはなれない。だって視聴者が見たいのはお嬢様。貴方だからだ。

 貴方は歌手にもなれない。貴方は時代そのものだからだ。

 結局、貴方は芸人になるしかないんですよ」


「その四角い箱から消えるって選択は無いわけ?」


「だったら、貴方は好き好んで深夜番組であんな醜態晒しませんよ。お嬢様」


 なお、某ゲーム番組ではとある四人用ハンティングアクションゲームでガチに成り過ぎて、私、AD、ゲスト二人の四人がただ延々と某先生討伐をするという放送事故寸前の放送をやらかしたのだが、深夜枠で大スポンサー様である私の圧力でなかったことに……いかん話がそれた。


「ごほん。

 まぁ、芸人云々はともかく、上の話し合いでなく私のところにやってきた事は覚えておきます。

 で、私に何をさせたい訳?」


 魚心あれば水心。

 待ってましたとばかりに、スポーツ局長は私にしてほしいことを口にした。


「キャンペーンガール。

 今はそれ以上は求めませんよ」


 つまり、この間のプロ野球の始球式や鈴鹿のレース、更には盛り上がっていた格闘ブームのラウンドガールあたりだろう。

 まぁこのあたりならと言おうとして、私は言葉を止める。

 富嶽放送競売の本当の目的は湾岸開発で、その核にカジノがある。

 カジノを彩るホールスタッフは必然的にグラビアやキャンペーンガールの綺麗所から抜擢される訳で。


「どこまで知っているの?」

「お嬢様の味方でありたいという所まで」


 色々なものをため息と一緒に吐き出した。

 その上で一言。


「狸」

「だから俺は四角い箱の中に入れないんですよ」


 私の罵倒はとてもいい笑顔で返されたのだった。




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三大ネットワーク

 米NBC、CBS、ABCの事。

 つまり「何かあったら米国メディアに一部始終リークしますよ」という返事。

 どうでもいい事だが、湾岸戦争あたりで米メディアに触れたからCNNがこの中に入っていない事を知ってびっくりした思い出が。

 この後FOXとかが台頭してくるのだが話がそれるのでここまで。



スポーツ局

 組織図を確認したけど、バラエティーとかドラマは制作会社側に移行しているみたいで、ニュース総局のスポーツ部門の局長。ガチでニュース側の影響力を行使できる位置にいる。



四人用ハンティングアクションゲーム

『モンスターハンター』2004年3/11発売。

 どうやらクック先生相手に死闘を繰り広げたらしい。

 この時のゲストは誰なのかは決めていなかったりする。

 なお、私はこのゲームやっていないのだが魔狩十織先生の薄い本にはとてもお世話に……ゲフンゲフン。



格闘ブーム

 K-1

 2004年はヒョードル×小川戦なんかがあったりする。

 ちなみに脱税事件は2002年で体制の混乱が露呈しつつあった。



ホールスタッフ

 ぶっちゃけるとバニーガール。

 とはいえカジノを中心としたショービジネスは色々と深いので今はここまで。

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