道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 神奈水樹 その1

 その日は愛夜ソフィアの人生において結構最悪の日に分類された。

 樺太から売られて、娼婦として働かされた事も、ヤクザの愛人となった事も中々最悪ではあるが、どっちを選ぶと言われたら前二つを選んだ方がましであると本人が確信してしまうほどに。

 そんな愛夜ソフィアの人生最悪を持ってきた神奈水樹は、帝都学習館学園高等部の制服を手にしてとてもいい笑顔で死刑宣告を告げた。


「帝都学習館学園高等部の入学許可もらってきたわ!

 ソフィアさん。高等部一年生で学校に通えるわよ♪」


 二十を超えたいい女には少しキツめの制服を受け取った愛夜ソフィアは、周囲にいた近藤俊作と三田守に助けを求めたが、男二人はあいまいな笑顔で視線をそらせて彼女を見捨てた。




「で、今度は水樹ちゃん何をやったんです?」

「失礼な!

 ソフィアさんが学校に行きたいって言ったから、行けるように用意したんじゃないですか!!」


 三田守のつっこみに神奈水樹はよい事をしたと思っているのでとてもいい笑顔である。

 もちろん、三田守はその齟齬を突っ込むほど空気の読めない人間ではない。


「多分、ソフィアの勉強したいって、通信教育とかだと思うぞ」


「それじゃあ学べないものがあるじゃないですか。

 人間。学校は社会の縮図です。

 学ぶ事に『遅い』はないですよ」


 近藤俊作の突っ込みに神奈水樹は正論で返す。

 基本頭のねじが緩んでいるのに、こと人間関係の機微は徹底的に叩きこまれているのは高級娼婦集団として東京の夜に君臨している神奈一門の次期後継者というべきか。

 そんな訳で、愛夜ソフィアは現在着替えの為に席を外している。


「で、ソフィアを学校に行かせるかわりに、何を要求されたんだ?」


「新宿ジオフロント完成式典でのテロ阻止。

 依頼主は岡崎祐一ムーンライトファンド統括が一応表向き」


 あ。これ聞いたらやばいやつだと男二人が悟ったがもう遅い。

 神奈水樹は『キャスリング』で必死に下っ端として上に関わらないようにしていた全てをぶち壊す一言をあっさりと口にした。



「なお、本当の依頼主は桂華院瑠奈さん本人よ」



「……」(今の言葉聞かなかった事にできないかなぁ……)

「……」(無理でしょう?見てくださいよあの顔。間違いなく『いいことした』とか思っていますよ)


「あと、恩を売ってここを使わせてもらえるようにも考えています♪」


「目で語っているのを読むな。

 あと、学校で社会を学んでいるなら、建前とかも守れよ」


「建前を守ると大体みんな不幸になるじゃないですか」


「それはできる人間が建前を破って成功したからで、できない人間が建前を破ったらもっとろくでもない事になるんだよ」


「じゃあ、大丈夫じゃないですか。

 桂華院さんも近藤さんもソフィアさんもできる人間じゃないですか?」


 近藤俊作と神奈水樹のやり取りがキレッキレである。

 三田守は神奈水樹の言う『できる人間』でなくてよかったと心から思ったが、それを神奈水樹に読まれるのが嫌なのでお茶を飲む事で気配を消そうとする。


「その見解の相違は後においておくとしてだ。

 つまり、桂華院瑠奈本人も暗殺計画を知っているのに式典を行うって訳か?」


「標的は恋住総理って言っていたわね。

 桂華院さんはおまけだとか」


 聞きたくなかった重大情報がボロボロと出る。

 探偵を生業とする近藤俊作は、前回の事件の背景に今の情報を自然と繋ぎ合わせていた。


「なるほどな。

 だから『キャスリング』だったのか」


 桂華院瑠奈ならば『クイーン』だろうと思っていた疑問が解けた。

 総理暗殺が本命なら『キャスリング』はその予行演習だったのだろう。

 

「これ、俺たちじゃ無理ですよ。

 今からでも聞かなかったことにしませんか?」


 三田守が一応逃げを打つ。

 なお、本人の顔がすでにあきらめ顔なのはこの後の展開を察していたからだろう。


「なんで?

 成功したら、報酬なんていくらでも貰い放題よ♪」


「まず水樹ちゃんは成功を前提に話をするのをやめましょう」


 三田守は知らない。

 彼女の人生はもう成功しかない事を。

 井の中の蛙こと三田守には、鴻鵠である神奈水樹の志が分かる訳もなく。


「……ムーンライトファンド……!

 桂華グループを実質的に支配している所じゃないか!?」


 経済紙から名前を思い出した近藤俊作の声にはあきらめが漂っている。

 政商桂華グループの中心の統括が表の依頼主で、裏の依頼主が桂華院瑠奈本人と来た。

 報酬どころか経費も青天井だろう。


「思ったんですけど、何で俺たちなんです?

 桂華グループは私設軍隊もあるし、探偵や賞金稼ぎもいっぱい雇っているじゃないですか?

 俺たちの出番なんてないじゃないですか!?」


 三田守の言葉は悲鳴に近かった。

 なお、今から辞表を出して故郷に帰ろうと考えていた所を近藤俊作に見抜かれて『逃がすか』とテーブルの下で足を踏まれていたりするのだが、神奈水樹に見える訳もなく。


「うーん。勘?」


 ドアが開いて帝都学習館学園高等部の制服を着た愛夜ソフィアが戻ってくる。

 男二人がその衝撃と世間体とここで死なない為に言葉を探している間に、神奈水樹はあっさりと地雷を踏んだ。


「コスプレ?」


「……水樹ちゃん。そういう事を言うのはこの口かしら?」


「ひゃっ!痛、いたい!!

 ソフィアさんごめんなさいってー!!!」


「うふふふふふふふふふ……」


 なお、着替えている間の話を聞いた愛夜ソフィアがぶっ倒れたのは言うまでもない。

 ついでに、近藤俊作との夜に制服を着たのも言うまでもない。





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ファム・ファタールになり損ねた女 神奈水樹

 この『現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変』は『昨日宰相今日JK明日悪役令嬢』の前日譚なのは何度か話していたが、ぶっちゃけると神奈水樹の物語として企画された。

 なお、この二つの物語においてファム・ファタールは神奈世羅であり、相良絵梨であり、小鳥遊瑞穂なので、彼女はファム・ファタールになれなかったと同時に脇役で居た為に幸福に過ごしましたという祝福というか呪いを受け取っている。

 同時に、周囲の友人や知人が破滅するので彼女自身壊れるしかなかったというか、幼年期に壊されたのでその呪いを祝福に変えたというべきか。

 作者の趣味である聖娼系ビッチと民俗学とファンタジーをゴリゴリに構築したのがここである。


 まさか書いている途中で書籍化するとは思っていなかった(『昨日宰相今日JK明日悪役令嬢』を見ればわかるが、書き上げてから編集するつもりだった)のでこのあたりも公開しておくが、『帝都学習館学園七不思議』はオカルト系配役が開放院蛍から神奈水樹に代わる物語であると同時に、神奈水樹が桂華院瑠奈から離れる事でオカルト的に桂華院瑠奈の破滅が確定するストーリーの中核だった。『道化遊戯』はその破棄された初期構想で神奈水樹の立ち位置を再定義する為に作られている。

 しかし書いて思ったがこいつの思考グランドくそ野郎だ。



井の中の蛙こと三田守には、鴻鵠である神奈水樹の志が分かる訳もなく。

 『井の中の蛙大海を知らず』と『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』という二つのことわざを組み合わせている。


『【R-18+】同人AVタイトルジェネレーター』というのがあって、愛夜ソフィアのAVどんなのだろうと使ったら初手これであるwwwww


https://twitter.com/hokubukyuushuu/status/1431155809623298049?s=20

 

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