バクー 日本・アゼルバイジャンコンベンションパーティー

 総合商社ともなると、コネづくりのパーティーはかかせない。

 食べて飲むだけなら誰にでもできるが、そこからビジネスに繋げるのが彼らの仕事である。

 アゼルバイジャン共和国首都バクーに建てられた古めかしくも威厳あるホテルでは、日本企業を相手にアゼルバイジャン政府主催でパーティーが行われていた。


「おや?

 こんな所で大物に出会うとは。

 桂華さんも注目しているのですかな?藤堂社長」


 桂華商会社長藤堂長吉に話しかけてきたのは、維東中産業の役員で今回の主役の一人でもある。

 なお、桂華商会の一つだった旧赤松商事とはかつて一緒だった時期があったが、戦後にのれん分けしたという過去がある。

 2000年に二千億近い特損を計上して再スタートを切った維東中産業からすれば、資源高のあぶく銭で不良債権を消し去った旧赤松商事が羨ましいと思うのは仕方のない事だろう。

 さりとてコネも大事だから、ライバルにはそれ相応の敬意を。

 これも総合商社の仕事の一つだったりする。


「石油を商売にしていると、油のにおいを嗅いでいないと落ち着かなくてね。

 まぁ、アゼルバイジャン政府のお呼ばれというのもありましたが、カスピ海は見ておきたいと思ったんですよ。

 何せ、この町は古くから石油の町ですから」


 相手側の言葉に、藤堂は笑って流す。

 何しろここに来たのはコネ繋ぎが主眼で、ビジネスは二の次である。

 第二次世界大戦において重要なポイントとなったのはこのバクーにある油田の存在だったのだから。

 だからこそ、藤堂を含めた日本のビジネスマンがバクーに呼ばれたのである。

 維東中産業の役員が感慨深げに苦笑する。


「BTCパイプライン。

 まさか本当に工事が始まるとは思っていませんでした。

 まぁ、お隣の革命で怪しくなっていますがね」


 バクーとグルジアのトビリシを経由しトルコのジェイハンまで繋がるパイプラインの建設工事は2002年より欧米資本主導で始まっていたのだが、2003年に起こったグルジア共和国のバラ革命によってその雲行きが怪しくなってきた所だったりする。

 このパーティーが開かれたのも、5%のパイプラインの権益を持つ日系企業が逃げないように、欧米資本が逃げたらその穴を埋めて欲しいというアゼルバイジャン共和国の意図が込められていた。

 なお、維東中産業はその5%権益の3.4%を握っていたりする。


「実際どうなんです?」


「こっちの感触では費用は高くなりますが、おそらく続行でしょう。

 むしろ、藤堂社長の方が心配ですよ。チェチェンのパイプラインはアゼルバイジャン政府も懸念をロシア政府に表明しているとか」


 9.11以降テロリストが世界の敵となった結果、チェチェンゲリラもまた世界の敵となりロシアが軍を投入して激しい戦闘を繰り広げていた。

 ロシア国債を購入し、そのオプションでロシアからの石油や天然ガスを受け取り、欧州で売ってその代金で中東の石油と天然ガスを買って日本に運ぶ事で莫大な利益を得ている桂華グループにとってはこのチェチェン紛争は対岸の火事ではなかったのである。

 社長の藤堂がここに来たのは、その対岸の火事をお嬢様に内緒でかつできるだけ近くで確認したかったというのがある。


「一応リスクはヘッジしているつもりでね。

 いざとなったら、建設中のパイプラインを利用させてもらおうかと」


「それはこちらとしてはありがたいですな。

 やはり酷いですか?中抜き?」


 ここでの中抜きとはパイプラインから石油や天然ガスを違法に抜き取って、格安で転売する行為を指す。

 ロシアのパイプラインは主要顧客である西欧諸国との間に治安と経済情勢がよろしくない東欧諸国が挟まっていた事で、この中抜きが大問題になりつつあったのである。

 藤堂社長がなんとも言えない顔でぼやく。


「ロシアの関係者が嘆いていましたよ。

 『昔だったらモスクワの命令で粛正できたのに、国が違うだけで見逃さざるを得ない』と」


「ロシアのオリガルヒはほぼ粛正済みでしたからな。

 残っている連中で厄介なのはウクライナですか」


 2000年に就任したロシア大統領はチェチェン紛争で強硬姿勢を示しつつ、ロシア国内のオリガルヒを一掃。その体制を固めた上で2004年の大統領選にて再選を狙っていた。

 だが、ソ連が崩壊した結果、各共和国ごとにオリガルヒたちが生まれ、それがロシアの足を引っ張るようになってきたのである。

 その弊害が特に目立ってきたのがウクライナであった。


「うちについてはこんな所ですが、そちらはバラ革命よりも厄介な奴があるじゃないですか。

 アルメニアとの紛争。大丈夫なんですか?」


「……あまり良くはないですね。

 今回のパイプラインもアルメニアを避けた事で、アルメニアと緊張が走っています。

 アルメニアはロビー活動で米国に支援を取り付け、アゼルバイジャンはオイルマネーを使って軍の装備更新を狙っています。

 今、両国が一番欲しがっているものは何だと思います?

 『信頼できる傭兵』なんですよ」


 売り出し中のアゼルバイジャンワインを片手に維東中産業の役員が嘆く。

 この時期、テロとの戦争によって、アフガニスタンで、イラクでと傭兵の需要は至る所にあった。

 そんな傭兵ビジネスにも絡んでいるのが日本の総合商社であり、旧北日本政府の軍人たちを送り出す事によって『レッドサムライ』と呼ばれる日本の傭兵たちは引く手あまたでオファーが来ていたのであった。

 日本の民間諜報機関と揶揄される総合商社の一面である。


「……国内の話ですが、自衛隊の二個師団削減がほぼ決まり、受け入れ先を探しているとか」


「藤堂社長。

 削らされる二個師団は旧北日本側ですね?

 それとなく、アゼルバイジャン政府の耳に入れておきましょう。

 まぁ、私個人の感想なのですが、そちらの北樺警備保障が入ってくれると、心強いのですがね」


「あれはうちの切り札ですから。

 まぁ、ここではうちは脇役だ。

 端でお手並み拝見といきましょう」


「こっちは賭けていますから大変ですよ。

 ただ、損する博打ではないと思っていますがね」


 そんな会話をしつつ、パーティーの中央を眺める。

 日本人向けのパーティーなのだが、当然のようにいる米英石油会社から来た紳士たちが二人と同じようにワインを片手に談笑していた。




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親日国家アゼルバイジャン

 なお、親日になるのは2006年からである。


なぜそうなった? 超親日国アゼルバイジャンの日本語教育が「闇深すぎ」と話題に https://trilltrill.jp/articles/1963086



維東中産業

 漢字を考えた時に繊維の『維』を当てたのは我ながら自画自賛したいと思っている。

 なお、実際の特損はおよそ四千億円。


この頃のロシア大統領とウクライナ

 国を食い物にしていたオリガルヒを潰しチェチェンで英雄となった事で、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 で、ウクライナの汚職については、かなり前から知られていた事だったりする。

 なお、ウクライナからルーマニアを経由してバルカン半島は欧州の闇の本丸である。

 2022年にこうなるとは思っていなかった……


ナゴルノ・カラバフ紛争

 これもシャレにならない奴で、つい最近また勃発したばかり。

 アルメニア側には本来ディアスポラが強くて、米国の支援とロシアの同盟で勝てると思ったら、あれである。

 バルカンより複雑怪奇なカフカスの闇よ……


米英石油会社

 BTCパイプラインの権益で英石油会社が30.1%。米国石油会社が三社計で13.76%

 2022年のガス危機において救世主と言われるようになろうとは……

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