道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 道暗寺晴道 その1

 警視庁に来た麹町警察署副署長小野健一警視は、そのまま隣にある警察庁で新宿ジオフロントテロ対策会議に出席する。

 発言の機会はないが、彼が居る理由も『お嬢様係』という事以外にない。

 かくして、彼がいないかのように会議は進む。


「桂華金融ホールディングス上場記念式典の警備も無事に終わったが、デモについては不手際があったな。

 あの絵をメディアに撮られたのは、良くはなかった」


「浜町公園のデモは許容範囲内だ。

 あれは、メディアと野党関係者にも声をかけて、絵を取らせるように話がついていたはずだが?」


「そっちじゃない。

 越中島公園・佃公園・あかつき公園の奴だ。

 最終的に暴動になって数人の逮捕者を出したが、その鎮圧の絵を撮られたのはよくない」


「おまけに扇動者は今の所見つかっていない。

 何をやっているんだ?」


「決まっているだろう。

 見つからない所に扇動者が逃げ込んでいるんだよ」


「……樺太華族か」


 薄暗い会議室の中央には各種データがモニターに映し出されているが、顔が見えないのが理由なのかもしれないと末席に座る小野警視はなんとなしに思う。

 彼らにとってはモニターの中の戦争であり、事件は会議室で起こっているのだ。


「新宿ジオフロントの式典は、桂華金融ホールディングス上場と違って政府や都庁が絡む一大政治案件だ。

 主導権については我々が徹底的に管理しなければならない」


(あ。これ、今の段取り蹴とばして、全部警察でやる腹だな……)


 小野警視は察したが、それを口にするほど愚かでもない。

 もちろん、会議室の一同が馬鹿ならばこんな所に座っている訳もないので、彼らは高みから盤面の制圧にかかっていた。


「樺太道警及び北海道警、さらに日本海沿岸の県警には警戒の指示を出している。

 爆発物を始めとした武器流入も現在捜査が進んでおり、某組織の武器庫二か所を発見。摘発している」


「また、某国諜報関係者からの情報提供で、マフィア関係者及び協力者のリストを入手した。

 近く事情聴取という形で監視対象に置く予定だ」


「樺太華族については、政府が特権解体を掲げているので、内閣官房の動きを逐一チェックしておいてくれ。

 こちらから情報を流せば、向こうも動いてくれる」


「新宿ジオフロント完成式典の警備だが、警視庁警備部第一・第四・第六機動隊を動員する。

 さらに、湾岸警備に第二機動隊、予備として第八機動隊を用いる。

 これに合わせて首都圏一円の警備の強化を行い、神奈川県・千葉県・埼玉県・山梨県の各県警にも協力を要請する」


 会議において彼らは少なくとも打てる手は打った。

 それが現場と乖離している事を理解しているのか、その差異を現場に任せるつもりなのかは元現場だった小野警視にも分からずに会議室を出ると、一人の女性が頭を下げた。


「よくここまで入れましたね。若宮さん」

「一応、私も政府職員ですので」


 内閣情報調査室主任解析官の若宮友里恵を他の警察幹部は胡散臭そうに、もしくは敵意をもって見て去る。

 警察の本丸である警察庁にて出向している自衛官が歓迎される事がある訳もなく。

 二人は警視庁地下の道暗寺晴道警視のオフィスに顔を出す。


「うちは喫茶店じゃないんですけどね。

 歓迎はしませんがごゆっくり。小野さんに若宮さん」

「たしかに、コーヒーは自販機の奴だし」

「だったら、電気ポットでもプレゼントしましょうか?

 缶コーヒーがインスタントになりますよ」


 こういう時の為に彼のオフィスが用意されている訳ではないが、こういう使い方もできる。

 そんな他愛ない話から、小野警視が缶コーヒー片手に本題に入る。


「で、警察の本丸にまで顔と敵意を売った理由は?」

「権勢拡大に浮かれている皆様に、脅しをと」


 航空自衛隊員パイロットの次の就職先の一つだった帝興エアラインの破綻に、17中期防で議題に上がってきた師団数削減を柱にした軍縮と自衛隊を取り巻く外部環境はよくない方向に向かっていた。

 自衛隊そのものではなく、樺太華族と繋がる自衛隊内の旧北日本軍人の切り崩しが恋住政権の狙いなのだが、成田空港テロ未遂事件で自衛隊の治安出動を苦々しく思っていた警察はこのチャンスに自衛隊を牽制するように動き、組織防衛から自衛隊は彼らを守らざるを得ない所に追い込まれていた。


「『警察と自衛隊が相争い、その余力を持ってテロリストと戦う』ですか?」


「歴史は無視できませんよ。

 自分たちがその過去の先からできているというのを人は忘れるんですよ。

 未来が変えられると信じているからこそなのでしょうが」


「で、今日という現実に足をすくわれるんだよ。そんな連中は」


 若宮解析官がぼやき、道暗寺警視が苦笑し、小野警視がつっこむ。

 もちろん、そんな話だけで若宮解析官がここに来た訳がない。


「自衛隊は対テロ警備において、先の成田空港テロ未遂事件と同じ規模の戦力投入を準備しています」 


 もちろん、この話は内閣を通じて警察上層部に伝えられている。

 にもかかわらず、会議で一切その話題が出なかったのは、最初から使う気はないという事である。

 小野警視は会議を思い出して、ある事実に気づく。


(警備会社の連中、上はどう使うつもりだ?

 全部警察でするなら、都内警備などに回すつもりなんだろうか?)


「そうだ。若宮さん。

 一つ取引したい。樺太から来た旧国家保安省治安維持警察関係者の動向を追えるかい?」


「即答はできませんが、船と飛行機の履歴を調べれば多分。

 で、取引の条件は?」


 若宮解析官の返事に小野警視はにやりと笑い、彼の言葉に彼女だけでなく聞いていた道暗寺警視すら驚愕の顔を晒した時点でいかにこの情報が突拍子のないものか思い知る。


「あのお嬢様。成田空港以上の事をする気だぞ。

 少なくとも、彼女は新宿ジオフロント完成式典でテロが起こる事を確信した上で出席する気だ」




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電気ポッド

 夜勤のお供兼休憩時の革命グッズ。

 こいつのおかげでお湯を給湯室にとりに行く事がなくなった。

 なお、空になって補充を忘れるという新たな諍いのもとにもなっている。



『警察と自衛隊が相争い、その余力を持ってテロリストと戦う』

 元ネタは『陸軍は海軍と争いその余力で英米と争う』。

 ただ、誰が言ったのかいまいちわからないので、よかったら情報をお願いします。

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