道化遊戯 正義の傀儡のバラッド ゲオルギー・リジコフ その1

 ゲオルギー・リジコフが警備の詰所に行くと、上役たちが慌てふためいていた。


「ジオフロント完成式典の警備を変更!?

 無茶言わないでください!!」


「警視庁からの通達だ。

 式典当日は機動隊が警備に当たる。

 我々は出なくていいらしい」


(当日に変更にならないあたり、樺太とくらべてまだ優しいな)


 そんな事を思っても口に出すゲオルギー・リジコフではない。

 ただ眉をひそめたのは、北樺警備保障の担当区画である地下空調システムの配管回りも機動隊警備に変えられていた事だろう。

 その日の警備が終わると、彼は近藤俊作に電話をかけた。


「どうした?

 ジオフロントの件で俺たちに依頼を出す気になったか?」


 近藤俊作の軽口の挨拶に乗らずにゲオルギー・リジコフは要件を告げた。


「ジオフロントの警備、北樺警備保障が外された。

 すべてを警察が仕切るつもりらしい」


「……それは本当か!?」


「嘘を言ってどうする?

 当日の警備から外された事で、こっちの警備シフトは大混乱だ。

 で、だ。

 この国の警察ってのは、コンピューターに強いのか?」


「馬鹿じゃないと思いたいが……」


 警備担当の急な変更、現担当者ですら全貌をつかめていないセキュリティーホールの存在、それを二人は知っているだけに結論は同じだった。


「防ぐのは無理だろうな」


「同じことを考えていた。

 時間あるか?あったらネットカフェに来てほしいんだ。

 あんたを雇いたい」


 受話器向こうの近藤俊作の言葉にゲオルギー・リジコフの顔が歪む。

 本来ならば、現場に入る彼が近藤俊作たちを雇う段取りだった。

 ここでも何か段取りが変わっている。


「わかった。

 また雇われよう。

 コーヒーを奢るぐらいしか今はできないがな」


 そこまで言ってゲオルギー・リジコフは冗談を言う。

 言わないとやってられないともいうが、電話向こうの近藤俊作の苦笑に少しだけ自分も気持ちが楽になった。




「上はテロが起こる事を確信して出席するのか……」


 聞きたくなかったそんな事と言わんばかりに顔を覆うゲオルギー・リジコフ。

 なお、近藤俊作と三田守と愛夜ソフィアも同じ顔である。


「で、それにも関わらず警備計画の急変更。

 起こった際に防げるのか?これは?」


「防げるといいですね。俺は皆さんと同じ方に賭けますけど」


「賭けにならないじゃない」


 近藤俊作の疑問に三田守が軽口を言い、愛夜ソフィアが突っ込む。

 わざわざ買ってきたコーヒーメーカーから入れた極上のブルーマウンテンの香りがそれぞれのカップからしているのだが、誰も口をつけないあたりが四人の絶望を示していた。


「できる事をやっていくしかない。

 まずは、テロの際にテロリストが使うだろう武器を抑える」


「え?

 警察情報だと摘発したみたいだけど?」


 ゲオルギー・リジコフの言葉に愛夜ソフィアが反論する。

 だが、ゲオルギー・リジコフは薄暗い笑みを浮かべてそれを否定する。


「摘発はしただろうが、それだけしかない訳ないだろうが。

 暴力団やマフィアの武器庫ぐらいならば潰せるかもしれないが、本命には触れてすらいない。

 それを探すんだよ」


「何だ?

 その本命って?」


「……旧北日本政府が北海道侵攻を計画した際に、この街で陽動作戦として武装蜂起を行う予定だった。

 その武器弾薬の保管庫だよ」


 東西冷戦華やかなりし頃、噂が出ては否定され続けた武器弾薬保管庫の噂。

 安保闘争の過激派の武器供給源と言われ、その処理を巡って警察と帝都警が対立し第二次2.26事件の遠因となったと噂され、95年の新興宗教テロ事件の際にもその存在が浮かび上がった北日本政府謀略の中核その一つは、北日本政府崩壊から10年が経過した今でもまだ歴史になっていない。


「あると思うのか?」

「というより、あると思っている事が力になっている。

 人は本物よりも、よくできた偽物を信じたいものさ」

「パネルマジックじゃあるまいし」


 近藤俊作の質問にゲオルギー・リジコフが返事をし愛夜ソフィアがつっこむ。

 だが、小野副署長から信奉者の件を聞いていた近藤俊作には、この武器弾薬保管庫が信奉者に繋がると探偵の勘が囁いていたのである。


「で、そんな途方もない都市伝説をたった四人でどうやって探すんですか?」


 三田守の投げやりな声に、ゲオルギー・リジコフは淡々と事実を告げる。


「決まっているだろう。

 旧北日本政府の武器弾薬庫なんだから、そっちのコミュニティーから探すんだよ。

 ボートハウスの連中は警戒心が強い、樺太華族あたりにはコネがない。

 そんな俺たちにとって都合のいい街があるじゃないか」


 ゲオルギー・リジコフはダーツを手に取ると、的ではなく壁にあった首都圏の地図に投げる。

 刺さった場所は東京湾の木更津あたり。

 そこには、東京湾洋上都市建設機構が建設した箱舟都市、通称『木更津箱舟』があった。


「なぁ。一つ聞かせてくれ」


 帰り道。

 近藤俊作のタクシーで新宿ジオフロントの宿舎に戻るゲオルギー・リジコフは彼からこんな質問を受けた。


「あんたが、あの話に詳しいのって、あなたが関係者だったからなのか?」


 沈黙が車内を満たす。

 ゲオルギー・リジコフの口が開くのには、かなりの間があった。


「まあな。

 国家保安省治安維持警察強化外骨格大隊の一部は、そういう事の為にこの街に侵入する予定だった。

 そう訓練され、それが来るのを待ち望み、来る事なく国が無くなった。

 残ったのは……」


 それ以上彼は言葉を発しない。

 近藤俊作もそれ以上は聞くことはしなかった。




────────────────────────────────


武器弾薬保管庫

 これ、アンダーグラウンドの噂で出ては消えて今は歴史のかなたであるが、暴力団の武器庫の火力が過剰すぎるニュースとかを見ると、あったのかなぁと思っていたり。

 探るつもりはない。


パネルマジック

 説明文ペタリ。


https://www.weblio.jp/content/%E3%83%91%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF


 フォトショップによる加工がこれに拍車をかけた。

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