富嶽放送競売 その2

「ルール?」


「はい。ルールです。

 欧米が先進国として君臨しているのはこのルールを握っているからです」


 このあたりの話はスポーツ等が顕著だったりする。

 スポーツのルール改定では、有利・不利がはっきり出る事があるからだ。

 そして、ルール改定で煮え湯を飲まされてきたのが日本のスポーツ界だったりする。


「そういえば、条約改正で苦労していたわね。この国は」


 幕末から始まった治外法権と関税自主権の改定には数十年の年月をかけている。

 プレイヤーでいる限りは、そういう苦労はついて回るという訳だ。


「プレイヤーとしてゲームに勝つというのは初めはいいでしょう。

 ですが、確実に勝ちたいならばゲームマスターに、もっと言えばゲームデザイナーにならねばなりません。

 今回のゲームで桂華はプレイヤーですので、ここからゲームマスターなりゲームデザイナーになるように動く必要があります」


「プレイヤー同士で組んでというのはダメなの?」


「悪くはないですが、私がゲームデザイナーならば仲を裂くようにルールを作りますよ。

 それに、ルールの共通認識をプレイヤーが持っているかも心配です」


「共通認識?」


 おうむ返しに聞く私にアンジェラがため息をつく。

 ルールというのはその国や地域の文化がはっきりと出るものだからだ。


「たとえば、商品に値札がついている場合、日本人はそれで買いますが、多くの国では値切り交渉が始まります。

 日本ではこの値札が売買のゴールラインであるのに対して、それらの国ではスタートラインであるという文化的背景がある訳ですね。

 また、商品に値札が無くて店主との交渉になるケースでは値引きから始まってというのがその国の文化という所もありますが、日本人は言い値で買っちゃうんですよ」


「それ聞いたことがあるわね。

 海外旅行でぼったくられたとかなんとかで」


 海外の怪しいお土産物屋で日本人が騙されるあるある話で、バブル以降の海外旅行で日本人が痛い目に合った話はある種の定番とも言えよう。


「もちろん、この手の話は日本側の報復もあります。

 騙されたと知ると情報が共有されて、日本人全員が警戒するんですよね。

 ルールの順守とグループ内情報共有の素早さは、プレイヤーであるこの国の武器と言っていいでしょう」


 やられっぱなしではないし、やられっぱなしでは国際競争に勝てない。

 ルール下での信用を積み上げた結果としてこの国は今の地位にたどり着いた。

 そういう事なのだろう。


「なるほど。

 で、それを踏まえて、どう動くわけ?」


 私の質問にアンジェラは実に楽しそうにその手を披露する。

 アンジェラの後ろに悪魔のしっぽが見えたような気がするが、幻覚だろう。多分。


「とりあえず取引の公平性をプレイヤー間で共有した上で、第三者を交えたオークションを持ち掛けますね」


「……?

 オークションって美術品とかでハンマーを叩くあれ?」


「そのあれですけど、会社競売でも行うんですよ。

 実際はウォール街の金融機関が仕切りますね」


 アンジェラはホワイトボードに今回の仕掛けを書く。

 今のところはそれほど複雑ではない。


「アイアン・パートナーズの有利な所は富嶽放送を入手しており、それを欲しがる企業がいるという事です。

 そして、アイアン・パートナーズの不利な所は、富嶽放送買収の為にかなり強引に資金をかき集めた事です」


 ヘッジファンドはお金をぐるぐる世界に回す事で利益を作り出す。

 その為、今回の富嶽放送買収の手持ち資金はそれほど多くはなく、高値で売れると踏んで市場からかなり無理をしてかき集めたのは想像に難くない。

 今回、富嶽放送を得るためにアイアン・パートナーズがかき集めた資金はおよそ千五百億円と言われており、そのほとんどを市場から高金利で借りていると言うわけだ。


「おそらく、アイアン・パートナーズ側からすれば、最低でも二千億円。

 できれば、三千億円以上で売りたいでしょうね」


「出せばいいのに。

 それぐらいなら問題なく出せるでしょう?」


 私がぼやく。

 桂華金融ホールディングス上場によって兆単位の資金が転がり込んだ今の私に、三千億円は出せない金額ではない。


「それをすると他のプレイヤーから恨まれるんですよ。

 公平である必要はありませんが、公平感は用意しておかないと他のプレイヤーに恨まれます」


 まだピンときていない私にアンジェラが例を出す。


「三千億円ポンと出して占領軍よろしく進駐するお嬢様を、富嶽放送の社員たちはどんな目で見ると思います?」


「そりゃ、アイアン・パートナーズと同類……なるほど。そういう事か」


 ポンと手を叩く私にアンジェラはさらに例を続ける。

 今度はさらに過激なケースだった。


「これが発展途上国の企業だと、その国の面子を潰されたとかで暗殺者が送られるケースもあるのでご注意を」


「……だから、プレイヤー間で取引の公平性を共有する訳だ」


「はい。

 まずはプレイヤーとして共通してゲームマスターに当たるふりをしながら、こっそりとルールを書き換えるんです」


 舌の根が乾く前に凄いことを言ってのけるアンジェラに私は苦笑するしかない。

 これが、巨万のマネーが舞い踊るウォール街の流儀ってやつらしい。


「おそらく、アイアン・パートナーズは競売の前に富嶽放送の株式を米国金融機関に売却するでしょう。

 彼らはオークションで支払われる三千億円を待つ時間がありません。

 二千億円程度で利確して、本命に備えるつもりです」


「本命?」


 首をかしげる私にアンジェラは本当にとても楽しそうに微笑んだ。

 うん。背中に黒い羽根は生えていないな。


「決まっているじゃないですか。

 日樺石油開発の係争中債権二兆円ですわ♪」




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アンジェラさんが楽しそうでなによりです。


スポーツのルール改定

 この時期だとノルディック複合がそれをやられている。

 記事ペタリ。


強すぎた日本代表の悲劇、ノルディック&ジャンプでルール変更|NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20200329_1550267.html



条約改正の動き

1858 日米修好通商条約

1894 治外法権撤廃

1894-95 日清戦争

1904-05 日露戦争

1911 関税自主権回復

1914-18 第一次世界大戦


公平である必要はありませんが、公平感は用意する

 『カイジ』兵藤和尊会長

 彼の死後帝愛グループがどうなるか凄く見たいんだよなぁ。

 地下王国を含めて多分ハゲタカに食い物にされると踏んでいるのだが。

 帝愛グループのモデルっぽい、武富士が苦境に追い込まれるのがこの時期なのだが、遺産相続スキームはリアルがあれだからきっちりしているのだろうなぁ……

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