道化遊戯 正義の傀儡のバラッド ゲオルギー・リジコフ その2

 木更津方舟の門に向かって近藤俊作とゲオルギー・リジコフが歩く。

 海ほたると木更津方舟を繋ぐ唯一の橋は東京湾洋上都市建設機構が雇った警備員が警備している。

 入るためには門横の事務所に入ってチェックを受けなければならない。

 住人はケーカを利用した自動改札で出入りをしていた。


「用件は?」


「仕事。雇い主は桂華資源開発。

 隣は連れ」


 こういう時に便利な書類、探偵の身分証に桂華資源開発と結んだ探偵契約書を近藤俊作は初老の警備員に見せる。

 探偵が動く際に契約書を必要とするのはこれが理由で、要するに何かやらかしたら依頼主にもダメージが行くかわりに、依頼主の信用を借りれるのである。

 初老の警備員が契約書を確認して電話でチェックする。

 別の警備員がその間にボディーチェックをする。


「武器はこれだけ?」


「合法的かつ護身用だ。

 問題ないだろう?」


 二人が身に着けている防刃チョッキに初老の警備員の視線が露骨に厳しくなる。

 テーブルの上に置かれたのは、防刃グローブ、防犯アラーム、ファーストエイドキットなど。

 つまり、そういう危険があるという事を暗に言っているからだ。


「ヤクザですら最近はもう少し隠すもんだ。

 何処に出入りする気だ?」


「あいにく契約には守秘義務があってな。

 知らんほうがいい事は世界によくあるだろう?」


「そりゃそうだ。

 もう少しで楽しい年金生活なんだ。

 法を守っている以上、俺達にはこれ以上聞くことはできんな」


 受話器を置いた初老の警備員がため息をつく。

 探偵と雇い主の間で結ばれた契約は第三者である探偵協会に登録される。

 こういう確認に際して探偵協会がチェックする事で、契約の正当性を担保しているのだ。


「行きな。

 帰りもここに寄ってくれ。

 帰ってこなかったら、一応探偵協会の方に連絡してやる」


「お仕事ありがとう。

 ちょっと聞きたいけど、あんたもしかして元警官?」


「あんたはお仲間じゃないな。そっちのガタイの良い奴はそんな臭いがするが?」


 ゲオルギー・リジコフの経歴を察するあたり、できる警官だったらしい。

 近藤俊作は事務所に置かれた自販機でコーヒーを数本買って、一本を初老の警備員に渡した。


「小野健一って刑事知ってる?

 今、あの人の下で使いっ走りをしているんだ」


「ああ。あいつか。

 最後まで帝都警残党を追っかけていた奴。

 まだ首になっていなかったのか」


 不思議なもので人は知人の名前を出すと、それだけで好感度が上がる。

 帝都警残党の捜査で逃亡先候補だった湾岸を走り回っていた小野健一の名前が湾岸一帯でそれ相応に知られているのを、彼の足になっていた近藤俊作は知っていた。


「今やあの人、麴町警察署の副署長ですよ」


「出世したなぁ……

 『下』は気をつけな。

 ちと騒がしくなっている」


「あんがと」


 缶コーヒーをビニール袋に入れて一つをゲオルギー・リジコフに渡す。

 打撃にも投擲にも使える武器を装備して、二人は木更津方舟に入った。


「さて、入ったはいいが、あてがある訳もなし」


「こういう時の街の歩き方って知っているか?」


「元職のアドバイス、聞かせていただきましょう」


 ゲオルギー・リジコフが先を歩き、近藤俊作が後ろを歩く。

 日本のはずなのだが、甲板上に建てられた街はそれが異国である事を強く印象付けていた。


「まずは看板を眺める。

 看板の文字に注目するんだ。

 それで、その街の住人が誰か分かる」


 日本語、ロシア語に広東語の看板。

 建物も無機質な日本企業のビルに広東語の中華飯店に、ロシア建築の教会などが並んでいた。


「で、次はファストフードの店を探す。

 そこが、仮拠点となる。

 この手の街は店の従業員が信用できないんだよ。

 当たり前に薬とか入れるからな。

 本部指導があって、監視カメラが店内にあるファストフードの店は、まだ店内で襲われないだけ安心ができるんだよ」


 全世界に展開するハンバーガーショップを確認して、二人は船内区画に入る。

 とたんに空気が変わった。


「いったん戻るか。あのハンバーガーショップ」

「了解」


 引き返した二人は何事もなくハンバーガーショップに入り、客席でハンバーガーを食べる。

 離れた席にどう見てもハンバーガーショップに入らなそうなチンピラが座ってコーラを飲んでいた。


「バレるの早くね?」


「むしろ遅いというか、温情だよ。

 普通、監視所の警備員とアンダーグラウンドがつるんでる。

 中に入ったら捕まえるが、ここで捕まえて聞くほど強引に動けない。

 あんたが出した名前が効いているな」


「さあな。おやっさんの名前が効いたのか、桂華の名前が効いたのか」


「捕まえて吐かせるか?」


「やめとこう。俺たちは正義の味方じゃない。

 それに、帰れば新婚の嫁さんがいるんだ」


 ハンバーガーセットについていたコーヒーを飲み干して近藤俊作は言い切る。

 ゲオルギー・リジコフはポテトを食べながら、異議は唱えなかった。

 かくして、滞在時間は一時間も満たずに二人はこの街を出る事になる。


「早かったな」


「あんたのアドバイスのおかげさ。

 何もわからんかったが、新婚の嫁さんの所に無事に帰れそうだ」


 初老の警備員に近藤俊作が笑顔を向ける。

 ハンバーガーショップに居たチンピラは門の事務所を眺めて、街中に消えていった。


「そんなもんさ。

 いのちをだいじに。孫がやっていたゲームにそんなのがあった気がするが。いい言葉だろう?」


 二人がワゴン車に戻ると三田守が待っていた。

 三人が乗り込んで海ほたるを離れたのを確認して、三田守が口を開いた。


「何か収穫はありましたか?」

「あまりなかった……」

「あった。

 俺たち程度にまで警戒する何かが木更津方舟で起こっている。

 向こうも判断を迫られるだろう。

 俺たちが見逃されたのは、警察や桂華の名前を出したからで、捕まえた結果ガサ入れってのが一番困るんだよ」


 近藤俊作の声にかぶせるようにゲオルギー・リジコフは笑った。

 この考え方は探偵じゃなくて警察だよなと近藤俊作は思ったが、口には出さずにハンドルを握る。


「で、その何かってのは?」


 三田守の質問にゲオルギー・リジコフはあっさりと仕事を別人に投げた。


「そこの運転手の新婚の嫁さんに探らせるさ」




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探偵周りの話はフィクションです。


いのちをだいじに

 『ドラクエⅣ』。

 なお、私はあまり使わなかった。

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