富嶽放送競売 その3

「とりあえず、米国での裁判については私の伝手で最高級の弁護士チームを用意させました。

 毟れる物は徹底的に毟りとってやりますわ」


 いや、私達がハゲタカに毟られる……よそう。

 今のアンジェラならば、悪魔から魂すら奪いかねないオーラがある。

 これがウォール街トップトレーダーの本性かぁ……


「思ったんだけどさ。そっちの裁判で色つけるから富嶽放送ちょうだいって取引は駄目なの?」


 私の何気ない一言にアンジェラは顔を近づけて一言。

 なお、笑顔なのに怒気が隠しきれていないあたり地雷を踏んだらしい。


「お嬢様。

 その手の取引は絶対にやっちゃ駄目ですよ」


「できれば理由まで言ってくれると嬉しいのだけど」


「メンツとセクショナリズム」


「あー。納得」


 この巨額のビジネスは一人で進められる訳もなく、多くの人間が絡んで仕事をしている訳で。

 トップダウンの決断で締結というのは荒業であるがゆえに、確実に相手だけでなく自社スタッフのメンツすら潰す事がとてもよくある。


「たとえば、今の提案で私が話を進めると、日樺石油開発担当のミスター岡崎のメンツが潰れます。

 日樺石油開発の裁判で私に頭を下げて弁護士チームを紹介してくれるように頼んだ彼の仕事を私が奪うと、彼はともかく彼の下が不満を抱えるでしょう。

 私としてはミスター岡崎にはそろそろギャンブラーではなく、ビジネスマンとして振る舞っていただきたい所ですが」


 あれだけ岡崎の事を嫌っているアンジェラにしてこの言い草である。

 感心する私にアンジェラは視線をそらして腰に手を当てつつ、ままならない表情で本音を漏らす。


「私としましては、古川通信がらみの件はまだ許していませんし、なんならばもう二・三発殴っておけばよかったと思っているのですが、彼は能力はあるしお嬢様を裏切らないじゃないですか」


「その言い草だと、既に裏切り者がいるみたいに聞こえるけど?」


「居ますよ。当たり前じゃないですか。

 味方にも。敵にも。

 富嶽放送と日樺資源開発だけで確定で二兆三千億円も動くんですよ。

 札束でぶん殴るどころか、ジュラルミンケースでぶん殴れますよ。

 ましてや、桂華グループは膨張しだしてまだ十年も経っていない新興財閥です。

 裏切り者はいくらでも作れますよ」


 返す返すも桂華は大きくなり過ぎた。

 結果、組織が膨張する体に追いついていない。

 だから、アンジェラは嫌っているが岡崎を認めたという事なのだろう。

 まぁ、岡崎が桂華商会子会社の桂華資源開発の社長であり、桂華金融ホールディングス北米担当役員となったアンジェラとセクションが違うからというのもあるのかもしれないが。


「話がそれたわね。

 富嶽放送の件に戻りましょう」


「かしこまりました。

 アイアン・パートナーズが近く米国金融機関に富嶽放送の株を売る所までは話しましたね。

 現在、水面下でこの株の奪い合いが発生しています」


「ん?それは、プレイヤーとして?ゲームマスターとして?」


「ゲームマスターとしてですね。

 もちろん、この時点でゲームマスターと組んでいるプレイヤーが居るのは間違いないでしょうが」


 現在行われているのは、富嶽放送の株式を買い取って競売にかけるゲームマスターの決定だ。

 この時点で米金融機関と組んで自分に有利なゲームマスターを送り込もうと企んでいるプレイヤーが居るというのだから、もうなんでもありだな。この世界は。


「で、うちもその中に入っているの?」


「それができないんですよね。うちは。

 自前で金融機関を抱えているから」


 アンジェラいわく、役割の問題らしい。

 プレイヤーにもゲームマスターにもなれるが、プレイヤー兼ゲームマスターはダメなのだ。

 その理由が『公平である必要はありませんが、公平感は用意しておく』というやつだ。


「富嶽放送を欲しがる連中は、欧米のメディア大手もしくは新興ネット企業だと思うのですが、彼らは資金調達と競売のアドバイザーとしてウォール街の大手金融機関と手を組んでいます。

 このゲームはそういうペアマッチなのですが、桂華は両方できるくせにアイアン・パートナーズと日樺資源開発で利害が対立しています。

 だから最初は動けないんですよ。

 下手に動けば、プレイヤーである企業と金融機関から袋叩きにあいます」


 なるほどなー。

 理解はしたし、納得もした。

 だからこそ、疑問が出てくる。


「この状況で、どうやってプレイヤーからゲームマスターなりゲームデザイナーになるっていうのよ?」


 首をかしげる私にアンジェラが私に何かを手渡す。

 後で聞いたが、わざわざアンジェラの部下が秋葉原の中古ショップに買いに行ったらしい。

 80年代の超有名ゲームのソフトだが、このゲームの名前を用いた企業買収の防衛策があった。

 その名前を『パックマン・ディフェンス』という。


「うわぁ……最後まで手を出さずに、富嶽放送を買った企業ごと買収するつもりね……」


「お嬢様が現在お持ちになっている数兆円というのは、それができるだけの金額でございます」


 なんだろう。

 味方なのに『汚いなさすがウォール街トレーダーきたない』と罵倒したくなる汚さだが、私は中立の立場で見てアンジェラに全てを任せるのが良い事が判明した。


「あと、アイアン・パートナーズが富嶽放送株を手放した時に、米金融機関がデューデリジェンスを行うので、ミスター橘が指摘した黒革の手帖も見つけられると思いますわ」


 その後のアンジェラの報告にひっかかるものがあったので、私はあえてそれを口にした。


「ねぇ。アンジェラ。

 それ、もしかしてカンパニーオーダー?」


 アンジェラはただ笑顔をこっちに向けたのみだった。

 これだから覇権国家の超大国様ってやつは……




────────────────────────────────


札束とジュラルミンケース

 札束=百万円

 ジュラルミンケース=一億円


パックマン・ディフェンス

 というわけでwikiぺたり。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B9

 あまり有効な手ではないのだが、それを押し通せる莫大なマネーがお嬢様にはあるのがポイント。


汚いなさすがウォール街トレーダーきたない

 大百科があったので元ネタをペタリ

 https://dic.pixiv.net/a/%E6%B1%9A%E3%81%84%E5%BF%8D%E8%80%85

 これ、2005年の言葉かぁ……


デューデリジェンス

 投資対象への価値やリスクの調査の事。

 こういう事ができるのも専門知識がある金融機関の強みである。


カンパニーオーダー

 このカンパニーは『CIA』の隠語

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