富嶽放送競売 その8

 富嶽放送の競売で名乗りを上げた連中が次にした事は、パートナー探しである。

 アイアン・パートナーズ保有株51%を33%と18%に分けて売却するからだ。

 という訳で、国内企業と外資というペアづくりがニュースのネタとなる。


「アヴァロン・アトランティックとフェブエッジが富嶽放送買収において業務提携を発表。パラダイス・ワンダーマーケットが年金基金系と組んだのが発表されたわね」


「ユニオンリソースがエウロパネットワークと組むそうです。速報です」


 私のボヤキにアンジェラが顔をしかめて入ってくる。

 ネット系企業はとにかく動きが速い。

 やっている事が『はい。二人組作って』だからボッチにはこれはつらい。


「あと、市場で富嶽放送株で0.4%分を購入しました。

 高掴みですけど、万一桂華グループが買収できた場合33.4%になって拒否権を行使できます。

 他所が買っても、この拒否権を行使できる0.4%分は買うでしょうから、転売には困らないでしょう」


 そういう所のそつのなさが実にアンジェラらしい。

 私がなんともいえない顔になっているのを気づかないのか気づいているのに無視しているのか分からないアンジェラは続きを口にする。


「二木物産と淀屋橋商事が連携するみたいです。

 二木物産と淀屋橋商事はメインバンクの二木淀屋橋銀行経由で仲裁したそうですけど、主導権を取ろうとした結果、売却できたら25.5%にして持つとか。

 勝ちに行く気あるでしょうかね?」


「ないんじゃない?」


 日本企業あるあるである。

 とはいえ、手をあげるという事はしておかないとというのも企業あるあるな話な訳で。

 だったら、外資と組めよと思うのだが、外資アレルギーってのもこの国にはある訳で。

 

「帝国電話は?」

「接触しているのがアラブ系SWFと年金基金系ですが、動きの遅さにイラついているみたいで」

「ですよねー」


 民営化されたとはいえ、国営企業の風土がたっぷり残っている帝国電話だ。

 スピード命の通信・放送事業でこの動きの遅さはそれだけでも不利になる。


「で、残っているのがうちと手を組みたい所という訳だ」


「水面下で接触しているのはガーファ・コーポレーションとアラブ系と欧州系SWFの三つですね。

 問題なければガーファ・コーポレーションと組もうかなと思っていますが……」


 アンジェラの言いよどみに私が興味をひかれる。

 ガーファ・コーポレーションの資料を手に取ってその理由を見つける。


「あー。

 ここ、かつて日本のTV局買収に失敗しているのか」


「メディア関連は戦々恐々しているみたいで」


 なお、その際には『外資に乗っ取られる』キャンペーンをメディア総力で展開して政治まで動かして撤退に追い込んだのだ。

 それが分かっているから、今回の競売でも国内企業が避けていたともいう。


「そこと組むの?」


「だって、持つだけで経営しないなら、経営任せられる所に押し付けないと」


 いや正論なんだけどさー。

 壮絶に恨みを買うと思うのだが。これ。

 いやまあ言わないでおこう。アンジェラに任せているのだから。


「アヴァロン・アトランティックがそれほど叩かれていないのはどうして?」


「あそこは、音楽事業が中心で放送よりも富嶽ミュージックの方が欲しいんですよ。

 ガーファ・コーポレーションの当て馬みたいな感じで出たのもありますし、フェブエッジがかなり好条件をだしたみたいで」


 乗り気じゃない所をフェブエッジが乗り気にさせたか。

 そんな事を考えていたら、アンジェラが補足説明をする。


「ちなみに、帝興エアラインの救済に名乗りを上げているんですよ。アヴァロン・アトランティック。

 アヴァロン・アトランティックのメイン事業は音楽と航空会社なので、本命は帝興エアラインと言われています。

 ここの黒幕が航空機リース事業を拡大させていた岩崎商事。

 富嶽放送で手をあげて、本命の帝興エアライン救済に向けてと言うのがシナリオみたいですね」


 当て馬なのはフェブエッジの方じゃないかと思いつつ、フェブエッジの株価チャートを見ると、プロ野球団買収名乗りから富嶽放送競売に名乗り出た事で株価は急騰していた。

 彼らも得るものはあったという訳だ。


「競売の方法はどうなるの?」


「まずは、四月末までエントリーを受け付けて、五月の中頃にオークション形式で入札を行う事になります。

 入札は高い札を入れた会社が勝つのではなく、一番低い会社を退場させる形式で最後の一社になった時点で落札という形式です」


 つまりこういう事だ。

 ABCDの四社が入札するとしよう。



一回目

 A 一億円

 B 八千万円

 C 五千万円

 D 三千万円 脱落


二回目

 A 一億円

 B 八千万円

 C 五千万円 脱落


三回目

 A 一億円  落札

 B 八千万円



 ここで、二回目以降にタイムラグがあるのがポイント。

 公的オークションではないので、こういう悪さも可能なのだ。



二回目 IF

 A 一億円    脱落

 B 一億二千万円

 C 一億五千万円


 かくして、オークションの間にさらに値を上げるかどうかの決断が求められる。

 ついでに言うと、こういう時は、脱落企業を取り込んで入札して逆転なんてのがある。


三回目 IF

 A 一億円

 B 一億六千万円  落札  (CDと業務提携締結)



「で、この入札が五月の半ばか」


「日本企業なので、日本企業のスケジュールに配慮したそうですよ。

 日本は四月が新年度な上に、ゴールデンウイークがあるじゃないですか」


 アンジェラの言葉に私は頷きつつカレンダーを眺める。

 新宿ジオフロント完成式典は4月27日。

 つまり、起こるだろう何かを察して入札をずらしたのだろうなと思ったが、それを知る事はできなかった。


 かくして、運命の4月27日に向けて、多くの人たちが走り出す。




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前回のTV局買収失敗

 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/960620/softbank.htm


 そうか。この時あそこも絡んでいたの忘れていたな。

 今回はタッグを組まずに別々のパートナーとなったが、水面下でとか考えだすと楽しい。

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