富嶽放送競売 その6
富嶽放送の入札については、桂華グループというか私は動けないというか、動いたらいけない立場にある。
古川通信のように八面六臂で動いた時とは状況も立場も違うという事を岡崎となんとなしに話す。
「でかくなった弊害よねー。
相手待ちってのは」
「本来それが王者の戦い方ですよ。
俺みたいな邪道ばかり上手くなってもお嬢様の害になるから、今回はしっかりと勉強してください」
他人事のように言うが、しっかりと絡んでいる岡崎だからこそ、その言葉には説得力がある。
なお、岡崎曰く『俺一人ではしたくてもできなかった戦い方』らしい。
「戦いってのは本質的に待つ事ができる人間が圧倒的に強いんです。
たとえば、お嬢様はまだ未成年で、順調に行くならば今後五十年は政財界の中心に立ち続ける事ができます。
それが意味する価値と、現在のプレイヤーがお嬢様より先に引退・退場するという事実はまず動きません」
岡崎はここで切って、実に楽しそうに笑う。
まるで、イカサマを見抜いたギャンブラーのように。
「だから連中は、ルールを変えて勝負しているんです。
そのルール内では彼らもお嬢様も平等ですからね」
何が言いたいのかを察した私は、岡崎が望む答えを口にした。
私と言うか日本企業はこれによって叩き潰されたのだ。
「四半期決算ね。
今や十年先の百万円よりも、明日の百円の方が価値がある世の中になった」
「そういう事です。
同じ短距離ならばゴール先でぶっ倒れても問題がないと来たもんだ」
「だからこそ、同じ距離で喧嘩をしない」
「という裏道の果てが、お嬢様暗殺からの日本市場大暴落なんですよ。
こっちは、そのワンチャンを潰しきれば……いや。もっと強く言いましょう。
その賭けをさせないようにしなければいけません」
世の中は面白くダイナミックにというのは映画の主人公である。
『激しい勝利はいらないかわり、深い敗北もない。植物のような人生。そんな平穏な人生こそ……』とは誰の言葉だったのか?
「で、そういうワンチャンは潰せているの?」
私の確認にめずらしく岡崎が苦悩の顔を見せる。
言うは易しく行うはという典型例だろう。
「間違いなく仕掛けるのは新宿ジオフロント完成式典なんです。
問題は、潰す人間の範囲が広すぎるんです。
実行犯に黒幕に便乗者。
全部潰したら誤認もあるでしょうから、まずできません」
だから未だ新宿ジオフロントのテロの目を完全に潰し切れていないのだ。
全部潰すには誤認を含めて規模が大きすぎ、かといって馬鹿が便乗しない程度には締め上げて敵を選別する。
難儀なものである。
「そういえば、アンジェラの説明聞いていた時に月光投資公司が出てなかったけど、あんたは何か掴んでる?」
「ええ。
奴らは第三者ですからね。
先の日本市場大暴落に備えるCDSをこっそり買っていますよ」
第三者だからこそ、見えるものがある。
つまり、彼らから見れば私の暗殺の可能性は、保険であるCDSを買う程度には高いと。
全体を統括するアンジェラが見落とした月光投資公司だが、同じ蛇の道の蛇だった岡崎はしっかり見ていた。
このあたり面白いなと内心で思っていた私を知ってか知らずか、岡崎は私にこんな提案をする。
「あまりやりたくはないんですけどね。
お嬢様。お嬢様の先輩である敷香リディア嬢に会う事は可能ですか?」
「そりゃあ、会えると思うけど、むしろ何で今まで接触しなかったの?」
「情報を与えるのが嫌なんですよ。
間違いなく、敷香侯爵家は見張られています。
接触した事でこっちがどの程度掴んでいるかプロならば察するでしょう」
「それでも、接触する理由は?」
岡崎は実に白々しく紙を取り出してさらさらと。
あ。これ、アンジェラやエヴァに聞かれたらまずいタイプの話だ。
(これ、お嬢様に教えるなって言われている事なんですけどね……
新宿ジオフロント。中のシステムに穴があるみたいなんですよ)
「!?」
突然出てきたやばい話に驚く私と、言ってすっきりしたのか岡崎は実に楽しそうな笑みをみせる。
やっぱり岡崎はこっちの顔の方がらしいなと思ったり。
(新宿ジオフロントの警備員が発見したのですが、地下換気システムにやばいセキュリティーホールが空いているんですよ。
お嬢様がお地蔵様を備え付けた時の話覚えています?
ハッキングがあったとかで)
「ああ。あれね。
それがどう繋がるの?」
まだぴんと来ていない私に、岡崎は楽しそうな笑みのまま、その問題点を指摘した。
(ジオフロント完成区画のかなりの部分から、この地下換気システムにアクセスできるらしく、テロリストが望むならば、式典参加者全員を酸欠に追い込むことが可能みたいですよ)
その意味を理解するのに私は少し時間が必要だった。
理解した後、私は他人事のように手をポンと叩く。現実逃避ともいう。
「なるほど。
月光投資公司がワンチャンあるかもとCDSを買う訳だ」
「アンジェラさんとか大激怒で本国相手にかなーり長く式典の中止を訴えていましたよ。
もちろん、徒労に終わったんですけどね」
もはや、この新宿ジオフロント完成式典は政治イベントとして動かせなくなっていた。
イラク情勢は大統領逮捕で米国にとって好転しているように見えるし、恋住政権は年金問題を官房長官と野党党首の刺し違えで処理した結果、最悪期を脱していた。
桂華金融ホールディングス上場益で莫大な資金を得た私は、帝興エアラインから始まった一連の仕掛けを金で叩き潰すことが可能になりつつある。
だから、この式典なのだ。
ここで私と恋住総理をまとめて始末できる誘惑を敵は振りほどけない。
(だったら、その道のプロに聞くのが一番でしょう?
豊原地下都市の都市インフラは国家保安省が握っていた秘中の秘です。
その長官だった敷香侯爵は間違いなく何か掴んでいますよ)
「いいわ。あなたの悪だくみ。乗ってあげる」
私が声を出すのと同時にエヴァが茶菓子と険しい顔をして入ってきたのはほぼ同時だった。
岡崎を見る目が『この野郎。また何かしやがったな』と語っているのだが、岡崎は書いたメモを私に押し付けて知らんぷりである。
「お嬢様にミスター岡崎。
先ほど書かれていたメモについて説明願いたいのですか?」
「さぁ?」
「何のことかしら?」
もちろんとぼけたのだが、岡崎はエヴァにねちねち嫌味を言われたらしい。
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このあたりの動きの変化は実はわかってやっている。
勝つために動くから、動かなくても勝つように組織が肥大しているからで、動き続ける為にも本来ならばここで負け戦を入れる予定だったのだか……
待つ事ができる人間が圧倒的に強い
2017年4月2日。こんな言葉が流れてきて、メモは取ったが誰が言ったのかまで取っていなかった。
全文を出しておく。
『ラスタル様が何で勝ったかというと「不利な方はそのうち不利をひっくり返そうと無理な手を使うので、それにきちんと対処して有利を守るように、能動的に動かず受動的に対処してればそのうち不利な方が自滅する」という、この世界のクッソつまんない法則をきちんと守ったからでは』
8/25追記
感想にて元のtweetを発見してくれた方がいらっしゃったので、感謝しつつ元tweetを掲載
https://twitter.com/bottikurihu/status/848454418584322048
激しい勝利はいらないかわり、深い敗北もない。植物のような人生。そんな平穏な人生こそ……
元ネタは吉良吉影『ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない』(荒木飛呂彦 集英社ジャンプ・コミックス)
以下全文。
『激しい喜びはいらない…そのかわり、深い絶望もない…植物の心のような人生を…そんな平穏な生活こそ、わたしの目標だったのに…。』
なお、リアルパイセンはそれをまったく望まなかった……
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