富嶽放送競売 その4
「結局、アイアン・パートナーズとどこまでやるの?」
「正直に言うと、向こう次第なんですよね」
岡崎を呼んで米国の裁判の件を聞いてみる。
当事者の割には他人事の返事だった。
「お嬢様もそうなんでしょうけど、基本真っ向から殴るってしないでしょ?
まず、盤面をぶっ壊してから作り替える」
「そのカテゴリーに私が入っているのが不快ではあるけど、話を続けて頂戴」
なお、自覚はあったりする。
言うつもりもないが。
「アイアン・パートナーズの背後にいる敵の選別が必要なんです。
アイアン・パートナーズが金をかき集める過程で、かなり危ない筋からも集めたのは掴んでいるのですが、それゆえに、うちに対してのスタンスがブレブレになっているんですよ」
「たしかに手を握りたいのか、ぶん殴りたいのか迷っているようにも見えるわね」
アンジェラはウォール街トレーダーらしく『金が欲しいだけです』とばっさりと切り捨てたが、盤面ぶっ壊しプレイヤーである私や岡崎にとっては、そここそが知りたい所だったりする。
盤面をぶっ壊すには、その盤面の一番弱い所を一撃で突く必要があるからだ。
「アイアン・パートナーズに金を出した連中の仲が割れているのは分かっているので、だからこそ裁判に踏み込んだんです。
裁判ともなると、日樺石油開発内部を第三者が徹底的に洗います。
色々出てくると思いますよ」
「樺太銀行マネーロンダリング事件で散々探られたのに?」
「『だ・か・ら』探られた後に隠すんじゃないですか♪」
「あー」
岡崎の実に楽しそうな顔にやっと私も理解する。
人間、一度探して無かった所は二度目をあまり真剣に探さない。
探し終わった所に隠すというのは悪くない作戦なのだ。
問題は、その隠さないといけない物の正体だが……
「帝興エアライン」
「さすがです。お嬢様。
多分ですが、裏帳簿と裏債権と表に出せない物が隠されているのが日樺石油開発です」
帝興エアラインの不正の一つに、武器や麻薬の取引を成田空港で行っていたというのがある。
表に出せない取引だからこそ、発覚した際にこれらを大急ぎで隠す必要に迫られたのだ。
それが、マネーロンダリング事件で探られた後の日樺石油開発だったという訳だ。
「マネーロンダリング事件でシステムが止まりましたが、マネーは洗浄されずに溜まっています。
そして、止まったシステムにもそのままお金が残っているんですよ。
水道を止めても、水道管に水が残っているようなものです。
その額は数十億ドルはあると俺は見ています」
そりゃうちと喧嘩をしても取りに行きたい……ん?
「思ったんだけど、水増しされたっていう日樺石油開発の債権ってまさか……」
「ええ。多分これですよ。
だから裁判に踏み切った訳で」
なるほど。
そりゃ、アンジェラに頭を下げる訳だ。
このあたりの精査は国家組織規模で探らないと手に負えない。
「これで、金目当ての連中で手を引く所が出てくるでしょう。
間に合えば、帝興エアライン経由の犯罪でも彼らを追い詰められます。
ただ、不逮捕特権で……」
「おーけい。わかった」
ここでも出てくる不逮捕特権。
末端を捕まえ、自殺者を出しながら黒幕には手が出せず。
こうなってくると、不本意だけど恋住政権が進める華族特権撤廃を応援したくなる。
なお、撤廃されて真っ先に潰されそうなのが私なのは言うまでもない。
「で、一番過激な連中である、私を殺してケジメをつけさせるって輩についてはどうする訳?」
私の質問に岡崎の顔が真面目になる。
それぐらい状況は切迫している訳だ。
「北海道から北樺警備保障の精鋭一個大隊を呼び込んでジオフロントの警備をさせています。
さらに、大規模に賞金をかけてその手の情報をかき集めていますが……」
煮え切らない顔で岡崎が告げる。
「現状の危険度は半々と思っています。俺の勘ですが」
「その理由は?」
「本命の線がどうしても手繰れないからです。
不逮捕特権で」
岡崎の口調に苦々しさが混じる。
私はまた出たワードに苦笑するしかない。
「ジオフロントのテロで一つ、とても筋の通る理由があるんです。
恋住政権は現在華族特権の撤廃を目指して動いていますが、その動きは複数の同時進行で進めていました。
一つがさっきから出ている不逮捕特権の撤廃。これは絶賛華族が抵抗中ですよね。
もう一つが樺太銀行マネーロンダリング事件と帝興エアラインの破綻。
樺太華族連中の経済基盤がこれで完全に破壊されました。
今、恋住政権がもう一つ秘密裏にかつ強力に推し進めているのがあります」
岡崎はその言葉を溜めて言い放った。
「軍縮です。
イラクの目途が立ち、テロとの戦いに合わせて自衛隊内部を変える動きがあるのですが、要するに師団数削減のリストラでしかありません。
そして、その削減される師団が旧北日本の師団なのは言うまでもありません」
岡崎の言葉に私は天井を見上げた。
やる。あの総理はやる。
全部を賭けての大博打はあの総理の真骨頂だ。
「追い詰められた樺太華族が暴発しロシアンマフィアと組んでテロに走る。
それを鎮圧して、返す刀で華族特権の解体に踏み込む……か」
テレビをつけると、ワイドショーで頭を下げる総理の絵が映っていた。
年金問題は官房長官と野党党首が刺し違える形で辞任となって決着し、反省を促すダンスの後にそのまま「反省した」事で民意が好感し、最悪期を脱したことを伝えていたのである。
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あの人ならやりかねんのだよ。
「反省した」と言い切れるし絵になるので。
官房長官と野党党首の刺し違え
これが『ですがスレ』発端となった出来事。
本当にこのあたりの銀髪宰相はついていた。
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