オカルト異文化コミュニケーション

「カリン。

 私の所に古川と四洋の工場関係者から直訴が来ているけど、何をやったのよ?」


 桂華電機連合の工場ともなると数百人の労働者が働き、周辺まで入れたら地域経済の柱ともなる工場の関係者とぼかしているが、この直訴は工場長から来ていたりする。

 現場の最高責任者であり、執行役員として遇していた彼からの直訴ともなると、さすがに私も動かざるを得ない訳で。

 そのくせ、その直訴が妙にぼかしているからこちらも対応に困る訳で。


「?

 その工場はたしかマニュアル撮影班を入れて、質問書を送った所ですが?」

「その質問書、こっちにも見せてくれない?」

「わかりました。メールで送りますね」

「印刷するの面倒だからFAXで送ってよ」


 そんなやり取りの後、私は直訴の理由を知る。

 そりゃ直訴するし、下手に答えられないわ。


『何で工場の敷地内にお社が建っているのですか?

 動線を考えると、移動等を検討した事はないのですか?』




「私、占い師で拝み屋じゃないんですけどー!」

「で、現在巫女服着ている貴方をどう翻訳していいかカリンのスタッフも困惑しているわね」


 コスプレ巫女……じゃなかった神奈水樹は学園隣に作られた神社の正式な巫女さんである。一応。

 その隣に同じく巫女服を着た蛍ちゃんがおみやげの一本ロールケーキを切っていた。

 一つ多く切るのは、もちろんここのお狐様にお供えする為なのだが、そのお供えもカリンのスタッフ(当然外国人)は首を傾げていた。


「神様に捧げるらしいが……放置したら腐るだろう?あれ?どうするんだ?」

「神様に捧げるのが大事ならば、模造品の方が良くないか?腐らないし?」


 英語でのやりとりが耳に入ったから、私は英語で彼らに指示を出す。

 ここの神様というかお狐様はいたずら好きなのだ。それ相応の畏怖は受けてもらおう。


「そのお供えしたお皿、ずっと撮影しておいて。

 いいものが見れるわよ」


 そんな前座をやった後で本題に入る。

 この手の文化的オカルト価値観の説明ほど厄介なものはない。

 こと外国人、特に一神教系の人たちにとって『触らぬ神に祟りなし』という言葉ほど理解できないものはない。

 彼らにとって神は唯一にして常にあるものだからだ。


「『祟り』というのは、その地で起こった事件の記憶です。

 科学が発展していなかった昔、様々な原因があった事件をこの国の人たちは『祟り神』として祀り、風化させないようにしました。

 一つは災害を始めとした自然に対して、もう一つは人の業として」


 この国の工業団地は高度経済成長時に造成された訳で、それはその当時人が入るのを躊躇った場所に作られる例が多かった。

 つまり、災害に弱いのだ。

 治水技術の向上に伴ってそのあたりは風化しつつあるが、決して無視していいものではない。


「こちらの文化的習慣は理解しています。

 私どもが説明を求めるのは、その習慣の科学的説明とそれによる改善なのです」


 カリンの口調が思ったより丁寧だ。

 日本語もきっちり習得したみたいだが、それをこのコスプレ巫女じゃなかった神奈水樹に使うあたり、神奈一門の事のレクチャーは受けているらしい。

 

「たとえば、この国の工業団地、特に地方の場合はその造成が人の居ない場所で行われました。

 大体開発が出来る所は戦前までに開発されています。

 つまり、そういう工業団地はその時点で『訳あり』なんですよ」


「それは、自然について?それとも人の業について?」


 私が横から口を挟む。

 このあたりは、オカルトの被害者というか当時者である私が口を挟んでカリンたちを納得させるに限る。

 アンジェラあたりから京都でのお狐様あたりを聞いていてなおこういう事を聞いてくるのだから、理解できないのか、対処可能と踏んだのか。

 このあたりが分からないからこそのこの会見である。


「両方。

 正直その場所に行って調べないと無理ね。

 たとえば地名やその土地の由来を漁って、災害の多かった場所なのか、人災のあった場所なのかを調べないと。

 で、大体調べた所で好転しないのよ。この手の話は」


「またどうして?」


「たしか桂華院さんには前に話したと思うけど、『祟り』は知ることで発動するの。

 事件事故が発生した後で『祟り』のせいに変換される訳。

 悪い話じゃないのよ。とりあえずの犯人が人智を超えた存在ってのは。

 仕方ないよねーと納得できる訳で」


 神奈水樹はここでいたずらっぽく笑う。

 年相応の笑みにも見え、年上の女にも見え。

 こういうのを魔女というのだろうな。多分。


「問題なのは、これが人智を超えたものが本当に起こしているケース。

 その場合の祟りの対象が、その地区までで留まればいいけど、貴方や桂華院さんにも起こりかねない。

 その可能性が1%以下だとして、そのリスクを許容できますか?」


 神奈水樹の笑みに押されるカリンとそのスタッフたち。

 蛍ちゃんがつんつんと私の脇をつつく。


「ところで、みんなお供え物のロールケーキには手を出していないわね?」


 ハッと見るカリンとそのスタッフたち。

 ロールケーキは綺麗になくなっていた。


「という訳で、この件は私の権限で回答を留保します。

 いいわね!」


 反論を言う人間は誰も居なかった。




「ねぇ。桂華院さん。

 あのカリンって人からスカウトが来るんですけどー!

 なんとかしてよ!!!」


 神奈水樹が泣きつくというのも珍しい。

 カリンはあの後神奈の事務所に行って、正式にオカルトがらみの契約を結ぼうとしているらしい。

 全国の桂華グループの事務所及び拠点の総点検を彼女にさせようと、彼女が中学生ってのは完全に忘れているなこれ。

 恨むならそのナイスバディを恨むがいい。

 で、神奈水樹を専属で雇おうと考えている訳だが、それをすると私のオカルト的防御が弱体化するという事でアンジェラ以下総出で反対に回っているとか。

 なお、あのロールケーキ消失の動画は、某米国諜報機関に送られた後にお蔵入りになったそうな。




────────────────────────────────


一本ロールケーキ

 このあたりからブームが始まる

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