道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 道暗寺晴道 その2

 新宿桂華ホテルで行われたパーティーに道暗寺晴道は足を運ぶ。

 華族の仕事の一つがこのパーティーであり、ここでコネを繋ぎ、情報を繋ぎ、金を作るのが彼らの仕事であった。

 もっとも、その仕事もバブル崩壊と恋住政権の華族解体政策で窮地に追い込まれていた訳なのだが。

 そんな華族の一つである樺太華族が主催の宴ともなると、料理は豪華だが参加者は少ない。

 このあたりからも、彼らの末路というのが透けて見える。


「道暗寺男爵。いらっしゃったのですか?」


「出ておかないと忘れ去られそうなので。

 お久しぶりです。敷香侯爵令嬢。

 お父上の引退が寂しいですが、敷香侯爵令嬢が切り盛りしているのならば、敷香侯爵家は安泰ですな」


「……父は、あまり長くありませんから」


「そうですか」


 なお、敷香侯爵が元気なのは、敷香リディア侯爵令嬢も道暗寺晴道も知っている。

 そんな事をする理由もだ。ひっそりといくつかの樺太華族でこのような偽装世代交代が行われようとしていた。

 死人には罪は被せられないからだ。


「少しお話などいかがですか?」

「ええ。愛の言葉以外でしたら喜んで」


 そんなやり取りの後二人は別室に入る。

 控えていたメイドが恭しく頭を下げて二人きりになる。


「で、ここは綺麗なんですか?」

「まさか。今の方、桂華グループのメイドですのよ」

「なるほど。そっちに筒抜けになっても構わないという訳ですね。

 敷香侯爵家が完全に桂華院公爵家側についたというのは本当だったんだ」


 このパーティー自体が敷香侯爵家による樺太華族切り崩しの為に開かれたもので、費用は桂華グループが出していた。

 ここで逃げられたり助けられる連中は救って、残りは恋住政権の改革の前に差し出すつもりなのだろう。

 窮地を脱した恋住政権は反撃とばかりに、華族特権に切り込んでいたのである。


「新宿ジオフロントのテロに向けて、敵味方の選別が進んでいるみたいですね」


「ええ。まだこの時点でも総理や桂華院さんが勝つ方に賭けるのはためらわれるみたいで。

 愚かな人たち。

 勝ちが決まってから味方についても評価されないでしょうに」


「それでも、勝ち負けが分かってから尻尾をふるのは悪くはない選択ですよ。

 完全に負けについてお家滅亡なんてのは避けなければいけませんからね」


 そんなやりとりの後、道暗寺晴道は本題を切り出す。

 華族らしい雅な口調で、敷香リディアに斬りつけた。


「あなた方の財宝である、旧北日本政府の武器弾薬庫の情報を買い取りたい」


「……」


 沈黙が雄弁に物語っていた。

 侯爵令嬢として振る舞っていても、彼女はまだ小娘でしかない。

 警察と華族の闇に潜んでいた道暗寺晴道の敵ではない。


「ベトナム戦争時、北ベトナムを救援するソ連からの武器弾薬の輸送から樺太の工業化が推し進められた。

 我々にとっての満州戦争が北日本にとってのベトナム戦争だったという訳ですね。

 ベトナムの戦況悪化を受けて米国は極東で第三次世界大戦を開戦する意思はなく、我々の手が届かない北日本の船から共産中国に降ろされた武器弾薬はそのまま北ベトナムに供給された。

 よくできたシナリオですよね。

 その一部がこの街の騒乱に使えるように流用されたのですから」


 敷香リディアは話さない。いや、話せない。

 知っていても口に出せない話題だろうし、知らないならば口に出すことで致命傷になりかねない。


「北ベトナム救援は北日本軍でも党主導でもなく、国家保安省が取り仕切った一大利権だった。

 誰が作ったか見事なものですな。

 そうやって、流用した武器弾薬をそのままこの国のヤクザに回したのだから」


 左派勢力の武力闘争の武器供給源の一つにヤクザが挙げられているのはこれが理由である。

 元は港湾労働者等の港に発生したヤクザたちはこの北日本製の武器を使って勢力を拡大し、そこからあげられた資金がマネーロンダリングされつつ北日本に流れていた闇の中心。

 武器弾薬保管庫というのは、場所ではない。

 ヤクザのマネーロンダリングシステムまで含めた武器流通システムのことだった。

 95年の新興宗教テロ事件で影が浮かび上がったそれは、破綻した帝興エアラインの不正の中核でもあり、統一後に迫害されかねなかった樺太華族の力の源泉だったのである。


「男爵は何か勘違いをされていらっしゃる。

 一度手を離れたシステムを力を失った我々が制御できると思っていらっしゃるので?」


 敷香リディアが虚勢を張る。

 そんなシステムが国を失った今の樺太華族に管理できている訳もなく。

 今やそれを差配しているのはヤクザの方だった。

 そのあたりを、知っているのか知らないのかは道暗寺晴道にとってはどっちでも良かった。

 世代交代で桂華院公爵家にすがるしか無い彼らにとって、それが不良債権になるのは目に見えていたからだ。


「その武器が新宿ジオフロントで使われて、桂華院瑠奈公爵令嬢がテロに倒れた場合、あなた方の命乞いを受け入れると思っているのですか?」


 その一言に敷香リディアは折れた。

 まるでテレビドラマの犯人のように椅子に座ってうつむいてうめく。


「全ては知りません。それでよろしいので?」


「ええ。

 『あなた方がヤクザを売った』。

 ヤクザに強制捜査をかけるために、その事実が欲しいんですよ。

 もちろん、これがらみの罪はこの道暗寺晴道がなかったことにして差し上げましょう」


 桜田門迷宮案内人たる彼にはそれができる力があった。

 もちろん、彼にできない事もある。

 敷香リディアはそれを力弱い声で尋ねた。

 道暗寺晴道は最後まで雅な顔を崩さなかった。


「裏切ったヤクザからの報復は?」


「それは、桂華院公爵家に慈悲をすがってみては?」


「……悪党」


「ほめ言葉として受け取っておきましょう」




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ヤクザの組名が思いつかないので、ひとまずヤクザで。

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