道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 近藤俊作 その1

「すまないが、桜田門まで遠回りで頼む」

「はい。わかりました」


 麴町警察署から近藤俊作のタクシーに乗った麹町警察署副署長小野健一警視は、あくまで客とタクシー運転手のふりをする。

 もっとも、そんな芝居も続けられる時間が無くなりつつあるのを二人とも分かった上で。


「まいったなぁ……まさかお嬢様から直でお前に依頼が行くとはなぁ……

 探偵さんも大物になったじゃないか」


「冗談はよしてくださいよ。

 裏返せば、何処から狙われるかわかったもんじゃない」


 あまりにやばい依頼に近藤俊作がおやっさんこと小野副署長に泣きついたというのがこのタクシーの理由である。

 三田守をメッセンジャーとして麴町警察署に走らせてのSOSに小野副署長はすぐに近藤俊作のタクシーを頼むことで応じ、かくしてやばい話をするために首都高を適当に回る。

 走るタクシーの中、盗聴をさけての会話はざっくばらんになっていた。


「今の話、知っているのは?」


「神奈水樹がしゃべっていないのならば、俺とソフィアと三田の坊主の三人だけ」


「なら、広がっていないだろうよ。

 神奈は道化師の側面もある。

 でないと、この街の夜に君臨なんてできない。

 まだ、表向きは下っ端でいられるはずだ」


「裏じゃ何処に置かれているのやら?」


「それは、米露の諜報関係者に聞いてみろ」


 一度会話が途切れて、車内が静かになる。

 そのタイミングで道路交通情報が流れた。


『首都高速道路は五号線の先護国寺の所でトラック三台の事故で北池袋まで渋滞して……』


「混みますね。これ」

「急ぐ仕事でもないさ」


 そんなやり取りの後で話が変わる。

 もちろん、話の中身は新宿ジオフロントのテロである。


「で、起こるのは分かるんですよ。

 気になったのは、どうして犯人が今まで捕まっていないのかって事です」


「テロにせよ、クーデターにせよ、それが失敗する最大の理由ってのが参加する人数が多すぎるからなんだよ。

 逆に言えば、少人数でそれができるのならばその足取りを追うのがとても難しくなるんだよ。

 この国は95年に、米国は2001年にそれを学び、ロシアはチェチェンでいまだ勉強中だ」


 小野副署長は車窓の都内の風景を見ながら黄昏る。

 いい感じに空も茜色になろうとしていた。


「ここからは俺の勘だからあまり信じるな。

 厄介なのは、神奈水樹の嬢ちゃんが見つけた男。

 あれが信奉者って所なんだよ」


「信奉者?」


 小野副署長は煙草に火をつける。

 渋滞がいい感じに車を止めるので、近藤俊作が窓ガラスを少し開けた。


「この件、複数の連中が動いており、テロの情報もガチなやつからデマまで両手両足じゃ足りんほどだ。

 それはいいんだが、それらは背後に組織があり、組織はテロを起こす理由がある訳だ。

 つまり、組織を潰せばテロが止まる」


 紫煙を窓の外に吐き捨てながら小野副署長がぼやく。

 自分も煙草を吸いたくなったが、我慢して近藤俊作はハンドルを握って話の続きを待った。


「だからこそ、組織潰しに上は大忙し。

 外交案件どころか、軍がらみのやつまであるから、それに奔走してこいつが放置されている。

 なあ。探偵さんよ。

 進んだ計画が頓挫したり破棄されたりして、設備や施設が残っている状態で、別の連中がその計画を引き継いだらどうなると思う?」


「そりゃ、追っかけている側からすりゃ大混乱でしょうなぁ。

 潰した計画が別の体を使って動き始めるんだから」


「で、信奉者だ。

 多分こいつは個人でやっていて、あの嬢ちゃんの報告が全てだ。

 このまま終わるならいいが、複数走っているテロ計画の残滓にこいつが絡んでみろ。

 俺たちは何も知らないまま、そのテロリストに先手を渡すことになる」


 その意味に近藤俊作は自然とブレーキを踏んだ。

 渋滞だった事もあって、タクシーは少し急に止まっただけで済んだ。


「第二次2.26事件からもう三十数年。

 一番の若手隊員ですら中年のはずだ。

 だが、神奈水樹の嬢ちゃんを抱いたこいつはどうみても20代後半から30代あたりだ。

 帝都警じゃない。だが、この信奉者が信奉者になった出来事は推測がつく」


「北日本政府崩壊。『マースレニツァ革命』ですか?」


「ああ。

 旧帝都警関係者及び、国家保安省治安維持警察強化外骨格大隊の関係者を洗ったが、未だ該当者は居ない。

 そして、関係者の縁者の捜査はさらに時間がかかる。

 何かを託されて信奉者となったそいつがテロリストになる前に、捕まえないといけない」


 煙草を座席の灰皿に押し付けて小野副署長は穏やかに、力強く宣言する。

 そして、自分たちが何をするかを理解した。


「神奈一門はその筋では有名な占い師でもあってな。

 俺はあまりオカルトなんて信じたくはないが、刑事の勘が囁くんだ。

 きっと、この舞台に上げられたお前たちは、最後でこいつと対峙するのだろうなって」


「当たってほしくはないですな。

 きっと歴史に残る」


「残ったら負けの戦だよ。

 平穏に生きたければ、なおの事頑張り給え」


 そんなやり取りの後、タクシーは桜田門に到着する。

 代金を受け取り、領収書を渡して、ドアを閉める前に近藤俊作は聞き忘れた事を聞くことにした。


「で、俺たちの相手になるかもしれないその信奉者。

 何を託されたんです?」


 それを聞いた小野副署長は、黙ってドアを閉めた。

 後ろを向いた彼から吐き捨てるような声が近藤俊作の耳に届く。


「多分、『正義』だろうよ」





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首都高あたりの道路交通情報

 【しゃべりまくるミク】交通情報を教えてくれるミクさん 【FMラジオ風】

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm30088097

 聞きながら「どこも渋滞じゃねーか」という地方民と「週末かな?」と返す首都圏民のコメントが面白かった。

 私も運転する際はラジオをかけて道路交通情報を聞くようにしている。


【以下地元ネタの思い出】

 外環状ができる前のやよい坂が鬼門でなぁ……高速の福重周りは夕方のラッシュ時に詰まるんだよ……天神と博多駅が混むのはいつもの事として202号。てめーはどうしてそんなにいつも渋滞してやがるんだよ……


タクシーの禁煙

 東京で全面禁煙になったのは2008年らしい。

 なお、私は煙草は吸わない人間である。

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