道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 愛夜ソフィア その2

 放課後の帝都学習館学園中央図書館。

 そこの人気のないパソコンを使って愛夜ソフィアはデータを受け取る。

 もらうのは、ハッカーに頼んでいた木更津方舟の船内監視カメラだ。


(このあたりになると私では潜るのはちょっと厳しいわね……)


 明らかに木更津方舟で何か起こっているのだが、その主役たるヤクザやマフィアの絡むデータにハッキングともなると、ばれた時の報復が怖い。

 だから、できる人にお願いする。

 愛夜ソフィアにはその伝手があり、この件に関しては経費が青天井だった。

 そして、データの受け取りも図書館のパソコンという足がつきにくい場所。

 図書館のパソコンに外付けCD-Rを取り付けてデバイスをインストール。

 フリーメールからデータ転送サービスにアクセスし、その圧縮データをCD-Rに焼く。

 解凍は家に帰ってからという訳だ。

 思った以上に時間がかかるが、この時間のこの閲覧室には人が来ないのは確認済みである。

 ならば、待ち時間に別の作業をする。


(あの館長が言った意味はどういう事?

 第二次2.26事件は東側の謀略ではなかった……!?)


 ベトナム戦争の泥沼に米国とこの国は巻き込まれ、満州では満州国民党とソ連の軍事衝突が勃発。

 かと思えば、大陸は文化大革命で大混乱中。

 世界が一番核戦争に近かった時での第二次2.26事件。

 むしろ、何で核戦争にならなかったのかと思うぐらいこの事件は衝撃的だった事が当時の新聞や雑誌からも裏付けられていた。

 

(これ、間違いなく探れば帰ってこれなくなるやつね……この間の俊作の気持ちが理解できたわ……)


 近藤俊作はこの深淵を前に愛夜ソフィアの為に引き返した。

 それを台無しにするほど愛夜ソフィアは愚か者ではなかった。

 神奈水樹のせいでもう遅いかもしれないが。


「よし。焼けた」


 ありがたい事に人は来なかった。

 機材を片付け、パソコン内部を掃除して何食わぬ顔で彼女は図書館を出ようとした所を高宮晴香館長に捕まった。


「あら?また調べもの?」

「ええ。この間の調べものの続きです」

「がんばりなさいな。

 あのあたりならば、まぁ、大体教えられるし」


 そんなやり取りで帰ればいいのに、雑談ついでの好奇心がついつい藪をつつく。

 そこから出る蛇の大きさを知らずに愛夜ソフィアは軽口を叩いた。


「ここの人が館長は『生き字引』って言ってましたから。

 館長なら何でも知っているのですか?」


「何でもは知らないわよ。

 ただ、あの時の昭和文壇のサロンの中に居てね。

 あの文豪と知り合いだっただけ」


「……すいませんでした。

 私ったら、とんでもない事を……」


「気にしないで。

 もう過去の事よ。

 忘れるにはもう少しかかるけど、口を開くには十分な時が流れたわ」


 頬に伝わる汗を愛夜ソフィアは拭けなかった。

 つまり、高宮晴香館長のあの示唆は、少なくとも決起側からの真相の核心部分を突いていた訳で。

 その前にこの件から手を引く決意をした事を愛夜ソフィアは心から感謝した。




 彼女の家であり城である鶯谷のネットカフェに帰ってきた時に、近藤俊作と三田守だけでなくゲオルギー・リジコフも来ていたのは都合がよかった。

 大きなモニターにパソコンを繋いで、愛夜ソフィアは手に入れたCD-Rからデータを解凍する。


「これ何です?」


「あんたたちが木更津方舟に行った時の木更津方舟船内の監視カメラのデータ。

 警備会社に送られたやつじゃなく、木更津方舟の管理室のデータらしいから、改ざんはないと思いたいわね。

 開くわよ……」


 でてきたのはごく普通の画像のように見えた。

 違和感に気づいたのはその手の元プロだったゲオルギー・リジコフである。


「人が出て来ない……いや。これ、カメラの前に写真を張っているな」


 監視カメラの画像の粗さだと、こういうごまかし方が可能なのだ。

 カメラの前にカメラが撮った写真を張って映す。

 監査の際に写真を外せば証拠も残らない。


「坊主。

 木更津方舟の地図を持ってこい!

 ゲオルギー。

 監視カメラに写真が貼られているのは何処だ?」


「これと、これと、これもそうか……あとはこれだな」


「船内案内の地図からして、多分後部区画のどこかと思うんですけど……」


「後部区画の機関室あたりね。

 そこから、避難用の桟橋みたいなのがあるみたい」


「決まりだな。

 多分何かを持ち込んだか、持ち出したんだ」


 ゲオルギー・リジコフが東京湾の地図を広げる。

 成田空港テロ未遂事件の犯人がボートハウスに隠れていた事もあって、政府はボートハウスへの規制を強めていた。

 その代替として方舟都市への移住を推進していたのだが、まだその流れは始まったばかりである。


「どっちだと思う?」


「持ち出した方だろうな。

 新宿でテロを起こすならば、木更津では遠すぎる。

 何か理由をつけて武器を近くに運ぶつもりだろう」


 近藤俊作にゲオルギー・リジコフが返事をする。

 もし、持ち出したとしたら、一歩遅かった事になる。


「そのあたりは、今日の夜にも結果が出るかもね」


 別のモニターのチャットを見ていた愛夜ソフィアが投げやり気味の声でハッカーからの情報を読み上げた。


「警視庁と千葉県警が合同で帝興エアラインの武器密輸の件で木更津方舟にガサ入れするそうよ。

 持ち出したというのが正しかったら……」


 近藤俊作が苦々しそうにこぼした。

 なお、半日後にこのガサ入れが空振りになった事を知らされることになる彼は、それを予期するような事をここで懸念したのである。


「内通者が居るな。警察側にも」




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 高宮館長がこの時過去を思う感覚って、我々がバブル期あたりを思い出すあたりの感覚と同じである。

 30年はもう過去というより歴史に近いんだろうなぁ……



CD-R

 DVDに切り替わる前だと、データ保存にすごく便利だった。

 なお、この時期のCD-Rのデータが取り出せないというトラブルが昨今起きていたり。

 CD-Rにデータを保存するのを『焼く』って言っていたんだが、何で『焼く』なんだろう?


大容量データ送信

 なお、データ便のサービス開始が2004年。


監視カメラ

 画像の粗さもあるが、24時間録音なのでデータ容量が圧迫されるのが問題だった。

 なお、これよりさらに一昔だとビデオテープが使われていたり。



 

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