道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 愛夜ソフィア その1
「愛夜ソフィアと申します。
縁あってこの学園で学ばせていただく事になりました。
よろしくおねがいします」
帝都学習館学園高等部1-K。
遅れての入学となった愛夜ソフィアは恥と怒りを笑顔で隠しながら、教室の生徒と先生に頭を下げて挨拶をしたのである。
学校という狭いコミュニティーで遅れてきた転校生なんてネタが話題にならない訳がなく。
ましてや、どう見ても高校生じゃない女性が制服を着て席に座る訳で。
休み時間は必然的に彼女を中心に輪がつくられる。
こういう時の対処を愛夜ソフィアは社会経験で知っていた。
異物として、コミュニティーの輪の外に居続けるのだ。
「私、樺太で生まれて、売られてこっちに来たんですよ。
で、働いていたのですが、ちゃんとした勉強をしていなかったんですよね。
通信教育を考えていたのだけど、縁のある方がこの学園の高等部入学を薦めてくれて」
そういう会話の最中に愛夜ソフィアはわざとらしく銀バッジを床に落とす。
「ごめんなさい。
その人から預かった大事なものなの」
桂華院家の『月に桜』の家紋が彫られた銀バッジは神奈水樹のもので、彼女が愛夜ソフィアに押し付けたものである。
それが何を意味するかをこのクラスで理解していない人間はいなかった。
かくして、彼女はコミュニティーの輪の外に置かれることになる。
「愛夜さん。
あなたにお客さん。中等部の娘」
銀バッジの反応はその日の放課後に来た。
帰る準備をして教室を出ると、その銀バッジを身に着けた中等部の生徒が二人。
あくまで、表面上は先輩を敬う形で二人は頭を下げる。
「愛夜ソフィア先輩ですね。
私は久春内七海。隣はユーリヤ・モロトヴァ。
あなたが持っているバッジについてお話があります」
「あれね。
水樹ちゃんにもらったの」
神奈水樹の名前が出ると露骨に顔をしかめる二人。
久春内七海は額に手を当ててうめいているし、ユーリヤ・モロトヴァは『あーやっぱり』みたいな笑みを浮かべる。
「まずかった?
だったら、水樹ちゃんに返すけど?」
「いいえ。私たちの方から返します。
貴方についての経歴はエヴァ・シャロンより聞いています。
バッジについてはこちらを使ってください」
久春内七海の手に銀バッジを渡すと、ユーリヤ・モロトヴァから銅バッジを渡される。
愛夜ソフィアは付き合っていたヤクザ組織を思い出して、なんとなく理解した。
「何かあったら私かユーリヤに連絡を。
あと、校舎に私設のトイレがありますので、使ってください。
それと、校舎隣にある神社で神奈水樹が巫女をしているので、会うのでしたらそちらに行かれることをお勧めします」
人一人気前よく入学させるほど桂華グループもお人よしではないらしい。
しっかりと、高等部にて桂華グループの与党として働けと笑顔で言い放ちながら、二人は愛夜ソフィアを歓迎したのである。
「改めて。ようこそ。
帝都学習館学園へ。
歓迎します。先輩」
放課後、帰るにはまだ早い愛夜ソフィアは帝都学習館学園中央図書館に足を運ぶ事にした。
悪さをするのに無料公開されている図書館と言うのは都合がよいのだ。
「本の検索にパソコン使っていいですか?」
検索をしているフリをしながら、パソコンをチェックする。
ネットに繋がっているという事は、ここから世界に行けるという訳で。
出入りが規制されていない図書館のパソコンはハッキングをする場合、実に都合がよいのだ。
「ふむふむ……今日は悪さをするつもりはないけど……」
せっかく来たので、愛夜ソフィアはネットで調べられない事を調べる事にした。
検索をかけるのではなく、司書にそのワードをだして聞いてみたのだ。
「すいません。
第二次2.26事件の資料ってどこにありますか?
社会科の宿題で調べないといけなくて」
若い司書は検索をかけて新聞のスクラップエリアを教えながら、手を止める。
「だったら、うちの館長に聞いてみたら?
あの時代の生き字引みたいなもんだし」
そもそも、情報があまりにも少なすぎるのだ。
テロ事件の背後にある帝都警が解体された引き金である第二次2.26事件。
その事件は今でも機密の壁に包まれており、あの事件がどうして起こり、どうして解決したのかを分かっている者はいまだ少ない。
だが、今日の愛夜ソフィアはついていた。
彼女は知らないが、その第二次2.26事件の当事者の周辺に館長こと高宮晴香は居たのだから。
「そうね。
なんで第二次2.26事件が起きたかって言うと、警察内部の対立や自衛隊の方向性、安保闘争と背後に居た東側勢力といろいろあるのだけど、一般的には華族の腐敗で泥をかぶった帝都警が暴発したという所かしら」
スクラップをいくつか愛夜ソフィアの手に渡しながら高宮晴香はその理由を一般的に語る。
愛夜ソフィアは失敗を悟った。
(違う。これは検索の問題だ。
考えろ。どういうワードで質問すれば、この人は望む答えを返してくれる?)
「はい。
こんな所かしら。
宿題ならばこれぐらいで十分よ」
「あ、あのっ!
もう一つ質問いいですか?」
去ろうとする高宮晴香を愛夜ソフィアが呼び止める。
呼び止めた後、愛夜ソフィアが紡ぎだした質問はこんなものだった。
「何であのタイミングで第二次2.26事件は発生したんですか?」
高宮晴香は愛夜ソフィアをまじまじと眺め、目を閉じて少しだけ視線を過去に向けた。
そして、愛夜ソフィアは賭けに勝ったことを知る。
「世界史の年表を世界地図と一緒に眺めてごらんなさい。
違和感が見つかったら、それが答えよ」
高宮晴香が去った後、愛夜ソフィアは閉館まで世界史の年表と地図をにらめっこする。
そして、違和感に気づいた。
「あれ?
ベトナム戦争と文化大革命が進行している中で、体制側の帝都警がクーデター???
東側が仕掛けたんじゃないの!?これ???」
────────────────────────────────
怒涛の1970年前後
ベトナム戦争 1961年 - 1975年
1961年の軍事顧問団派遣をとりあえずのスタートにしている。
なお、テト攻勢は1968年。
この時の米国は反戦運動に悩まされつつ出口を探していた。
中ソ国境紛争 1969年3月
アムール川の支流ウスリー川の中州の領有権を巡っての交戦。
この世界では満州国民党がソ連と当たる訳で……ガチの全面核戦争危機だったのだろう。
文化大革命 1966年 - 1976年
中国共産党内部の激烈な権力闘争。
これの影響は今でも残っている。
またリアルパイセンにぶん殴られるとはなぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます